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【31】たった一人と国の価値 その2
しおりを挟む「将来の皇妃にして愛する婚約者であるラルランド王国の王子の懇願を受けて、帝国の皇帝陛下は魔女の魔の手から王国の民を救う。もちろん、自分の息子であるカイ皇子も取りもどす。
表向きのラルランド侵攻の理由はこんなところだ。いかにも民が熱狂しそうな“正義の戦い”じゃないか」
ニヤリとリシェリードは人の悪い笑みを浮かべる。
「裏の“密約”としては、ラルランドに帝国軍はそのまま常駐し属国化する。一度目の魔女であった聖女が先導しての神殿と貴族の叛乱。それに今度の二度目の魔女の王国乗っ取りだ。今のラルランドには抵抗する力などないさ」
カイ一人の救出のために軍は動かせないと難色を示す、将軍達や大臣もこれならば首を縦にふるだろう。大義名分のある正義の戦いと小国といえど豊かな土地であるラルランド一つが手に入るとなれば。
「王子たるあなたが国を売られるというのか?」と侮蔑も露わに険しい表情となるオドンに、リシェリードは「王子? 王国? それがどうした」と返す。
「魔女の支配が続くのなら、どのみち王国の未来はない。魔道の能力がある者はオーブ造りのために強制的にかり出され、他の民は奴隷同然に搾取されたあげく、末路は化け物だ。
そうなれば王や貴族の区別もあったものではないが、一番はそこに暮らす人々の安寧だ。彼らにはそれが王様だろうと、皇帝だろうと。自分達の暮らしを守り労ってくれる統治者であるならば、誰でもいい」
三百年前、リシェリードが帝国の祖先たる騎馬民族をはじき出し、国を結界でおおったのは、略奪と破壊を繰り返すのみの彼らとは、相容れなかったからだ。
「今の帝国には“立派な”皇帝陛下がいる」
リシェリードはいまだ自分を抱きしめたままのヴォルドワンをその腕の中から見上げて。
「ラルランドに遠征し、私を“戦利品”として連れ帰ったときに、責め立てる選帝侯達にそう“言い訳”しただろう?
ラルランドは戦わずして帝国と皇帝の威光に屈服して、王子を人質として差し出したと。もはやあの国は帝国の属国も同然だと」
ヴォルドワンが気まずそうに目を反らすのに、リシェリードはくすりと笑う。「あなたの耳は聞こえすぎるな」と言われたので「文句は噂話好きのシルフィードに言ってくれ」と返す。
「かの国を属国同然としてから、ゆるゆると併合していけばよい」とそこまで皇帝陛下が選帝侯や大臣達に言ったのを知ってることは、リシェリードは黙っておこうと思った。
ヴォルドワンとしてはラルランドが帝国領に組み込まれようが、組み込まれまいが、リシェリードがそばにいれば結果的に良いと思っていただろう。
リシェリードには王国を盾にとるような形で、己のそばにいろと強要し、自分の家臣たちにはいずれはラルランドは帝国のものとすると……その二枚舌のズルさをリシェリードは責める気もなかった。
統治者なんてズルいものだ。賢王や善良王だなんて、そんな夢を民に見せている時点で十分に腹黒い。魔法王も同様と……リシェリードは自分のことに内心で苦笑する。
リシェリードには“王国”という制度にこだわりはない。三百年前、自分が王となったのは、人々はその価値観しかなかったからだ。暴君が倒れたあとは、優れたものが自分達を指導する。それが王であり魔法王リシェリードだった。
もし、リシェリードの治世が一年と短くなく、もっと長かったならば、別の可能性もあったのだが、それはともかく。
「そうだ。この際、ラルランドを属国とするなど“生ぬるい”。魔女の混乱が二度もあったどさくさに、ラルランドの王から帝国の皇帝へ王位を譲位させてしまえばいい。
あの気弱な父と兄のことだ。元王侯としてのそれなりの待遇と生活が保障されていれば、あっさりと羊皮紙に署名するだろう。
ああ、三百年のあいだにいつのまにか増えすぎた、穀潰しの貴族共はあっさり切り捨てていいぞ。どうせ奴らには、選帝侯達のように皇帝に楯突くような気概も財も私兵もないからな」
三百年、魔法王が張った結界に守られるがまま、ただ進歩もなく安穏と過ごしてきた、自身が王に指名した従兄弟の子孫と、そして同じく貴族にした仲間達の末裔を、リシェリードはあっさりと切り捨てた。彼らは三百年前、共に国を創り上げた仲間ではない。それを受け継ぎ国を発展させるべき責任を放棄した者達だ。
「正直、三百年ラルランドが時を止めていたあいだに、帝国だけでなく周辺国とて技術の進歩はすさまじいだろうな。どちらにしろあの国はあのままではいられない。帝国に呑み込まれるのは運命だ……とは詩的過ぎるな。
私もヴォー。お前の皇妃になる覚悟を決めたぞ。結婚式でもなんでもやるとよい」
「リシェリ……」感激の声を漏らすヴォルドワンに対して、リシェリードはようやく求婚を受けたという、甘さはかけらもなく。
「併合してすぐにラルランドの民が帝国に馴染むわけがない。逆に帝国民からの差別もあって当然だ。
皇妃としての私の仕事はそれだな。二つの民の融和のためならば、いくらでも綺麗ごとを並べて象徴でもなんでもなってやる」
あくまで現実的なリシェリードに、感激の夢から一瞬で覚めて、なんとも言えない顔をしたヴォルドワンに、オドンが笑い声をあげる。
「いやいや、皇妃様にはまいりました。自らの息子を救いにいく父親である皇帝に、民は感激し熱狂いたしましょう。
ラルランドの民を救い、魔女のもたらすだろう世界の破滅を防ぐ。その大いなる正義という錦の旗の名誉と、ラルランド一国を手に入れるという利には、大臣も将軍も納得するでしょう」
オドンは続けて。
「すみやかに御前会議を召集いたしましょう。もちろん陛下の隣には皇妃様もお座りなされて」
「私も出ていいのか?」とリシェリードが訊けば「もちろん」とオドンはうなずく。
「例の愚か者三人も、ようやく人間の言葉を取りもどしたようですが、皇妃様がいらっしゃれば会議で余分な差し出口をすることなく、大人しくしているでしょう」
「今度は大臣に将軍まで揃ったところで、家畜の鳴き声はあげたくないでしょうな」との言葉にリシェリードも思わず吹き出してしまう。
「たしかに会議に出られなくとも、ヴォーに頼むつもりではあったんだ。
魔法研究所の魔道士達の手を借りたい」
種を吐きだした彼らは当然すぐに正気に戻った。議場を襲った魔道士達も、ピムチョキンにあやつられていたということで、その罪は問われないという。
リシェリードとしてもここで優秀な魔道士達、多数を失うなどしたくない。
「魔法王国といいながら、ラルランドには帝国ほどに優秀な魔道士達はまとまっていないからな」
宮廷魔道士達にしろ転移の魔法は短距離を休み休みの有様だった。今頃魔女にオーブを作る様に、そのなけなしの魔力を搾り取られているかもしれない。
「だが帝国の魔道士達と生み出されたオーブの力があれば、三百年前に成せなかったことが、今度こそ成せる。
魔女の魂の完全なる封印を……」
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
ヴォルドワンとオドンの二人はリシェリードの寝室をあとにした。もう起きあがれると主張した彼だが「三日も寝ていたんだから、もうしばらく身体を休めなさい」というヴォルドワンの言葉に、しぶしぶと寝台に横になった。
別宮の廊下、先歩くヴォルドワンをオドンが「陛下」と呼び止める。
「皇妃様がお語りになられた、三百年前のことですが……」
「忘れろ」
ヴォルドワンがひと言告げれば、オドンは「はい、夢でも見たことにいたしましょう」とうなずく。
「その夢の内容を他人に話すこともいたしません」
「…………」
自分一人の胸の内におさめて、けして漏らすことはないという老人の言葉に、ヴォルドワンはうなずく。
「さて、そんな“良き夢”を見た、ここからは老人のたわごとですが」
そう彼は続けて。
「ずっと魔法王とは伝説の彼方にある、憎い敵でもありました。我らを拒む壁を創り上げた偉大なる王。そう、敵でありながら、ある意味では畏怖していたのかもしれませぬな。
魔法など、魔道士でもない者からすれば、まったく途方もないものだ」
「その魔法王があのように可愛らしい方とは知りませなんだ」とオドンはくすりと笑う。
「我ら帝国の者は、その魔法王に感謝せねばならないのかもしれませぬな。千々に乱れていた蛮族だった我らを一つにまとめ上げた英雄を、この北の地に送り込んでくれた。
それがなければ我らはいまだテント暮らしに馬を駆って、他の民族から略奪を繰り返す暮らしをしていた」
「偉大なる魔法王と、我が帝国の始祖たる初代皇帝陛下に最上級の敬意を」とオドンは深々と頭を垂れて、「さて、皇妃様の体調が戻られるのを待って、会議を開かねばなりませぬ。さっそく、方々にもうしつけて準備を……」と別宮を退出する挨拶をして、ヴォルドワンの前から去った。
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