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【7】黄金の天幕
しおりを挟むウラキュアは四つの小高い山群に囲まれた天然の要害の地だ。さらにひとつ神を信じる民の抵抗も激しく帝国はこの地を攻めあぐね、属国として貢納をとることで良しとしてきた。
その帝国がウラキュアに突然攻め込んで来たのは一年ほど前。それまで宮廷の奥に大切に囲われ戦に出たこともない王子二人、セシムとムスタの二人を大将とし、最強といわれる黒のシニチェリ軍団を含む、二万もの兵。
対するウラキュアの兵はたった二千。
誰もがこの小国の無残な敗北を予想していた。
ところが、戦はたった十日もしないうちに逆の結果をもたらすことになる。
セシム、ムスタの両王子ともに奇襲を受けて、ラドゥ凶王の手で直接その首を刎ねられたのだ。
次代帝王の最有力候補二人の死と続く現帝王サリドの逝去に帝国は一時混乱に陥った。結果、玉座から最も遠いと言われていた常勝の銀獅子アジーズが帝位についた。
「二人の王子は俺が首だけにしてやったが、“酒呑みサリド”は“都合良く”死にすぎた。同じ“父親殺し”の王位簒奪者が顔を合わせるとは、なんとも皮肉過ぎやしないか?」
小高い丘の上、馬上で草原を埋め尽くす黒の軍団を眺めながら、ラドゥはつぶやいた。
帝国の属州と国境を隔てる山脈を越えた、ウラキュア側。普段は山羊が放されている青草の小さな高原には、帝国が誇る最強のシニチェリの黒の軍団が整然と居並んでいた。
その中心に黄金の天幕があり、なかに帝国の帝王となった“父親殺し”の銀獅子がいるのだろう。
二人の王子の敗北から一年後。帝国をすみやかに掌握したアジーズは五万という大軍を自ら率いて、ウラキュアへと侵攻してきた。
しかし、二人の王子のようにすぐに王都を目指して進軍するのではなく、国境近くにて陣を張った。
それに“応える”かのようにウラキュア側のラドゥもまた新帝王アジーズに“申し開き”の使者を送った。
ウラキュア側の“言い分”はこうだ。
宣戦布告もなしのいきなりの侵攻。毎年、帝国に貢納をきちんとおさめている我が国に対して、あまりにも理不尽である。とまず強気に非難し。
夜の奇襲は攪乱が成功し帝国軍が撤退してくれたらと、“万が一の奇跡”を狙ったもの。二人の王子を手にかけるつもりはなかったと、あくまで“不慮の事故”を主張し。
そのわびとして二人の王子の首を帝国へとすみやかに引き渡したこと。さらにはこの責を取ってラドゥは退位し、王位を従兄弟にあたる隣国ヴァニア王国の第二王子アルパードとすること。すでに王位継承の儀式は済んでいると“しおらしい”態度へと出た。
その使者の口上に対し帝王アジーズは鷹揚にうなずき、ウラキュアがこれ以上の抵抗をせぬというならば、民の一つ神の信仰を保証しその命と罪も害さぬこと、毎年の貢納を今後も欠かさぬならば、ウラキュア国の存続を許しアルパードの王位も認めるとのことだった。
ただし、ラドゥの身柄は帝国預かりとするとの条件付きでだ。
「常勝の銀獅子にしてはずいぶんと“お甘い”ことだと思わないか?」
眼下の黒い大軍を見つめながら、ラドゥがつぶやけば、隣で馬首を並べる男はひょいと肩をすくめた。
「“申し開き”の使者の口上がよっぽど滑らかにして舌鋒鋭く巧みだったんでしょうな」
「……自分で言っていて、恥ずかしくないか? ピエール」
あきれたようにラドゥが言えば、赤毛のガタイの良い元傭兵隊長はぺろりと赤い舌を出した。今はウラキュアの将軍、いや、元将軍閣下か。なにしろラドゥの退位とともに「自分も将軍様なんて堅苦しい職は御免被ります」と勝手に辞めてしまったので。
帝国への使者もこの男が務めた。「銀獅子はどうだった?」と聞けば「そりゃもう、常勝の帝王様ですからね。足が震えましたよ」とへらりと笑った。いつものふざけた態度ながら、その口許が少しこわばっていたので、噂の銀獅子とはどうやら、なかなかのものらしいと判断したが。
「お前はついて来るな」
黒い軍団を見おろしていた丘を馬でおりながら、ラドゥは横を行くピエールに話しかけた。
「いやいや、最後までお供しますよ」
「死ぬぞ。俺は死なないが」
自分がこれからすることを考えれば、シニチェリの黒の無数の槍で貫かれるのは必定だ。当然、その従者も巻き込まれるだろう。
「“不死の凶王”に一人も従者がいないんじゃ、あっちも不審に思うでしょう?」
「確かにな」
自分はなにをされても死なない。それが一人で行けばたしかにあちらは警戒するかと、ラドゥは考え直す。そして、馬首を並べる男を見る。
「……すまないな」
「こりゃビックリした! 殿からわびを戴けるなんて!」
「そんなに驚くな。俺が一度も謝ったことがないとでも?」
「聞いたことありませんな」
「…………」
自分はそんな偏屈だったか? と思うが、思い当たることがありありだ。そもそもこの醜い外見に比例するように、性根もゆがんでいる自覚はある。
「どうせ、常勝の銀獅子様のように、帝王の大きな器ではないさ」
皮肉るようにつぶやく。
そして、その大帝の度量にヤツは足下をすくわれるのだと……。
そのときはそう思っていた。
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