鬼の名語り

小目出鯛太郎

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篝火の間

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 朽木くちきはこの座敷が好きではなかった。

 初めて里に連れてこられた時も、何かこの場所は怖いと思っていた。

 広い板の間で、頭領の金剛が座る場所は一段高くなっている。華美なものは何一つ置かれておらず右手に置かれた鉄籠の中で静かに炎が燃えている。何かがぜる音が小さくぱちぱちと響く。
 その燃える炎に照らされた血の気のない青白い肌の金剛が、朽木は恐ろしかった。






 頭領に対する尊敬や、名付け親に対する感謝や思慕の念が持てないのは、やはり金剛が恐ろしいからだ。この大妖がもし焚木たきぎまきという名付けを行なっていたら、とうの昔に自分は斧かなたで四肢をばらばらに断たれてあの鉄籠の中で燃やされていたのではないかという強迫観念がつきまとう。


「お前には」


 朽木は勇気を振り絞って顔上げた。

 見下ろされるこの構図は永遠に変わる事がないだろう。
 震えながら、顔を上げて、金剛の眉間の辺りを見つめた。

かえでとあらたに名前を授けたが、身体の具合はどうだ」

 優しさの無い声だったが、内容は気遣うものだった。身体の具合…。身体の具合、身体の具合からだのぐあいぐあいぐあいぐいぐあいぐあいぐあいぐあぃ…夏蝉の死に際の鳴き声が輪唱する。空っぽのうろの中で反響する。

「か、からだは、ぐあいは、よくわかりませんが、どこも損ねたり、壊れたりして、してはいません」

「…そうか」


 対峙して座る二人の間でまた静かに何かが爆ぜる音がした。

「楓、お前には健やかであって欲しいと思う」
 返事をして方が良いのだろうかと思い悩みつつ、朽木は頷いた。まだ楓という新しい名前は別人のもののように思える。だが、名付け親がそう呼ぶのであれば、どうのしようもない。

「楓には健康になって、里の役に立って欲しいと、私は思っている」

 朽木は冷や汗が出る思いがした。
 今まで、里の役にたとうなどと思った事は一度もない。ちゃんと、一人で立って、岩館に迷惑をかけぬように、ちゃんとしなければ…とそう思ったことしかない。
 追い打ちをかけるように、金剛は言った。

「里に住まう者はそれぞれ何某かの役割を持っている。朽木に役目を課した事はなかったが、…楓、お前の役割は何だと思う?」

 役目、役割…何も思いつかない。自発的に何かをする、したという覚えもない。どうしよう、どうしよう、どうしよう、何か言わなくては…。正座をした太ももの下や、脇の間にどっと汗をかくように染みるのがわかる。

「楓、言い方を変えようか、お前は何ができる?」

 自分に何が出来るとも思えなかった。

 頭領は里を治めている。名付けをしたり、虫や外敵を焼いたりしているという。岩館は屋敷を造り保つ、かがり外地そとちから悪いものが里に入らぬように歩哨となり、頭領と共に焼く役目がある。颯は虫を払い、若いあやかしの面倒をよく見ている…。里の水を管理するものが誰かいた。御付喪様おつくもさまのお世話係が誰かいた。未だあやかしになれぬもののお世話係も。
 他に何があるか、分からない。自分に何が出来るかもわからない。故に朽木は返事が出来ない。

 金剛はそれを責める事もなく静かに一段高い所から震える若いあやかしの姿を眺める。

 かや色の髪が床に届くほど長く伸び、手足は細く、腰の幅など金剛の半分ほどしかない。何か言わねばと考え俯いて震えている。白い顔にはそばかすと大きな瞳ばかりが目立ち、怯えた犬の様な目をしている事の他、金剛の心に何の印象も残さなかった。


 この細い身体で篝の激情を受け止めるのは確かに酷であろうと金剛は思わないでもなかった。性質も炎と木、しかも木の方が格段に弱い。若いものにありがちな勝気さや自分を大きく、良く見せようという見栄もない。
 これは駆け引きも出来るように見えず、時に荒馬のような篝の手綱を捌くことも難しいだろう。
 炎の執着にどれだけ耐えて、身を委ねられるか、灰になるか…。 
 選ぶのは楓なので、金剛は、そこまで指示したりはしない。
 
 だが出来れば強いあやかしの子が欲しい。

 火に耐えうる、火を扱う子が。




「朽木であった頃に、篝を誘える身体であったのだから番を持つことも問題なかろう。」

 金剛は告げた。


 どこか遠くで鹿威ししおどしが岩を叩く甲高い音が夜に響いた。
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