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【26】選帝侯会議 その3
しおりを挟む「魔女だ!」
コシュがリシェリードを指さし叫ぶ。
「その者は皇帝陛下を惑わす魔女だ」
フィクトルとボクサの二人は席を立ち、コシュに「裏切り者」と今にもつかみかからん勢いだった。それを受けての苦し紛れの発言だろうが、リシェリードは不快に細い眉をしかめた。こともあろうに、自分を“魔女”に例えるか?
ラルランドは元々大きな国で、今は帝国の領土となっている北方部分の大半を放棄している。その名残でこの帝国にも、恐ろしい魔女伝説が残っているのだ。夜、眠らない子供に、魔女がやってきて連れ去られてしまうよ……という言葉は、帝国でも定番の言葉だ。
「邪術をもちいて、皇帝陛下の心を惑わし、閨房にてあることないことをそのお耳にささやいて、我ら選帝侯を貶めようとしているに違いない!
その者の言葉などすべてでたらめだ!我らが密約を交わしたなどどこに証拠がある!」
コシュはこの告発?のあと、小さな声で「このまま叛逆の罪を問われるのは、私だけではない、お前達もだ」とぼそりとつぶやいた。二人だけに聞こえるような小さな声のつもりだろうが、しっかり聞こえているぞ。
それを受けてコシュに掴み掛かろうとしていた二人も、あわててリシェリードを振り返る。
「な、なるほど、邪術を用いて我々まで惑わそうとはなんと恐ろしい」とフィクトルが芝居がかった口調でいい「やはり傾城傾国」とお前はその言葉しか知らないのか?ボクサがまた呪文のごとく繰り返す。
さらにはよく口のまわるフィクトルが「その者は陛下だけではない。カイ殿下まで別宮に引き取り手懐けて、あやしげな魔術を教えているという話ではないか」と。
「幼い子供にまで手を出すなど……」
と聞き捨てならないことを言いだした小太りの男の顔を、リシェリードはひとにらみした。するとその小太りの丸い顔の口から「ブヒッ」ととある似た動物の鳴き声が響いた。彼は焦って口をパクパク動かすが、そのたびに「ブヒブヒ」とそっくりな鳴き声が出るばかり。
この変異にコシュがまたリシェリードを指さして大きく口を開いたが、そこから出たのはヒヒン!という鳴き声。
ブヒブヒにヒヒンと言いだした二人にボクサが驚愕して「やはり傾城傾国……」とお前はそれしか言えないのか!
そのボクサの口からも「コケッ!」という声が響いた。「コッコッコッコケコッコー!」と早朝でもない、昼過ぎの午後の帝宮にその声が響きわたる。
「品性下劣なお前達には似合いの言葉だ」とリシェリードが冷ややかに告げる。ヴォルドワンが「いささかうるさいな」というのに、リシェリードは「獣がわけのわからない人語を話すよりマシだ。鳥のさえずりのように可愛らしくもなんともないがな」と返せば「わはは」と豪快な笑い声をあげたのはオドンだ。「この馬鹿者共が!」と、三人をねめつけて吐き捨てるように言い。
「ジュチ家のリガルドの末路を忘れたか!そろいもそろって懲りない奴らめ!
いや、懲りないのは三百年同じことを繰り返してきた、我ら選帝侯家すべてか。本来なら七家が一つとなって皇帝をささえるべきところ、己が皇帝になりたいがために、陰謀に暗殺に血で血を洗う争いばかり。
優秀な者が皇帝となる。初代皇帝ヴォルドワン様の理想は気高いが。その遺言がもたらしたものは、帝国三百年の世には出せぬ闇の歴史とは、嘆かわしい」
ふう……と息をついたあとオドンは、ヴォルドワンを見て「不敬でしたな」と告げる。それにヴォルドワンは「かまわん」と首を振る。
「初代皇帝の遺言が、優秀な皇帝を幾人もうみだし帝国の発展をもたらしたと同時に、皇帝選出の闘争を激化させたのも事実だ。幾多の命が失われたこともな。
陛下に今一度申し上げます。どうか、ご退位はお諦めください。次の皇帝候補たる選帝侯七家に残っているのは、この老人に先代の失敗により代替わりした若造が三人。それに、懲りぬ不心得どもが三人です。これでは、とても帝国を背負う皇帝となる者はいません。
あなたしかおらぬのです」
オドンはさらに続けて。
「三百年続いてきた選帝侯制度ももはや考えるときが来ているのかもしれませんな。強く優秀な皇帝も選ばれましたが、我らは互いに血を流し、消えぬ恨みを生みすぎました。
陛下が帝国においてもはや不要と判断されるならば、この老骨は喜んで、先祖伝来賜った銀印を返却いたしましょう。他の者達においても、この後におよんで陛下のご意志を拒む者はおりますまい」
銀印とは選帝侯の印章のことだ。これを皇帝に返すということは、すなわち選帝侯の権利を放棄することを意味する。
オドンは自らすすんで選帝侯の資格を放棄するだけでなく、他の者達もそうするべきだと……つまり三百年続いた選帝侯という制度そのものの廃止を、ヴォルドワンに提案したのだ。
しかし、老人のこの言葉に、ブヒブヒ、コケッ、ヒヒンヒヒンと懲りない三人は口をパクパクわめきたてている。相変わらず沈黙したままの、戸口の若すぎる三人の当主にしても顔を青ざめさせていた。
オドン以外は、選帝侯の様々な特権を捨てることなど、とても出来ないようだ。ヴォルドワンもまた「老よ、それは性急すぎる」と首を振る。
そう、早すぎる改革はかならず反発を生む。強大な権力を持っていた筆頭のジュチ家が失脚したといっても、未だ広大な領地と私兵も抱えているのだ。もし選帝侯家が一斉に皇帝に反旗を翻したとしたら、それこそ内乱の始まりだ。それでなくても、様々な方法で抵抗はしてくるだろう。
なに選帝侯という制度を骨抜きにする方法などいくらでもある。彼らが気付かないうちに、一つ一つの特権をとりあげていき、選帝侯という名ばかりのものだけにしてしまえばいい。
選帝侯という“名誉”は残るのだから、その名にしがみつきたい彼らも満足だろう。
そんな悪だくみ?をリシェリードがつらつら考えているあいだに、ヴォルドワンはいまだ口をぱくぱく、コケコケ、ブウブウ、ヒヒンヒヒンと鳴いている彼らを眺め。
「さて、お前達のことだが、酒に酔ったお前達の“鳴き声”をイタズラな風の精霊が、“妻”の耳に運んだだけのこと。確たる証拠もなくこの魔剣で首を刎ねるほど、俺は暴君ではない。罪は問わぬ」
ヴォルドワンが腰の剣の柄に手をかければ、三匹の家畜、もとい三人の選帝侯はとたん怯えた顔になったが、罪は問わぬという言葉にとたん媚びたような笑顔を浮かべて、またピーチクパーチクならぬ、ブヒヒヒンコケッ!と言いだしたが。
「ただし、俺は愛しい妻から聞いたお前達の言葉は忘れぬ。“幻”の副皇帝のことは、この胸にしっかりと刻み込んでおくことにしよう」
つまりは証拠はないから今回は見逃してやるが、貴様等が言ったことはしっかり覚えているぞと、ヴォルドワンの緑の瞳にじっと見つめられて、とたんその鳴き声がぴたりと収まった。さすが若いが迫力の皇帝陛下だ。
しかし、今、リシェリードのことを“妻”と言ってなかったか?いや、まだ皇妃にもなってないんだけど……とリシェリードが思っていると、オドンがいきなりリシェリードの座る椅子の前に立ち、片膝をついて頭を垂れて胸に手を当てる。それは騎士が敬愛する主人にする最上級の礼だ。
「いままでの数々の無礼お許しください。私はあなた様を見損なっておりました。帝国を前に一歩も引かず皇帝の首を取るといいきった気概。さらには高い見識に、魔術の才。
なるほど陛下がぜひ皇妃にと望まれるお方だ。たしかにあなたこそ、この初代皇帝の生まれ変わりといわれる方に相応しい。伝説の彼方に語り継がれる魔法王のようだ。
あなたのような“宝”を帝国が得られるならば、皇帝陛下とともにこの国は盤石となるに違いない」
え?これってこの頑固親父が、私をヴォルドワンの“嫁”と認めたということか?と、リシェリードは背に冷や汗をかく。
ヴォルドワンのそばにいることは、今さら否やはないが。しかし、皇妃となるのはいまだ抵抗があるリシェリードだ。男の自分が皇妃様なんて呼ばれるのは……と。
助けをもとめるように隣の男を見れば、この男こそ、そのリシェリードを嫁に欲しいと言い続けている男だった。「オドン老よ、認めてくれてうれしいぞ」などと微笑んでいる。
あ、ダメだ。これは。このままだとこの二人で暴走して、勝手に挙式の日取りまで決められそうだ……と思ったところで。
皇帝の議場の両開きの扉が唐突に開かれた。
現れたのはローブ姿の魔道士三人。
彼らはいきなり居並ぶ選帝侯と皇帝。
そしてリシェリードに向かい魔法を放った。
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