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【2】運命の花嫁なのか? 救世主なのか?
しおりを挟む青空に浮かぶ黄金の扉を抜けたら、薔薇色の夕暮れの空が広がっていた。
海のような砂漠の地平線の向こうに沈む夕日に、拉致されたこんな状況なのに、リョウは思わず見とれた。
「砂漠に沈む夕日は、いつ見ても美しい」
後ろから抱きかかえられている、耳元で聞こえた低い声。くすぐったくて思わず振り返り、再び息を呑む。
夕暮れの黄金の光に照らされて、白いターバンからこぼれてたなびく髪はよりいっそう輝いて見えた。褐色の肌、彫りの深い顔立ち、こちらを見る自ら光を放つ宝石のような金の切れ長の瞳。
初めて見てからわかっていたことだが、この正体不明? の王様はとんでもなく美形だ。何度見ても想わず見とれるほど。
その彼が自分に向かい微笑む。
「我がラナトゥーラにようこそ」
「僕は望んできたわけではありません。あなたのしたことは立派な拉致、誘拐です!」
その笑顔に思わず頬が熱くなりながらも、リョウは憎まれ口を叩く。男なのに男に見とれるってどうなんだ? いや、これぐらいの美形ならしかたないよな……と自分で自分に言い訳する。
ちょっと胸がときめいちゃったのも不可抗力だ。
「危急の時だ、許せ」
「さっきからそればっかですね。世界が滅びそうだからって、別の世界の人間を拉致していい、言い訳にはならないんですよ!」
たしかそんなこと言っていたし。で、自分は救世主? いやでも、この王様は花嫁になれって言ってるし。
一体、どっちなんだ!?
いや、どっちも嫌だろう。救世主も王の花嫁も!
所詮町役場の職員。小市民の自分には荷が重すぎる。
「あの~今さらですが、人違いではございませんか?」
「間違いない。そなたは俺の運命の花嫁で、救世主だ」
「…………」
だからどっちなんだ!? とリョウが思っている間に、砂漠の砂の海の中にぽっかり緑の島のように、浮かぶオアシス。
広がる白い砂岩の街の真ん中に、大きな建物があった。アラビアンナイトの挿絵でみるような、特徴ある丸い帽子の先を尖らせたような、美しい瑠璃の屋根が並ぶ。
その一番大きい中央の建物の最上階に、二人を乗せた黄金の竜は滑り込んだ。最上階は壁がなく柱のみが並んでいるテラスで、竜が出入りするのにちょうど良い構造となっていた。
そこには槍を持ち、白いターバンを頭にかぶっている、揃い裾の短いジレにゆったりしたズボンの男達が居並んでいる。手には槍と斧が合わさったような長い武器を手にしているところから、兵士達だろう。その横にはリョウが誘拐? された黄金の竜よりは遥かに小さい、馬ぐらいの大きさの翼ある竜達が、これまた整然と並んでいた。
その竜の兵士達の前に、白い髪に白い髭に白く長いゆったりとしたローブをまとって杖をついた隠者みたいな老人。
それに黒衣の男がいた。頭にも黒いターバンで、そこからこぼれるのも星屑を散らしたような艶やかな黒髪。対照的に雪のように白い肌。だが脆弱さを感じないのは男が長身のがっしりた体躯だからだ。素肌に黒革のジレ、ゆったりしたパンツなのは、後ろにならぶ兵士達と変わらない。
腰には見事な黄金の鞘の剣を下げている。飾り一つない黒の中で、それだけが彼の装飾品として唯一目立っていた。
そして、黒い三白眼の右目がリョウを値踏みするように見た。もう片方の左側は黒い眼帯に覆われている。
黄金の竜の背から、シャルダーンの手を借りて降りたリョウは、その視線に居心地の悪さを感じた。その黒衣の男だけでなく、白い老人も全ての兵士も自分を注視している。
「その者が異界より召喚した救世主ですか? 王よ」
黒い男が訊ねる。
「そうだ。救世主で、俺の運命の花嫁だ」
シャルムダーンの言葉に、最上階のテラスに一瞬静寂が満ちた。ひゅうううう~と一筋の冷たい風が吹き抜けた幻影をリョウは見た。
「怖れながら王よ、その者は男では?」
「我が神々は全ての愛を祝福している」
「たしかに、しかし後宮には花のごときあまたの姫君が仕えておるでしょう」
ハレムねぇ。砂漠の王様なら当然あるよなあ……とリョウは思う。しかし、シャルダーンはぎょっとした顔となり、こちらを向き。
「リ、リョウ、たしかに俺はあまた寵姫を抱えてはいたが、正式な妻を迎えていない。正妃とするのはそなた一人だ」
「だからそれはお断りすると言ったでしょう。僕なんかより、そのお美しい方々と仲良くしてください」
初めはどうとでもいいと思っていたが、言ってるうちになんだかムカムカしてきて、嫌みな口調に自分でもなってしまった。
「いや、ただいますぐにハレムは解散する! 俺の愛する妃はそなた一人だと誓う!」
「え?」
リョウは自分でも頬が熱く、耳までも火照ってきたのを感じた。
たった一人だ。愛してるなんて、こんな情熱的な告白。初めてだ。いや、そもそも告白されたのが、初めてだけど。
それもこんな美形に。
相手は男だけど、でもすごい美形なんだから、照れちゃうのは仕方ないと、自分で自分に言い訳するけど、胸がドキドキしちゃったって仕方ないだろう!
「王よ! あまたの美しい貴妃を捨てて、その平凡な冴えない男を選ぶというのですか!」
黒衣の男が抗議する。冴えない男というのに、リョウはグサリとくる。否定は出来ない、冴えないリョウだけどさ。
「なんだと! リョウは俺が見てきたどんな者よりも、美しいぞ! 艶やかな……いや、ちょっと艶のない黒髪だが、極上のオイルを使えばすぐによくなるだろう。肌も……そこそこ白い。にぎった指先はかさかさしていたから、そこはこれも黄金山羊の乳のクリームで手入れすれば」
シャルムダーンのそれは反論? なのか?
たしかにシャンプーはスーパーの特売品だし、指先がかさついているのは連日の事務仕事のせいだ。
「だいたい顔立ちも“よく見れば”“そこそこ”整っているではないか。つぶらな瞳といい、ちょこんとした鼻といい」
よく見れば、そこそこ……とはリョウの容姿の評価である。二枚目半にいれてよいが、いまいち冴えなくて残念というのが、県立高校のクラスメイトだった女子の評価だ。
……傷ついてなんかいない。冴えない平凡な自分は、公務員となって定年まであの町役場で波風のない人生を送るのだ。
その予定だったのに。
なんで、こんな異世界にいるんだ?
「とにかく、リョウは俺にとって世界一美しく綺麗で可愛いんだ!」
シャルムダーンは強引にそう結んだ。胸を張って堂々と。ドーンという効果音が背後に見えた。
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