【完結】デカい腹抱えて勇者から逃走中!

志麻友紀

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でかい腹抱えて勇者から逃走中!

【50】人間辞めました

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「苦労?」

 思わずハルは聞き返した。この女の口から苦労なんて言葉が飛び出すなんてだ。嫌なことには泣いて逃げて、着飾って食っちゃべっていた印象しかないのだが。

「お前が去ったあとにラドリール様はおかしくなってしまったわ! わたくしを捨てて辺境などに引っ込んで、卑しい騎士の娘などと結婚して子供まで生まれた。その憎い女の子を始末出来たと思ったら、その孫が生きている! しかもラドリール様そっくりの顔をして!」

 ぎょろりとは虫類の縦長の瞳孔の目を剥いて、大妃はダランベルを睨みつける。その巨木のように太くなった指先を、血のように真っ赤で尖った爪先を向けた。

「……やはり、私の父母を殺したのはお前だったのか」

 ダランベルが怒りを抑えた低い声でつぶやく。
 彼の両親は王都へと呼ばれ、辺境伯領に戻る帰り、馬車の【事故】で亡くなっている。だが、あれはやはり大妃の仕業だったのか。

「そうよ! あの女は子供を産んですぐに死んでしまった! だからあの女の子供を殺してやったの!」

 ほほほほほ! と大妃は狂ったように笑う。白い手を口許に当てても、その耳まで裂けた真っ赤な唇ははみ出て不気味に歪んでいる。

「これでラドリール様はわたくしの元に戻ってくると思ったのに、戻って来なかった。あの方のために、あんな冴えない王をたぶらかして、この国をわたくしのものにしたというのに……」

 冴えない王とは、ラドリールが王太子の位を辞したあとに、王位に就いたソグダム王のことか。たしかに光輝く王太子の陰に隠れるような、ハルも顔さえも覚えてないラドリールの従兄弟だったが、この言われようは哀れだ。

「じゃあ、大妃、お前の子以外の王子達が【謎の死】を遂げたのも、お前のしわざか?」

 ソグダム王の愛妾となったこの女以外の、王妃や他の愛妾の子はみんな夭折している。さらに言うなら、その王妃も愛妾も【謎の死】を遂げている。
 ハルが訊ねれば「そうよ!」と大妃は得意げに笑い続ける。

「邪魔者はみんな、みんな、殺してやったわ。王宮ではみんな、わたくしの言いなり。全部全部、わたくしのものにして、あとはラドリール様が帰ってくるだけだったのに、あの人はついに来てくれなかった。わたくしのこの若さも分けてあげて、二人で永遠に美しく幸せにいるはずだったのに……」

 そこで言葉を途切れさせた大妃は再びダランベルを、その炎のような赤くギラつく瞳で睨みつける。

「あの人は老いさらばえて死に、どうして、そっくりなお前が生きているわけ! あの人にそっくりでも、あの憎い女の血が入ったものなど、死ね! 死ね! 死ね! わたくしの邪魔ばかりする、目障りな悪賢者! お前も死ね! 死ね! 死ね!」

 大妃が巨大な両手を伸ばして、ダランベルとハルを包み混む結界の球体を握りこむ。結界がミシミシと音を立てるのに、ハルは眉間に皺を寄せた。

「図体もデカいが、魔力も強い。こりゃ魔王から相当吸いとったな」

 だから何回も復活した魔王の【陰】も、あんなに尻つぼみだったのか……とわかるのだが。
 それから大妃の謎の若さもだ。魔王から吸いとった魔力で歳をとらず、さらにはラドリールも迎えて永遠に若い自分達だけが、幸せな楽園を築こうとしていたなど、ゾッとするが。
 しかし、若さを保つだけならともかく、人の身でこれだけの力をどれだけ使いこなせるやら。

「ダラン、結界が壊れる。別れるぞ」
「わかった」

 うなずいた隣の彼に、ハルはさらに耳打ちした。それにもダランベルは無言でうなずいた。
 ぐしゃりと結界の珠がその瞬間崩れたが、二人とも巨人となった大妃の太い指のあいだをすり抜けて脱出した。
 ダランベルに【飛行】の強化をかけたハルは、自分も飛んで、ガルクとメルルの結界の玉の中へと。
 メルルの結界に一瞬音を遮断する結界をかけて、ハルは短く口を動かした。二人ともこくりとうなずいたのを見て、ハルは結界を素早く離れる。
 大妃の手が背後に迫っていたのだ。メルルが玉の結界を移動させて、大きな手から避けていた。手はハルだけが目標とばかり、ぐんぐんと伸びてくる。
 ん? 伸びている? とハルは背後を振り返れば、巨人となった大妃の腕はたしかに長いが、それを越えて伸びて鞭のようにうねり、ハルを追いかけてきていた。これは飛ぶダランベルを追跡する手も同じ。伸びてくるりと一回転した彼を追いかけて、その手も同じく丸を作っている。

「どれだけ人間離れするつもりだよ……って、ヤバい!」

 目の前に王宮……巨人となった大妃の足下で全壊した大妃宮ではなく、本宮殿のことだ。の尖塔が目の前に見えて、ハルはくるりと向き直る。
 大きな手が自分を握りつぶそうと目の前に迫るが、結界を展開してそれを阻む。だけでなく、そこに雷撃もくわえてやる。

「ぎゃあ!」

 触れたとたんにびりびり来たのか、大妃が悲鳴をあげる。しかし黒焦げになった指先はすぐに再生して、反転して逃れたハルを「おのれ」とまた手が追いかけ始めた。
 ダランベルもまた、本宮殿の壁近くで自分をおいかけてきた手を、手首からすっぽりと切り捨てて消滅させていた。
 しかし、その切り口からまた白い手が生えてぶわりと再生したのだった。そして本宮殿から離れたダランベルを追いかける。

「ほほほ! 無駄よ! 無駄! 蓄えた魔力はたっぷりあるのよ!」

 大妃は得意げに哄笑する。






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