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でかい腹抱えて勇者から逃走中!
【3】今さらの運命
しおりを挟む「今、王国は未曾有の危機にある。魔王が復活したのだ」
そう勇者の孫勇者……ややこしいな……が語った。そりゃ国の危機だろうと思ったが、孫の代でもう魔王が……って早すぎないか? と思う。
「それだけではない。大妃一派の専横により、国は二つに割れている」
「は? 魔族が襲ってくるっていうのに内輪もめしてる場合か?」
だいたい、その大妃ってのはなんだ? 宰相や大臣ならともかく、自分が居た当時はそんなの居なかったぞ。
「それで、そんな国の危機を勇者がほっぽり出して、なんでこんなにところにいるんだ?」
腕を組んでハルは自分より長身の勇者を見上げて訊ねた。
答えはだいたい予想がついていたが。
「もちろん、賢者であるあなたに助けを求めるためだ」
「今の俺は賢者じゃない。こっちに転移するときに魔力は全部放出しちまったしな」
「あなたは今、魔法を使ったではないか?」
「あ! そういえばそうだな」
こりゃ迂闊だった。たしかに勇者を拘束しようとしたし、その頬の傷も治してやった。
この身に感じるありあまる魔力はたしかに、完全復活をハルに告げていた。
「だからって命がけで魔物や魔王達と戦えっていうのか? 異世界人の俺にはなんの得も見返りもない」
よく考えりゃ、前だってそうだったのだ。
こっちの意思なんて確認せずに強引に召喚したのだ。それも十七の未成年に命がけで戦ってくださいときたもんだ。
これって立派な拉致、誘拐、強要じゃないのか?
まあ、強要の面は、賢者様だとおだてられて、自分から率先して戦ったから、そうとは言い切れないけど。
「もちろん、我が国があなたにした仕打ちを思えば、助けてくれなどと言えないこともわかっている。祖父に代わり謝る。本当にすまなかった」
「お、おい!?」
勇者はいきなりハルの前に両膝をついた。片膝なら騎士の礼だが、両膝をついて頭を垂れるのは咎人のするもの。誇り高い貴族の男にとっては、最大級の屈辱だ。
ハルが知る先の勇者である王太子ならば、絶対出来ないだろう。彼は賢者である自分や聖女に片膝をつき、騎士としての最上級の礼はすれど、常にその顔を上げていた。
誰かに頭を垂れるなど、王となる者がすることではないからだ。
「それでも、私はヴェルテアの民を助けたい。どうか力を貸して欲しい」
「とにかく、顔を上げろよ」
跪く青年の肩に手をかける。いまだ頭を垂れている彼の熱を手の平に感じた瞬間。ずくりと下腹がうずき、かくりと膝の力が抜けて崩れる。
「賢者ハル!」
力強い腕が自分を抱きしめて顔をのぞき込まれた。蒼い目と目が合った瞬間、また、ずくりと身体がうずいた。
ずくんずくんずくん……とそれは大きな鼓動となってハルはぶるりと身体を震わせた。
同時にぶわりと自分の身体からなにかが発せられるのも感じた。魔力じゃない。鼻先をくすぐる、自分でもわかる甘ったるい花のような匂い。
「これはフェロモン……あなたはヒートの時期だったのか?」
「ヒートって、オメガの? こっちの世界じゃ、そんなのはないはず……だ」
身体が熱く意識が朦朧とする。
「あっちの世界だって一度も来たことがなかったのに……なんで?」
三十手前の男が、いまさらヒートなんて冗談じゃないと思う。
なのに自分の甘ったるい香りだけじゃない。抱きしめている男の腕に広い胸から感じるぬくもりにも、波動のようななにかを感じて、ずくずくと身体全体が脈打つ心臓になったようだ。
「あなたの香りはとても良い匂いだな」
それまで抱き留めるだけだった腕に、ぎゅっと力がこもる。高い鼻を首筋に押し当てられて、すうっと息を吸い込まれるのに背筋がぞくぞくと震える。
「あ……」
なんて、自分のとは思えない声を出していた。
「私の運命」
「なっ!?」
耳元でささやかれた言葉に我に返った。思いきり相手を突き飛ばしていた。
「冗談じゃない! 運命なんて! 俺はそれに散々振りまわされたんだぞ!」
叫んで、でも身体のうずきはどうしようもなく、自分で自分の身体を抱きしめる。ぶわりとまた強いフェロモンが出るのかわかった。
目の前の男を求めて貪欲に。
それに反応するように、男の手が伸びてくる。
ハルは怯える用に顔を背けた。
だが、剣ダコが目立つ大きな手はふれる寸前でぴたりと止まると、ぎゅっと握りしめられた。
硬い手の平に指が食い込むのが見えた。震える拳。
だが、次の瞬間にその手が引かれた。だけでなく、ダランベルは腰のベルトから、短剣を引き抜くと、それを己の太ももに突き立てた。
「なにを!」
ヒートの熱に浮かされながら、ハルは目を見開いた。突き刺さったダガーから血が流れている。
「これであなたの嫌う運命を一時でも鎮めることが出来る」
うめき声一つも立てないで己に狂気を突き立てた男は、ハルに向かい安心させるように微笑む。
「だが……ヒートの貴方は辛いだろう」
己の背からマントを外して、彼はそれでハルを包んでから抱きしめた。
それが自分に直接触れないようにするための配慮だとわかった。
「アルファの私がこうしていれば、ヒートも少しは和らぐはずだ」
「お前が逆に辛いだろう?」
フェロモンを出すオメガを抱きしめてなにもしない……なんてだ。自分の足にダガーを突き立てるほどだというのに。
「やっぱり、あなたは優しいな、賢者ハル」
「…………」
自分を抱きしめるこの男と、あのクソ勇者は違うのだと、今、はっきりと分かった。
だからって、今さら運命なんて……とも思う。
同情でもないと、自分に言い訳しながら、手を伸ばして男の足に触れる。刺さるダガーはコロリと床に落ちて、深い傷も一瞬にして治してやった。
「どうして!? くっ!」
痛みが無くなれば抱きしめるオメガの身体から立ち上るフェロモンを、アルファはもろに受けることになる。
ハルは真っ直ぐに男の蒼い瞳を見た。それが焦点が合わないほど近づき、唇が重なった。
そして、自然に男の首に腕を回していた。
本当に運命なんて冗談じゃないと思いながら。
『ようこそ、僕の運命』
あのクソ勇者でクソ王子様も笑顔で手を差し出したのだ。
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