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【20】わざとらしいお出迎え
しおりを挟む「王におかれては無事のご帰還、なによりにございます」
黒髪の美女の横に立つ、黒い髭の男がうやうやしく挨拶をした。だが、その目はちっとも笑っていないし、その言葉も口先だけのものだと、リョウは感じる。
彼の臙脂のターバンに付けられた孔雀の羽が揺れる大きなダイヤモンド。首に幾つもつけられた首飾りに、胸に手を当てて挨拶したときに見えた腕輪も、さらには親指から小指まで全部の指にはめられていたごつい指輪。そこにはルビーにサファイア、エメラルドに、これでもかと宝石がぎらぎらと輝いていた。
金糸銀糸の衣装も王であるシャルムダーンより、よほど豪奢というより、派手過ぎる。とにかくまるで自分の財産を見せつけるよう。
「出迎えご苦労、宰相カルムジャーよ」
シャルムダーンが大様に応える。
「よくぞご無事でこのアイーシャの元へと戻られました、シャルムダーン様」
そして、黒髪の美女が前へと出る。たったさっきまでリョウを睨みつけていた、黒真珠の瞳はうるうると潤み。
王とは呼ばず彼の名を呼んだ。そのことで自分と王は親しいのだと、わざとらしく示すようではあった。
「シャルムダーン様がご出陣のあいだ、アイーシャは心配で心配で、神にずっとそのご無事をお祈りしておりました」
さらに甘えるようなねっとりとした声で、シャルムダーンにしがみつこうとした。
そのとき彼女からムスクの強い香水の香りがして、リョウはヴェールの内側で思わず顔をしかめたが。
「アイーシャも出迎えご苦労」
シャルムダーンはさりげなく、自分の腕に手をかけようとする彼女を避けた。
だけでなく、リョウを自分の腕に乗せるようにふわりと抱きあげたのだ。いちおうこれでも170はきっかりある。ギリある、男子を抱きあげるとは、さすがガチムチの腕とか、感心してる場合ではない!
なんで公衆の面前でこんな子供抱っこされたの? と固まるリョウと、潤んでいた黒真珠の瞳のまま、さっきの様にキイッと睨みつけるアイーシャ。
潤んだ瞳がぎらぎら輝いて、さらに怖いんですけど!
「救世主たるリョウだが、初めての討伐で疲れている。戦勝祝いの宴は三日後に開くことにする」
そう、言い捨てて、リョウを抱えたまますたすたとシャルムダーンはテラスを去った。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
シャルムダーンに抱かれたまま、リョウは宮殿の奥へと連れられた。小部屋をいくつか抜けて、たどりついたのは臙脂や薔薇色を基調とした草花のタイル女性らしい部屋だった。
部屋の奥には天蓋付きの大きなベッドがあり、その前に小卓を囲んだ椅子に、それから天井からつり下げられた可愛らしいブランコのようなソファーがあった。
ベッドや卓のクッション、吊りソファーには青紫や赤紫が混じった地に金や銀の刺繍が施され、クッションの端に揺れる金銀の房も華やか。すべての意匠が花や蝶の模様がどこか可愛らしい。
「そなたのために急いで部屋を用意させた。気に入ったか?」
「寝られれば十分です」
なにしろ暮らしていたのは、六畳一間の役所近くのアパートだ。当然、丁寧な暮らしだの、お洒落なインテリアで部屋を飾るなんて縁遠い暮らしをしていた。
シングルのパイプベッドにパイプハンガー、プラスチックの衣装ケースに、三段ボックスに本が詰め込まれている。そんな生活だったからして。
「ただ、ちょっと……」
「ちょっと?」
「広すぎるのと華やかすぎて、落ち着かないぐらいですね」
「そなたはわが后なのだから、これぐらいはあたりまえだ。いや、取り急いで用意させた調度であるから、他に欲しいものがあればなんなりと」
「今のところはありませんし、僕はあなたの后ではありませんからね!」
やはりこの部屋が女性的なのは、そういうことだったのかと、リョウは思う。
それで部屋の装飾が気に入らないなんて口にしたら、さらにもったい無いことになりそうだったので、文句を言うことはなかったが。
今さら花や蝶々がなんだというのだ。アパートで寝ていた布団だって、実家からもらってきたフルーツ柄のカバーであったし。
それから、自分の世話係だという、小姓の少年を紹介された。名前はハキム。くりくりとした瞳のちょっと子リスを思わせる、愛嬌のある顔立ちの子だった。
シャルムダーンはうるさい宰相や大臣どもとの話しをせねばならんと……名残惜しそうに部屋を出て行った。
「お疲れでしょう。お茶とお菓子をただいまお持ちします。おかけになってお待ちください」
「ありがとう」
ハキムはさっそくテキパキと働き始めた。リョウは誘われるように吊りソファーへと腰掛けた。ゆらゆらとゆっくり揺れるのは、意外に心地よい。なるほどこれはロッキングチェアーにおじいさんやお婆さんが揺られているのと、同じか。とはいえ、リョウはそのロッキングチェアにも揺られたことはないけど。
「お待たせしました」
ハキムが銀の盆を手に戻ってきた。差し出されたお茶はちょうど良い温度で、ミントのすっきりとした風味に、ほうっと息をつく。
「おいしい」
「お疲れのようでしたから、疲労に効く薬草茶をお入れしました。こちらのお菓子もどうぞ。中に入ってるナツメヤシもお疲れを取る効果があるのですよ」
少年の屈託のない笑顔と気遣いに、微笑んでリョウは勧められた、菓子を口にした。ナツメヤシを飴で固めたそれは甘かったが、今はその甘みが疲れを癒すようだった。茶のめばミントのすっきりした風味がそれをさらりと流してくれる。
「失礼します」
お茶とお菓子を出したと思ったら、すぐに部屋をでていったハキムは、今度は見事な彫金がほどこされた銀の盥にお湯を張ったものと、タオルを腕にかけてやってきた。
それを足元に置くと、リョウのサンダルを脱がせて、お湯で足を洗い始める。
「い、いや、そんなことは自分で……」
「これがハキムのお仕事ですから」
「…………」
にっこりと微笑まれてリョウは黙りこむ。
たしかにダラハの街の豪商ワディの館でも、あの館の小姓に同じ事をされた。客人の砂で汚れた足を洗うのは自分の仕事だからと、困った顔をする少年に仕方ないと足を洗われた。
現代人ならばなんでも自分でやるのは当たり前というか、使用人なんているのはそれこそ一握りの頂点のセレブだけだろう。
跪かれて足を洗われるなんて、どうにも抵抗があるが、これがここでの彼らの仕事だというなら、奪うわけにはいかない。
どうせ、ここにいる間のことだとリョウは、仕方ない……とまたくり返したのだった。
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