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業の国
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しおりを挟む風呂に入れられ、綺麗な服に着替えさせられ、温かな出来立ての食事を準備されて、手厚くもてなされるほど少年は苦しくなった。
此処はただの止まり木のはずで、男娼のように寝て対価の代わりにこの武器屋の男から鎧を巻き上げて、手酷くふるか、もし絡まれたら乱暴されたと言って詰所にでも行くつもりだった。
祭りの日に闘技場で死ぬつもりだったから、アディムの事などどうでも良いはずだった。
身体を切られた日から鬱屈とした想いは募り、歌を歌っても何をしても晴れることはなかった。ただ闘技場で殺し合いを見て叫んでいる間だけ少し忘れる事が出来た。
あの闘技場で剣を振るっている姿にも、殺される姿のどちらにも自分の気持ちを反映させて見ていた。
剣を振るう男はクルスの怒りの体現者だった。そして殺される側はそのままクルスの悲しみそのままっだった。
自分がもし、あんなふうに惨たらしく死んだならば、王は泣いてくれるだろうか。
自分の死を悼んでくれるだろうか?
あるいはただ見たかったのだ。自分の死に際に王は親指を上げるのか下げるのか。
どれだけ心のなかで別れを告げようと、王への感情を振り切る事が出来なかった。その感情の中には今は愛情以外のものも含まれていた。
自分の感情が制御出来ないまま、激情のままに振る舞った結果がこれだ。
何も変わらない、誰も救えない。自分の心さえも。
このままアディムの情けに縋って生きていけば良いと、思う心もなくはないのだ。
ただ、その声に従うにはクルスの怒りは大きすぎた。
どんなに宥めようとしても消えない自分を傷つけ虐げ無視した者への怒りだ。
アディムだって、最初は色と欲で濁った目をしていたのに。
抱き寄せられ、髪を撫でられ真綿で包むように大事にされて、もっと獣のようになれば良いのに、腕を掴んで引き倒せばいいのに、クルスが抱いてくれとせがまなければ触れてもくれない。
「…アディムは僕のこと飽きちゃった?」
クルスはついそう呟いてしまった。
アディムはひえっ、とおかしな声を上げて仰け反り急いでクルスを抱きしめた。
「ぼっちゃん、何て事をおっしゃるんですかい。あれでしょう、午後のあの押しかけ野郎の嫁だかなんだか言ってたのを気にしてらっしゃるんでしょう?あんなのはねぇ、聞かなくて良い事なんです。あたしゃぁね、嫁なんていらないですし、武器屋なんて人の血で稼いだ家業なんて誰かに継がせたいとも思っちゃぁいないんですから。それから…それからねぇぼっちゃん。あたしがぼっちゃんに飽きるなんてぇ事はありませんからね」
本当はぼっちゃんが家から出るたびに後をついて行きたくておかしくなりそうなんですからねぇと、アディムは鼻先をクルスの首筋に押し当てた。
「…だってアディム全然抱いてくれないから」
クルスの身体を抱きしめていたアディムの腕の力がぎゅっと強まった。
「なんて事をおっしゃるんですかい。そりゃぁぼっちゃんのお体が本調子じゃないからで、そんな、ほら喉だってまだ痛いでしょうし、声だって戻っていないのに無理をさしたらまずいでしょう。ぼっちゃんを抱っこしているだけでこうなんですから…」
アディムはクルスの手を取って身体を押し付けた。嘘をつけない部分は硬くなっていた。
「ぼっちゃんが腕の中にいて、温かくて、同じ湯を使ってるのに肌から良い香りがして、あたしゃぁ自分に都合の良い夢の中にいるんじゃないかと思って頭がおかしくなりそうですよ。だからその、抱いてくれないなんて、そんあ煽るようなことを言っちゃいけませんよ」
その声には哀願に似た響きがあった。
クルスへの深い愛情に満ちていた。
切望したものがそこにあるのに、クルスはまた苦しむ。結局の所、悩み続けるのだ。
何故自分を愛してくれる者を同じだけ愛する事ができないのかということに、苦しみ続けるのだった。
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