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第29話 カーリーの幸せのクッキー

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 第13ダンジョンが出来て3ヶ月。ヒケンの森には小さな村が出来上がっている。

 吸血虫がレアドロップする古代の鉄貨や、壊れてしまっているものが多いとはいえ精巧な彫刻は、アーティファクトを彷彿させた。それに加えて、新しく見つかった6階層のガルグイユの彫刻が竜鱗をドロップすると噂が広まれば、第13ダンジョンには冒険者が殺到している。
 もちろん、ダーマが裏で手を回しているのもあるが、地上にいる黒子天使が見えないところで開拓を手伝っていることで劇的に発展してゆく。冒険者だけでなく、大工や労働者に憑依することで身体能力を向上させ、魔法によって強制的に疲労を消し去る。

 何もなかった森の中には、幾つもの宿屋や食堂に、武器防具を扱う店に道具屋と一通りのものが揃ってしまった。

「それにしても、相変わらずの行列だな」

 モニターに映るのは、小さな洋菓子店。

「そうっすよ、今じゃ首都のキョードーからも買い付けにくるらしいっすね」

 ダンジョン目当てで人が集まっているはずなのに、1つだけ想定外がある。この村の一番人気は、元聖女の営む洋菓子店ブ・ランシュ。
 そこで働いているのは、第6ダンジョンで勇者チクリーンのパーティーにいた聖女カーリー。地竜ミショウにブラックアウトしたダンジョンから救われて、今はこの村で暮らしている。
 第6ダンジョンの勇者の取り巻きの一人で、楽して稼ごうとしていた時からは一転して、今は常に休みなく動きまわっている。

「あれって、チクリーンの聖女だろ。随分と変わったな」

「あれは、ローゼさんとブランシュさんのせいっすね」

 第6ダンジョンからの脱出後、カーリーはローゼから徹底した教育を受けた。ミショウが一度助けた聖女を、ローゼは殺そうとはしなかった。
 ただ、ローゼにとってのあるべきの聖女の姿とはかけ離れていることが気に食わないらしく、徹底的に立居振舞から言葉遣いまでを教育し直した。

「それが、何であの服装になるんだ。お前も一枚噛んでるだろ」

 今のカーリーの格好は修道服姿の面影はなく、天使のコスプレとしか言いようがない。背中には天使の羽がありゴスロリっぽい服は堕天使を思わせる。

「違いますって、あれは俺の趣味じゃないっすよ」

「じゃあ、ローゼ……の趣味なのか」

「ローゼさんが教育したのは、あくまでも立居振舞と言葉遣いだけで、趣味嗜好までは元のカーリーと変わらないっすよ。言っときますけど、自分は関わってないっすからね」

「まあ、魔物からも慕われる熾天使を見たら、おかしくなっても仕方ないか」

 ダンジョンの中では、天使と一部の魔物はズブズブに繋がっているが、そんなことは知る由もない。基本的に、魔物の管理は黒子天使の仕事であり、カーリーからは黒子天使の姿は見えない。
 だからカーリーから見えるのは、ダンジョンの中で暮らしている熾天使ブランシュと魔物達。ブランシュの凛とした佇まいと優しい笑みは、全ての者を惹き付ける。地竜や亡者ですらブランシュを敬い、ブランシュも分け隔てなく接する。その光景に衝撃を受けたカーリーは、ブランシュに心酔してしまった。

 ブランシュの前では、熾天使フジーコも穢らわしく見える。フジーコの声が聞こえなくても、加護がなくても構わない。これこそが、至高の熾天使の姿だと。

「一応聞いておくけど、このことはブランシュは知っているんだよな」

 首都からも買い付けに来るならば、カーリー見たさに客が来ているのではなく、味も評価されている。

「ええっ、知ってますよ。作り方を教えたのはブランシュさんっすからね」

「じゃあ、この状況を許容したんだな」

「一応止めてましたよ。最初は、壺を売ろうとしていたらしいっすすからね。ブランシュさんの素晴らしさを世に広める為だとかいって、“ブランシュの幸せの壺”を売りさばいて、布教活動しようとしていたらしいっすよ」

「聖女じゃなく、教祖になろうとしたのか?」

「一応、教祖じゃなくて店長で納得してます」

 こうして幸せをもたらすクッキーが誕生した。食べてからダンジョンに入れば、アイテムドロップ率が上がるという熾天使のクッキー。だが、本当かどうかは定かではない。
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