きつねのこはかえりたくない

小目出鯛太郎

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ねどこ

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 チャイロは敷かれた布団の上をごろごろと転がった。地面と違って汚れる事もなく柔らかく身体を受け止めてくれる。白狐がすんすん鼻を鳴らしながら、布団の外側をチャイロの動きを追って右往左往した。
 ふわふわの耳や首の後ろを掻いてやると頭を垂れてじっとしているが、つぶらな瞳はなんとはなく寂しそうだった。

 白い身体をころんとひっくり返してお腹を両手でわしゃわしゃかき回すと足をばたばたさせて、しかし逃げもせずにされるがままになっている。

 ぼうぼうになった毛をすいてやると、すんすん鳴いてチャイロに顔を寄せてきた。
 猫よりも長い鼻先をチャイロの頬に当ててぺろと舐めて来たが、晩に食べた肉の匂いがしたので、チャイロは起き上がりあぐらをかくと白狐を足の上に抱えた。

 前にもこうして抱えて撫でたような記憶はある。

 ふわふわぁ~とかなんとか言いながら。あるいは獣の姿で舐めてやっていたようにも思う。ネズミをいっぱい捕まえて来たような…。今の食事と比較するととても切ない。

「俺はおすだから、子育てなんかしないと思うんだけどなぁ…」
 もしかすると、純粋な狐とは異なり、獣人はそう云う事もするのかもしれない。

「そもそも俺の子?」

 ぎゃぎゃぅ!まるで違うとでも言うように白狐はぴょこんと跳ね起きた。
 ぐ、ぐ、ぐ、ぐぎゃぅぐぎゃぅといやいやをする様に頭をこすりつけてくるのだが、場所が悪いとチャイロは白狐の子の身体をまたくるりとひっくり返した。

「おまたを噛まれたらいやだからな~そ~れこしょこしょこしょ~」
 こうやってくすぐったり撫でたりする分には可愛いなぁと思うのだが、身体を擦りつけてこられると嫌な気分になってしまうのが難しかった。


「おや、チャイロはちびすけと仲良くなれそうかい」
 風呂上がりに紺色の浴衣を羽織った主人が上から覗き込む。

 チャイロはほれぼれと主人の黄金色に輝く瞳を見上げた。その上品な美貌にうっとりして、湯上がりのふんわりとした香りに包まれて、夢見心地になりそうなところを出し抜けにむき出しの足に爪を立てられてふぁっ!?と驚きの声をあげた。
 
 白狐が子供の姿ながらに妬いた目で見上げて、前足でチャイロの肌を引っ掻いていた。

「ちびすけ、次に悪戯したらお尻を百叩きだからな」

 チャイロがきゅっと真っ白な尻尾の付け根を掴むと、いぁぁぁぁと身も世も無いような悲しい鳴き声で白狐は鳴いた。


「チャイロが私に見惚れていたからやきもちを焼いたんだよ。姿は小狐でも中身は大人だからね」
「え?」

 チャイロは驚きのあまりに声を失った。
「これ、大人なの?」

「あれ?私は言わなかったかな?大きくなれないように私が力を吸ってしまってこんなに小さななりになったけれど、中身は大人の白狐だよ」

 主人は赤と黒の金魚の描かれた団扇うちわを手に、布団の上にどっかりと座り込んだ。が、チャイロはすっくと立ち上がり、白狐の襟首を掴んで持ち上げると、隣の部屋の戸を横に開けて、そこにそっと置いた。

「ちびすけ、伏せ」
 上目遣いで見上げてくる姿はまことに可愛らしいのだが、チャイロはすぱんと戸を閉めた。

 ぎぃぁぅうううと、またもや断末魔のような声を上げる白狐に「鳴いたら絶交!」とチャイロは低い声で言った。
 すぐさま鳴きやみ、代わりにかりかりと戸を引っ掻く音がする。「悪戯しても絶交!!」更に重い声で言い放つと隣の部屋は空き部屋のように音も無くしんとした。

 チャイロはすぐさま主人に飛び付き浴衣の胸に頭をこすりつけた。
 その様子が先程の小さな白狐と全く同じ様子である事は全く気がついていない。

「チャイロの可愛い声を聞かせてやるのかい?」
 主人の長い指がチャイロのぴんと立った耳の後ろをそっと掻いた。

「かわいくないし、なかないもん」
 チャイロは口ではそう言うものの、優しく撫で回され、特に腰からしっぽの辺りを丁寧に撫でられるとふにゃふにゃと骨まで溶けたように主人の身体に持たれかかった。

 はぁぅぅぅ…ぁぅ はぁぁぁぅぅぅ

 そうして布団の上に横たえられてぴったりと寄り添ったまま撫でられていると、そこでは無い場所がむず痒いような物足りないような狂おしい気持ちになって、主人のはだけた胸元に顔を押し付けたまま身体を震わせた。
 釣り上げられた魚のように身体は伸びるのに、足指の先はきゅっと丸まる。しっぽはふるふると喜びに震える。

 与えられる優しい手の感触を追って、すぐにぐったりと脱力する。

 主人の温もりと香りに包まれてチャイロは眠りに落ちていき、朝目覚めた時に二人の髪が絡まっているのを見るのが幸せだった。

 チャイロはそれで十分満足だった。
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