みにくい凶王は帝王の鳥籠【ハレム】で溺愛される

志麻友紀

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【8】帝王と凶王

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 シニチェリの黒い槍が並ぶ道を馬で進み、黄金の天幕の前でラドゥは馬を下りた。
 腰の剣も取り上げられなかった。まったく不用心なことだ……と思う。
 これでは“腹に仕込んだモノ”がすっかり無駄だ。せっかくだから“使わせて”もらうが。
 天幕の中に銀獅子はいた。彼もまた周りを固めるシニチェリの将校達もまた、包帯で顔をぐるぐる巻きにしたラドゥの姿を見ても、表情一つ変えないのはさすがだな……と思う。

 野戦においても帝王の座を示すように一段高い台の上。黄金と緋の椅子に彼はゆったりと腰掛けていた。座ってなおわかる、その見事な体躯、黒に金糸の刺繍、黒貂の毛皮にふちどられた、長衣カフタン。白絹のターバンの額の中央には大きな金剛石が光る。その宝石よりもさらに見事な、ターバンからこぼれる月光のような銀の髪。
 その顔は古代ゼピュロスの彫像のように完璧に整っている。黄金の光沢を持つ褐色の肌に、こちらを見おろす帝都スタブールを囲む海のような紺碧の瞳。

「頭を下げる必要はない」

 その楽の音のような低い美声でラドゥは我に返る。片膝をつき、頭を垂れかけたのに、思わず玉座の帝王に見入ってしまった。
 これからという時にとんだ失態だ。制止の声を無視するように、頭を深くさげて身を屈める。両手を己の腹へとあてて、シャツの前を開き“腹に突き刺さっている”それの柄に手をかける。
 「楽になされよ」という声に、楽になるのはお前のほうだと、内心で答えながら一気に引き抜いた。

 飛び散る血と焼け付くような痛みは一瞬。すぐに血は止まり傷口は塞がる。
 片膝をついていた体勢から跳ぶように、ラドゥは一段上の帝王の椅子に座るアジーズの胸に凶器を突き立てた。
 己の腹に突き刺さっていた短剣を。
 いくら寛大な帝王であっても、腰の剣は当然取り上げられると思っていた。裸にはされないだろうが、武器を隠し持っていないか、マントもはぎとられるだろうと。
 だからこそ、薄いシャツ一枚下の己の腹に短剣を突き刺し仕込んでおいたのだ。
 不死の身であるからこそ、出来た方法だった。

 アジーズの胸を短剣で刺し貫いたラドゥはすぐに離れようとした。
 この天幕は最強のシニチェリに囲まれている。二人の王子のときはすみやかに“撤退”した軍団だが、“真の主人”であるこの男の死は見逃してくれないだろう。
 己は不死の身だ。いくら槍を突き立てられようと生きているだろう。そして、ここまでついてきたピエールは確実に殺される。
 それでも、万が一にでもこの帝王のいきなりの死の混乱に乗じて逃げられるならば。

 どこまでもあがく。

 しかし、短剣を放した両方の腕を掴まれた。ラドゥは驚き目を見開いた。逃さないといわんばかりの力で己を捕らえているのは、自分がその身に剣を突き立てた男だった。

「なぜだ?」

 アジーズの胸には短剣が深々と突き刺さっている。胸から血を流しながら、彼は苦痛の色一つその顔に浮かべずに穏やかに訊ねた。

「なぜ私を殺す必要がある?」

 ウラキュア公国が帝国の属国として“変わらず”その存続を許された。ひとつ神への民の信仰と、命と財は保証された。
 だからなぜ? とアジーズは訊ねて当然だ。彼の統率する軍は高潔で有名だ。黒のシニチェリが戦争ではお決まりの略奪に住民の虐殺を行ったことは、一度も聞いたことがない。
 それでもだ。

「常勝の銀獅子よ。戦場においてあんたたしかに不敗だろう」

 だからこそ戦場に出たこともない二王子と違い、ラドゥはこの男と戦う“無駄”は避けた。

「だが、黄金の宮殿において、あんたの立場はまだまだ弱い」

 黄金の宮殿。二つの大陸にまたがる細い海峡をまたがるように作られた帝国の帝都スタブール。海に沈む夕日に照らし出させる白亜の宮殿が金色に照らしだされる様子から、そう呼ばれる帝王の城。

「最強の黒のシニチェリがあろうとも、宮殿の中でまであんたは、あんたの盾に常に囲まれてはいまい? 
 酒呑みサリドがあんたの“都合良く”亡くなったように」

 ハレムにこもりきりで、飲酒にふける前帝王を帝国民も、そして外の国のもの達も、そう陰で呼んでいた。その宮殿に奥深くにいる彼さえ“殺された”。
 それが王宮、城という場所だ。そこはそこに住まう人間にとって安住の地などではなく、闘争の場であることさえある。
 だからこの最強と言われる帝王の玉座も、不動ではないとラドゥは言ったのだ。
 いや、帝位に就く前は、この銀獅子は玉座からもっとも遠い王子と呼ばれていたではないか? 彼の上げた輝かしい戦功と、民の讃える声はかえって彼を帝位に就かせたくない者達にとっては不都合だったに違いない。
 今も宮殿にいるだろう“旧勢力”にとっては、この帝王は今すぐにでも首をすげ替えたい邪魔者だ。

「だから、私を倒してどうする? 二王子に続き、この帝王の首まで、お前がとったとなれば帝国はウラキュアを放置はせぬぞ」
「あんたの次の帝王をすぐに“用意”出来るならな。直系の男子が絶えたとなれば、誰が緋と黄金の玉座に座るか。争いは数年に渡るだろうさ」

 玉座にもっとも遠い王子がそれでも、玉座に座れたのは、いまや彼以外に帝国の直系の男子はいないからだ。
 あとに残った帝国の血を引く者達は、自分こそが帝王になれると色めき立つだろう。その数年どころか、ひょっとすれば帝国が割れて数十年などという内乱となれば、発端となった西方の属国のことなど忘れ去られているに違いない。

「そのときこそ、ウラキュアは帝国の属国などではなく、一つ国として独立しているだろうな」

 不死の身であるこの身は槍に突き刺されたまま、帝国の王宮の地下。波の音がする岩牢に永劫繋がれようとも。
 ウラキュアという国は残る。

「なるほど、お前は“真の王”のようだ。そこまで私を捨てられる者はいない」

 ここまで話してラドゥはようやくおかしいことに気付く。短剣を胸に突き立てられ血を流しながら、この帝王はなぜ平然としていられる。
 自分の腕を掴む力も揺るがない。
 そしてアジーズはラドゥを捕らえていない、もう片方の手で短剣の柄をつかみ、一気に引き抜く。大量の血が滴るが、それに構わず片手でカフタンの衿元を引き裂くように開く。胸の傷跡がよく見える様にとばかり。
 しかし、そこには滴る血のあとはあるものの、傷口はまったくなかった。ラドゥはその紫の瞳を大きく見開いた。

「不死の王は、お前だけではなかったということだ」

 その言葉とともに、首の後ろに衝撃を受けて、ラドゥは意識を失った。





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