精霊のジレンマ

オヤの街のハーフリングとオーク

234.ケイヌの企み

　まさか、数百年ぶりに守護者を倒す者が現れるとは思ってもいなかった。しかも、私が領主の時に現れるとは！一年という不毛な時間だと思っていたが、事態は大きく変わってしまった。ここまでの変化は非常事態であるともいえるが、一生に一度あるかないかの機会でもある。

「クックックックッ」

　思わず込み上げてくる笑いを圧し殺す。

　脳裏には、パッしないヒト族の姿が思い浮かぶ。特別に驚異を感じるような雰囲気も無いし、お人好しな印象すらある。しかし、手にはライ様の迷い人の指輪が付けられている。

「生かすも殺すも自由。だが、殺せる時に殺せだったか」

　確かそんな意味があったはずだが、どうしたものかと悩む。厄介そうなのは隣にいたのが酒と契約の精霊である事。珍しい精霊の為に、ハーフリング族で見たことがある者はいない。
　そして下位の精霊ではあるが、進化したウィル・オ・ウィプスがいる。オヤの街にいるウィルオウィプスでも、あの様に進化した精霊はいない。
　ウィル・オ・ウィプスのような複数の精霊が進化する場合、力のある１つの個体に魔力が集中し、複数の個体が同時に進化する事はあり得ない。
　恐らくは迷い人特有の特異なスキルのせいなのか、それとも契約の精霊が影響しているか？

「クックックックッ」

　圧し殺した笑いが、再び込み上げてくる。

「生かすも殺すも自由。利用するだけ利用して殺せば良い。それが、数少ない領主の特権か！」

　殺すといっても直接手を下す必要はない。まずは守護者に頑張ってもらって、迷い人の手の内を知れば良い。ついでに守護者の魔石も手に入れば一石二鳥で、さらに私の発言力も強くなる。
　何の変化ものない退屈な領主の仕事だったが、私の強運もまだまだ衰えていないな。




　満面の笑みを浮かべるケイルの笑顔が頭から離れずに、ムーアの怒りは爆発している。

『やっぱり、ハーフリング族は、信用出来なかったわね。あのケイルも大嘘つきだったし！』

　契約を司る精霊を前にして、平気で嘘をつける事にムーアは怒り心頭で、ケイヌの容姿や性格以外にも有ること無いことを散々に言い放っている。
　ムーアが嘘と断定出来るのは、俺が聴覚スキルでケイヌの嘘を感じ取り、それが分かるように簡単な合図を送っていたからになる。
　まだ未熟な聴覚スキルを使いながら精霊達に伝えるのは難しく、また俺の行動が不自然であれば何かのスキルを疑われる可能性もある。だから、右手を挙げる仕草を嘘の合図と決めていた。
　そしてムーアを右手で制した行動で、ムーアは全てを察した。もちろん、素直に感情に現れてしまうチェンには教えていない。

　思い出せば思い出すほどに、ムーアの怒りは収まらず、人指し指を立てながら過去のハーフリング族の信用出来ないところを列挙している。

「ムーア、収穫もあったから、そんなに怒るなよ」

『契約を司る精霊を前にして、平気で嘘を付けるのよ。あんなにコケにされたのは初めてよ！』

「 まあ、仕方ないさ。ケイヌが一番警戒したのは、フタガの領主チェンなんだからな」

「なんで、あっしが警戒されるんすっか？」

「フタガの治安の安定の為に、街道に関所でも造ってみたらどうだ。慌ててすり寄ってくると思うぞ」

『そうよね、フタガの街道に何かすればオヤの商人には影響は大きいものね。それに比べたら、私達のする事なんて痛くも痒くもないわ』

「姐さんも旦那もですけど、あっしの今はこのパーティの一員で、一番の新参者ですぜっ」

「期待のルーキーだろ。今後の活躍は間違いないさ！」

　ケイヌへの嫌がらせを思い付いたのか、ムーアの怒りが収まり始め、やっとケイヌの付いた嘘の話になる。ケイヌとの会話の中で、聴覚スキルが違和感を感じ取ったのは２つ。
　ケイヌはライという名の男を知っているという事と、オヤの街は小さな街ではないという事。

『ケイヌはライを知っているの？』

「ああ、間違いない。アシスの地下には無数の洞穴が拡がっている。そして、オヤの街のハーフリング族は地下に街を造っている。それなら、ライと繋がっていてもおかしくないだろ」

『それなら、余計にどうするの？このままケイヌに利用されたままでイイの？』

「今は何かを仕掛けてくるの待てばイイだろ。守護者の話は本当みたいだから大丈夫だし、オリジナルじゃないけどコピーのスキルは強化されるぞ」