こがらしはしぬことにした

小目出鯛太郎

文字の大きさ
75 / 79
業の国

74

しおりを挟む


 こがらしは糸に引かれた凧のように少年クルスの後を漂った。


 街の至る所に色とりどりの小旗がたなびき、何時もはない鳥か花かも分からぬような赤い不思議な飾りのついたランプが昼にも関わらず幾つも店先や出窓に置かれていた。
 窓から窓へリボンや吹き流しや垂れ幕が垂らされ、何処かに風鈴や筒鈴が釣られているのか、りんりりんと軽やかな音が響く。
 暑さを一瞬忘れさせるような音だった。

 
 祭りの賑わいと喧騒の中に踏み潰されて消えそうなほど、凩は存在が希薄になり、クルスと僅かに繋がっているからこそ消えないのかもしれないと思えてしまう。影のようにひっそりと付き従い、物を言うこともできず、ただ見守るだけ。


 クルスの足は迷いなく闘技場へ向かっていた。
 
 どうしてあんな場所が良いのだろうと凩は思わずにはいられないのだが、悲しいかな逆らうこともできずにするすると引かれてついて行く。


 近づくにつれ人は多くなり、ぶつからなくては進めないほど混み合っていた。祭りのための出稼ぎなのか普段は見ない雑多な屋台や食べ物の出店も多く肉や菓子を焼く香ばしいにおいが辺りいっぱいに広がっていた。


 真っ直ぐには歩けないのに人々はみな愉快げに笑い、祭りの喜びに声を張り上げている。


「さぁさぁ今日一番の見せ場は飢えた猛獣の群れと奴隷戦士の戦いだよ、席は早い者勝ちだよ、良い席から売れて行くよ」

 威勢の良い売り子の声が聞こえるが、クルスは食べ物も席を買うつもりはないようだった。



 どうしてクルスの歩みがそこへ向かうのか、凩は天井の石柱に腕を巻きつけて行きたくないと暴れてみたが、虚しい抵抗だった。
 闘技場で行われている催しでの誰かの叫び、悲鳴が凩の声を代弁するようだった。



 クルスはズオルトと七番目と呼ばれた少年がいる場所へと歩いていたのだ。闘技場の外へと抜けてしまうのではないかと歩き、あの厚く緑に覆われた場所にまで辿り着く。表にはあれだけの人が溢れていたのにここは人の気配は無い。
 しんと鎮まりかえっていた。


「七番目!」

 クルスは声を張り上げた。

「買い物に行こうよ、七番目!!」


 返事はない。
「ねぇ、ズオルト、いるんでしょう?七番目と買い物に行かせてよ」


 ズオルトが魔法を使うのならば、この声も聞こえているはずとクルスの声は確信に満ちていた。

 緑の壁の間から除いた顔は、声を上げたクルスではなくどこかあらぬ方を向いていた。
 もしかしたら、闘技場の叫びか何かがここまで届いたのかも知れなかった。


「なんだ。またお前か。俺はここから出られない」

 
 クルスは鏡のようにズオルトを見返した。
「ズオルトは出られないかもしれないけど、七番目は外に行けるでしょう?一年で一番大きなお祭りなんだもの。お世話になった人に何か買うなら今が一番だよ。僕友達いないから歳の近そうな七番目と一緒に行きたいんだけど」


「…七番目は俺の奴隷だ。それにこの喧騒で逃げられても面倒だ」
 いつもの自信に溢れた様子ではなく、気怠げにズオルトは言った。眼窩の窪みに何もかもを吸い込んでいきそうな暗さがあり、表情も冴えない。最初に会った時のような役者ぶった気障きざな素振りも見せず、祭りなのに興味がない陰気な世捨て人のような雰囲気だった。


「七番目は逃げたりしないよ」


 割られた岩を継いだ石壁の一つ一つに黒い染みが浮かんで、それまでズオルトが殺した男達の苦悶の顔を押し当てたように見える。それほど重くどんよりとした気に包まれた。










 どこから吹き込んだのか、細く頼りない風がそっとクルスの髪を揺らす。
「七番目はあんたの気を晴らす贈り物を選べると思うよ」


 ズオルトはゆっくりと瞬きをした。
 だらりと垂れ下がった赤黒い髪は時間を経て変色した血の色のように不吉だった。祭りの前に、もう千人も殺してその血を受けたのではないかと思わせるような禍々しさが漂う。


 ズオルトは唇を開き、最初は否定する言葉を言おうとしたのだろう。その暗い表情と、奇妙に震えた唇からクルスは推測した。

「…まぁ、良いだろう。戻ってこなければ替わりにお前をくびり殺してやる…」



「祭りの日なのに怖いなぁ、大丈夫だよ」


 二人のやりとりをまるで聞いていなかったかのように、緑の壁の間から栗色の髪の頭がひょっこりと現れた。
「あ!」


 驚いたように目を丸くして立ち竦む少年の姿。


 七番目の姿は、クルスがはっきりと見たわけではないあの白い影の姿に似ている気がした。

「あの…こんにちは?どうしたの?」
 不思議そうに首をかしげて、瞳をぱちぱちとさせる様子は無邪気な小動物のようで、その朗らかな笑顔は陰鬱な気をぱっと散らした。


「今日は出かけて良いぞ。こいつと買い物に行ってこい。何か気にいるものを買ってくるといい」
 張り付いたような不自然な笑顔で、ズオルトは何かを弾いた。

 七番目の手のひらに銀貨が一枚乗った。
「…暗くなる前に帰れよ…」

 え、え、と戸惑う七番目を残して男の姿は緑の壁に呑まれるように消えてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...