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業の国
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しおりを挟む夜を渡る風の背に歌声と歓声が乗る。柱や出窓の祭りの飾りをくすぐり、風鈴と筒鈴を撫でて闇の狭間へそっと消えて行く。
「ぼっちゃんといると涼やかな風が巡ってくるようだ」
互いの身体に溜まった熱を払うように、この季節にはないひんやりとした風がすうっと通り過ぎた。存外の心地よさにアディムはふぅと息をつく。
クルスは軽い眠気に包まれながら小さな声で「しないの?」と聞いた。
な、な、な、とアディムが狼狽えたような声を上げて、団扇であおぎ始めた。
「…またそんな事を言ってあたしを困らせるんですかい?お体が良くならないうちは駄目ですよ。息が苦しくなったり辛くなったりしたら嫌でしょう、祭りの朝は早いんですから、もう寝ましょう」
アディムは灯りを落とした。
団扇をあおぐ音が蝶の羽音か小さな鳥の羽ばたきのようだった。
クルスは暗闇の中に薄っすらと見えるアディムの輪郭を見つめた。
彼が求める愛も誠も残せない事が分かっていたから、自分が持っていた財産をここに運んだ。王から拝領しおいそれと売りに出せない代物が多いが、アディムならどうにかしてくれるだろう、そんな風に思えた。今まで世話になった迷惑料のようなものだ。竜の肝の礼もしていないから、これで相殺してくれれば良いなとクルスは思った。
王に捨てられ、実の姉に裏切られた。過ぎた過去は変えられないと心の中では区切りをつけたように思っても結局クルスは囚われていた。愛と呼ぶには暗く、憎悪と言うには哀しい思いに雁字搦めになっていた。
おかしな夢を何度も見た。
自分は闘技場の真ん中に立って、設えられた一段高い所にある王の観覧席を見つめる。
王が首を掻き切る仕草をするのか、親指を立てて助命を命じるのかをクルスは見たかった。
「死を!死を!死を!」狂ったように叫ぶ声に囲まれて見つめた先で、王が静かに指を横に引く。
死刑宣告。
これを見たかったのか。王が本当に自分に微塵も関心を持っていないことを確かめたかっただけなのか。その瞬間自分にとどめを刺したのが誰なのか、首を斬られたのか弓で射殺されたか槍で突かれたか、自分の死に様などどうでも良かった。
潰えた命が花になり、誰か画像触れる前に花首が落ちてしまう。
また花になり人に摘まれて彼草になり壁に下げられるが、誰かが触れようとすると崩れて割れ屑になってしまった。
割れ屑の中から小さな虫になりすぐに踏まれて潰れ、また虫に生まれ変わるが釣り餌になりあっと言う間に魚に飲み込まれた。
薄い膜の中から揺れる水面を見上げ、そのまま稚魚にもなれず死んでしまう。運良く孵化してもすぐに鳥についばまれ、次は鳥になるが同じ鳥に喰われ、また鳥に生まれ変わっても鳥籠の中で餌が貰えずに餓死してしまうのだ。
虚しい死を繰り返すとそれが自分なのかそうではないのか境界線が曖昧になる。全て夢のはずが全て自分の身に起こった事のようにも思えた。
小さな猫に生まれ母猫のぬくもりを感じ、カラスに追われ突かれて恐怖と痛みに怯え、目と脳を食い荒らされ道端で腐っていきながら、あと何度この悲惨な生を繰り返すのかと思っていた。
ろくに抗いもせず、抗えもせず、流されるだけの生をこの後もずっと繰り返して行くのだろうかと見つめる。
死ぬ時も、生まれる前も、生きている間もずっと諦めたように虚しさが繰り返されるのか。
抗え、暴れろよ。
逆らえよ、と胸のうちに沸き起こる。
それが怒りからの発露なのか、生きることへの渇望なのか、今の自分を鼓舞しているのかクルスには分からなかった。
肩を揺すられて、クルスは目覚めた。
「ぼっちゃん、随分うなされていましたよ」
そう言ってアディムが手にした布でクルスの額を押さえた。
「起きるにはちょっと早い時間ですから、もう一度お休みなさいな」
汗を拭った手はもう団扇を握り、クルスにそよそよと風を送る。
暗がりの中ではアディムの顔は分からないが、優しい顔をしているのだろうと思えた。
明日、もしもクルスがやるかもしれないことを知ってもアディムは同じ顔をしているだろうか。
明日もしかしたら、クルスが思うような事は何一つ起きないかもしれない。ただ毎年そうだったように祭りが終わって、物寂しい気分になるだけかもしれない。
…あるいは……。クルスは目を閉じた。
そして眠りの闇に沈んで行った。
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