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【21】皇帝一家?の街歩き
しおりを挟む視察にやってきた皇帝一家?を見送り、それまで顔に貼り付けていた愛想笑いから一転して、不機嫌な顔となった、ピムチョキンは足取りも荒く研究所の建物に入った。
所長室の扉を乱暴に閉める。途中、そんな彼に話しかける者は誰もいなかった。あのラルランドの王子によって、この尊大な魔道士の矜持がいたく傷つけられたのは明らかだったからだ。
しかし、ピムチョキンは部屋の大きな執務机。その革張りの椅子に腰掛けたとたん、不機嫌な形相から一転「ふふふ……」と笑いはじめた。
「三百年前と変わらず忌々しい魔法使いめ!だが、あの皇子はいい。“駒”として使うならば、あれぐらいが“手頃”だ」
その邪悪な笑い声を聞くものは、誰もいなかった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
魔法研究所の視察を終えたあと、リシェリード達三人は市街を見て歩いた。
帝宮から外へと出たことのない、カイは見るものすべて珍しいようで、きょろきょろと帝都一番の大通りを見て歩く。
リシェリードもまた、初日の凱旋パレードで馬車の窓からは見てはいたが、改めて発展した街並みを見て、内心で感嘆のため息をついた。
三百年時を止めたようなラルランドでは城以外の建物はすべて木造だ。だが、帝都の大通りに建ち並ぶのは立派な石造りの建物だ。その道もまた、いまだ埃っぽい土のむき出しのラルランドの街路と違い、石畳で敷き詰められ、馬車の道と人の行き交う歩道とも分けられている。
いま昼間のために、灯りはついていないが、道に並ぶ街灯は夜ともなれば、昼間のように明るく通りを照らすだろう。これも夜になれば当然暗く、せいぜいが、軒先の灯り程度のラルランドとは違う。
国を大結界でおおい、三百年外の世界とあの国を隔絶したことは、よかったのか悪かったのか……たった三百年でなにもない草原だったこの地を、これだけの都市に発展させた帝国の、その帝都を見てあらためてリシェリードの胸に、苦いものがこみあげる。
それでも、あのとき結界を発動しなければ、国土の半分を放棄して、小さな領土としてなお、疲弊していたあの国を守ることは出来なかっただろう。
「それで三百年、戦知らずの平和をあなたはあの国にもたらしたのだろう?」発展した帝都の姿に、リシェリードが一度、ヴォルドワンに自分の選択は果たしてよかったのだろうか?とこぼしたことがある。そのとき男が返した言葉だ。
自分らしくもない後悔だが、男に甘く愛された寝台でのこと。髪を大きな手に、これを振り払ってまで得たものが、あの国の現状かと……本当にらしくない感傷だった。
「あなたの居なくなった三百年。なにも成さずにただ停滞し続けたのは、残された者達の成したことだ。そこまであなたが責をおうことはない」
そして、リシェリードの少しクセある髪を、くるりと指にからめとってもてあそびながら、帝国の初代皇帝の魂を持ち、現皇帝である男は皮肉に口の片端をつり上げ。
「帝国の発展の裏には、幾たびもの戦争による領土拡大と、皇位継承の争いによって流された血がある。
三百年、何事もなかった停滞と、三百年、進み続けたゆえの闘争と……さて、どちらが良いとも悪いとも、俺にもわからない」
確かにそれは、リシェリードにも良いと悪いとも言えないことだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「気になりますか?」
大通りを歩く“皇帝一家”の前後に護衛の近衛達はついているが、大通りは普通に人々が行き交い買い物を楽しんでいた。これは市民の生活をそのままカイに見せたいと、リシェリードがヴォルドワンに提案したからだ。
通りには様々な品物を飾る店が並び、さらに露店も出ていた。カイの目はその一つのアイスクリームの屋台に釘付けになっていた。
ラルランドでは冷たい菓子は王族や貴族しか口に出来ないような高価なものだが、帝国では開発された魔道具によって、市井の人々でも口に出来る手軽な氷菓だ。
そもそもラルランドでは、王族とて夏には氷室から氷を取り寄せなければ、滅多に口に出来るものではない。それが、ごくごく普通に食後の甘味やお茶菓子として出てきたことに、リシェリードは感激したものだ。
「えっと……」と自分の希望を言っていいのか、戸惑うカイの手をリシェリードは引いて屋台の前に立つ。「好きなのを選びましょう」と微笑むリシェリードにカイの瞳が輝く。
護衛の騎士の一人が「露店のものを口にされるなど……」と口を開きかけたが、ヴォルドワンが「かまわない」とそれを遮る。
警備からすればなにがはいっているかわからないと言いたいのだろう。しかし、リシェリードがいれば、その危険はない。
すでに精霊達によって、この屋台の食べ物は危険ではないとわかっている。シルフィードも、ウンディーネもドワーフも、よい水とミルクと果物で出来ていると、お調子者のシルフィードなどは、自分も食べたいとささやく始末だ。
サラマンダーだけは出てくるとアイスクリームが溶けてしまうので、遠慮してもらった。
ばりばりに焼いた薄いワッフルの容器に、色とりどりのアイスを盛ってもらう。カイはキャラメルにリンゴを、リシェリードはレモンに薔薇を選んだ。
「陛下は?」とヴォルドワンに聞けば、彼が「俺はいい」と言う。朝食に蜂蜜入りの蕎麦粥を食べないように、彼は甘い物はあまり得意ではないのだ。
「なら、一口だけ味見させてあげます」とリシェリードが薔薇のアイスを木の匙ですくって、ウォルドワンの口許に差し出すと、彼は少し戸惑ったあと「溶けるから」と急かされて、食べる。
「甘すぎる?」
「まあ、一口だけなら悪くはないな」
その言葉にリシェリードはクスリと笑う。
そして、そんな二人の様子を護衛の者達は目を丸くして見ていた。強面の若き皇帝が、まさか将来の皇妃様の手から、アイスクリームをあーんされるなどと。しかも、こんな往来でと……。
これにより、陛下は皇妃様……にまだなってないが……メロメロなのでは?という話が、護衛の騎士達のあいだに広まるのだが。
アイスクリームを食べたあと、カイの目は商店の店先に飾られていた、騎馬兵の人形に釘付けとなった。盤上の模擬戦の駒にも用いられるものだ。
カイの歳ではまだ早いが、将来的に遊びや真剣な模擬戦などで、いずれは使うことになるだろう。
ヴォルドワンがそれを見て、店主に命じて包ませて渡せばカイは「大切にします」と本当に宝物のように胸に抱えた。その日より、カイの寝台の枕元に、この騎士が飾られることになる。
「あなたも欲しいものはないのか?」
そう訊ねられてリシェリードは目を丸くした。
この国に来てから、なにも不自由はしたことはない。すべて最上級のものに囲まれて、高価な宝飾品にはリシェリードは興味はないし、最先端の魔道書はすでに書斎に山と積まれている。
美味しい食事は……美味しいけれど、食べろ食べろとうるさいのは、ちょっと辟易としてしまう。
今、食べたアイスクリームは美味しかった。
正直、欲しいものはない。満ち足りている。
だけど。
「では陛下が、贈りたいものを選んでください」
リシェリードがそう返すと今度はヴォルドワンが目を見開く番だった。
「俺がか?」
「はい。あ、それとこの店の中で選んでください」
カイに買った騎士の駒がある店は、高級ではあるが宝石など使った目が飛び出るほど高いものではない。上等な玩具の店だった。盤の駒に人形達が並ぶ。
この中からリシェリードへの贈り物を選ぶという、難題?にヴォルドワンの目が店内をさまようのに、リシェリードは思わずくすくすと笑う。
しかし、選べないかな?と思ったのに、意外と早くヴォルドワンの手は、一つの布の人形をつまみあげた。
「これを、あなたに」
「私に?」
それはまっ白な馬。いや、額に銀色の角が生えている。一角獣だ。しかし、小さな子が喜ぶ人形らしく、馬ではない……一角獣にしては頭が大きく手足が短く、大変可愛らしい。
「あなたによく似ている」
「え?これが?」
「瞳の色が」
そう言われると布の人形の両目には青空の綺麗なガラスの瞳がはまっていた。
リシェリードは笑って「ありがとうございます」と可愛らしい一角獣をうけとった。
そののち、帝国ではこの店の青い瞳の一角獣が、幸せな結婚を願う贈り物となったとか。
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