精霊のジレンマ

オヤの街のハーフリングとオーク

226.ムーアのスパルタ

赤いオークの魔石は、何故か俺に振りかかるようにして砕け散る。それは、まるで吸収されることを望んでいるようにも感じさせる。

『どうしたの。少し浮かない顔してるけど』

「そうだな、何だか少しあっさりし過ぎてる気がするな」

『でも、オークは消滅したわよ。ここからは簡単には回復なんて出来ないし、どうする事も出来ないわよ』

「そうなんだけど、諦めが良すぎる気がする。ゴブリンもハーピーも、キングやロードになると生に執着した力強さを感じる。それに比べると、赤いオークは上位種っぽくなかった気がする」

『それでも、スキルは吸収しているんでしょ。それならば赤いオークはロードで間違いないわよ』

赤いオークの魔石から、何らかのスキルを吸収している。可能性があるのは、魔法を吸収するスキルなのか回復するスキルなのだろう。

「あれこれと考える前に、試してみるか？」

ムーアの期待の籠った目を見れば、返事を待つ必要もなく、右手にウォーターボールを顕在化してみる。

『まずはウォーターボールそのものを吸収を出来るかから始めるのね』

検証するにしても、魔法そのものを吸収するのにはリスクが伴う。吸収しようとしてダメだった場合は自傷行為にしかならない。だから、その中でも１番安全で無難なのがウォーターボールになる。

しかし、吸収しようと意識すると、ウォーターボールを顕在化する事は出来ずに飛散してしまう。ウォーターボールを顕在化しながら、新しいスキルを行使する事は難しい。ましてや、魔法吸収スキルだと分かっているわけではない。

「やっぱり得意魔法じゃないと難しいのかもしれないな？しかし、風魔法だと···。失敗した時のリスクが大きすぎるな」

『それなら、私が手伝ってあげるわよ。これの性能も試したいしね♪』

「なんだ、その刀は？」

『フフンッ、これはオニ属の小太刀よ♪イイでしょ！』

「そんなのいつの間に手にいれたんだ？」

『知りたい？聞きたい？これはね、オニ属の短剣を１つにまとめたのよ。ホーソンとガーラとマトリが造った傑作よ！どう、イイでしょ♪』

オニ属の短剣を合成してつくった短剣。ホーソンの技術とガーラの知識にマトリの物体化魔法が組合わさり出来た小太刀。４つの短剣が組合わさる事で、流せる魔力量も多くなっている。

「あのな、スキルの確認だから武器の性能は関係ないんじゃないか？」

『その甘えがダメなのよ。さあ、やってみましょう♪』

ムーアは、そう言いながらウォーターボールを顕在化する。俺が最初に作り出した、手のひらサイズのものとは比べ物にならない、俺の頭よりも一回りも大きいウォーターボール。

「それでやるのか？」

『さあ、行くわよ♪ウォーターボール！』

「待て、準備ってものがあるだろ。そんな急に、ちょっと待てーっ」

しかし、ウォーターボールは吸収されることなく、俺の体に直撃してしまう。

『そういう事ね？分かったわ！』

「何が分かったんだ？吸収したスキルは、魔法吸収ではない可能性が高いぞ！」

『違うわよ、顔にぶつけなきゃダメなのよ。赤いオークは口からしか吸収してなかったでしょ！』

ムーアが目配せすると、チェン達が動き出す。俺の背後には、アースウォールや人壁がつくられ逃げ道は塞がれてしまう。

「待て、まず話して状況を整理しよう！」

『大丈夫、私を信用して！さあ行くわよ♪』

ウォーターボールが俺に襲いかかる。威力は加減されているといっても、巨大な水風船が顔面に絶え間なくぶつけられる、そんな感覚に近い。

口の中へと水が強制的に押し寄せてくる。呼吸する事が出来ない。それでも、ムーアはウォーターボールを止めない。それどころは、違う魔力も感じ始める。俺達の中で水魔法を使えるのは···チェンか！

「カショウ、魔力を吸収しようとしておるぞ。魔力と魔法は違うぞ。魔力でなく魔法を意識しろ！」

イッショの声が頭の中に響く。スキルとうい粒に魔力を流せば魔法が発動する。魔力吸収は、発動した魔法から魔力を抜き取る事で無効化する。
魔力と魔法は別物であり、魔力は呼吸するように吸収するならば、魔法はそうではない。

「俺様も、手伝ってやる♪」

その瞬間に、ウォーターボールの勢いが増す。無意識の内に魔力吸収スキルで、ウォーターボールの威力を減衰していたが、それをイッショが阻害してくる。

苦しい、吸い込む事が出来ない。しかし、強制的に俺の体の中へと、ウォーターボールが流れ込む。