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番外編
王配様の一日 その2
しおりを挟む「“御使い様”にお手紙を出しておいたわよ」朝、王宮の箱にその手紙を入れて戻って来た母はいった。少年は松葉杖をついて、二階から遊ぶ子供達の様子を見て「いいな」とつぶやく。
うっかり木から落っこちた自分が悪いけど、足を折って石膏で固めたそれがやっととれたと思ったら、今度は足首が固まって歩けなくなっていた。お医者様は毎日少しづつ曲げる訓練をしたり、松葉杖をついて歩く努力を無理をしないで続ければ、元のように歩いたり走ったり出来る様になるといってくれたけど。
大人の怪我ならば新しい王様が開いてくれた施術院にいけば魔法で一瞬で治るのに、子供に関しては成長に妨げが出るからと、自然治癒に任せたほうがいいのだと、その施術院から来てくれたお医者様は難しいことをいっていたけど。
足首を解すのはお母さんがやってくれても泣いちゃうぐらい痛いし、松葉杖をついて歩くのもそんなことで上手くいかない。本当に前みたいに歩けるのかな? と思う。
「御使い様……」
少年は松葉杖をもってない、もう片方の手に持った人形を見る。この世界ではみたことのない黒い衣の姿に、黒い翼の布の人形は子供達に人気のお守りだ。
災厄を倒しただけでない。隣国からの女神教の信徒達の侵略や、異界からの魔王の襲来。そのすべてを英雄である若いジーク・ロゥ王と、そして王配たる御使いコウジ様が退けてくださったのだ。
英雄王といわれるジーク・ロゥ王は人気だけど、少年の憧れは“御使い様コウジ”だった。立派な長身の身体を持つ王に比べると、王配のコウジ様は彼を助けて戦ったと思えないほど、背丈はほどほどだけどなんか細くてひょろっとしてる。
少年はこの年頃の子供達よりもちょっと小さくて、そのことでからかわれることも多かったから、だからひょろっとしていても強い“御使い”様に憬れた。自分も頑張れば世界を救うぐらい強くなれるのかな? と。
だけど今はそんな希望もしぼんで、一生このまま歩けないんじゃないか? とうつむく。
「御使い様……」
だから母親に頼んでお手紙を出してもらった。御使い様にお返事がもらえたなら、痛いことも辛いことも頑張れるような気がして。
「呼んだか?」
突然かけられた声に、少年は俯いていた顔をあげて大きく目を見開く。
窓辺に大きな黒い翼を広げた御使い様がいたのだ。
「御使い様! 僕の手紙を読んでくれたの!」
「ああ、だから来たんだ」
「御使い様、僕ね、僕ね……痛いのも辛いのも嫌で……」
「ああ、嫌だな。俺も嫌だ」
「でも、元の様に歩いたり走ったり、みんなと遊びたい!」
「うん、えらいぞ坊主」
「僕はえらくないよ。痛いからって泣いてママを困らせて、歩くのだってうまくいかない」
「でも、嫌だけどやらなきゃならないことはわかっているんだろう? だから、俺に頑張れっていって欲しいと手紙を書いた。
だけど俺は頑張れなんていわねぇけどな」
「え?」
少年が驚くと、御使い様は手を伸ばして頭をくしゃりと撫でてくれて。
「辛いときは目の前の大人に泣きごとをいっていいんだよ。お前のママに甘えていい。一番よくないのは、なんにもしないことだ。弱音を吐いたって、泣きべそかいたって、最後にはきっとお前は歩いて走れるようになる」
「う、うん」
それでいいのか……と少年は楽になった気がしてうなずいた。二階の会話に気付いた母親が階段から顔を覗かせて、驚いた顔をするが、御使い……コウジが口許に指を一本立てて、片目をつぶるとこくこくと彼女は無言でうなずいた。
「じゃあな」と片手をあげて翼をばさりと翻し、窓辺から去る彼に、少年が「僕、がんばるよ!」と御使い人形を握りしめた手をぶんぶんと振る。
その人形をちょっと見てコウジは苦笑したのだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
少年の元を去り、黒のスーツ姿でほっつき歩くのは目立ってしょうがないので、マントをその上から一枚羽織るのが、最近の街歩きのスタイルだ。
なじみの古書店で本を数冊求めて、一冊は自分で持ち帰り、あとは王宮に送ってもらうようにいう。その一冊を手に向かったのは、なじみのカフェだ。路面に面したテーブル席に腰掛ければ、何も言わなくても、茶と日替わりの定食が出てくる。ここは肉と魚が選べるが、出てきたのは魚だ。横のテーブルを見れば本日の肉料理はカツレツだった。肉か魚か選ぶのも店主に任せているが、肉のときは必ず煮込みか、油を使わないあっさりした焼きのときだ。まったくおじさんの胃の負担をよく考えてくれている。
今日のメニューは鯖サンド。好物だと内心でうれしい。肉の脂が過ぎると胃にもたれるのに、鯖の脂はもたれないのはなんなのか? なんて考えることはなく、ぺろりとたいらげて、本を片手に茶をすする。
「ひったくりだ!」の声に呑み干した茶のカップをぶん投げた。逃げようとするひったくりの後頭部に見事カップは命中し、そいつは昏倒して追いかけてきた数人に押さえ付けられている。
「悪いな。砕けたカップの代金も城に請求しておいてくれ」
店主にそういって、コウジは店をあとにした。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
王都の酒場は、昼から開いているものも多い。それは早くに到着した冒険者や行商人などが相手だからだ。
ここもそんな酒場の一つだ。日の落ち掛けた夕暮れ時ともなれば、早くも出来上がった酔っ払いが「がはは」と笑い声を響かせる。
「だからさ、いくら英雄王の盟友で、御使い様だからって自分より年上の男だろう? それが王配なんて、若い王様なら出るところ出た寵姫の一人や二人、寝台に招きてぇと、俺なら思うね」
男は冒険者だった。辺境周りで一稼ぎして王都にやってきたのは、うまい飯と酒と女を楽しむためだ。せこせこ小銭を貯めるなんて性に合わない。パッと使ってすっからかんになったら、また冒険の旅に出る。どうせ明日をも知れない危険な仕事だ。金なんて貯めてどうする。
昼過ぎにたどりついた王都の宿で荷物を降ろして、さっそく酒場にはいった。ほどよく酔っぱらったところで、カウンターの隣に立って飲む男に話しかけた。フードのマントをかぶって暗い酒場もあいまって、顔はよく見えないが話し相手になってくれるなら誰でもいい。
「しかし、王様はいまのところ、そのすすけた王配以外の相手の気配はないようだぜ」
「すすけたってのはいい得て妙だなあ。田舎の兄貴の息子に御使い様人形とやらを送ってくれって、せがまれて、さっき店で買ったけどよ。あの真っ黒い人形のどこがいいんだか」
その言葉になぜか隣の男はせき込んだ。「大丈夫か?」と冒険者は声をかける。「大丈夫だ」との返事に、細かいことは気にしない彼は「まあ王様も物好きだよな」と続ける。
「自分より年上の男なんてよ。ああいうのはをおじ専っていうのか?」
「おじ専が言い得て妙だな」
男はくつくつと笑い「ところで」という。
「見たところ冒険者のようだが」
「おう、そうだぜ。辺境で魔物退治の報酬と得た素材をこの王都で売って、少しは懐が温かくなんたんで、しばらく遊んでから、また明日をも知れない冒険の旅に出ようって……なんてな」
「それなら話は耳にしているだろう? 国が腕利きの冒険者を募って辺境警備隊を作ろうとしているのを」
「ああ話は聞いているぜ。給金も待遇もいいが、しかし、俺は規律に縛られる軍隊って奴はどうにも苦手でなぁ。どうせコネのある奴が出世するんだろうしな」
若い王が辺境にて魔物討伐のために冒険者を組織しての部隊を作ろうとしているのは、冒険者ギルドの張り紙からも知っていた。ギルドとは競合しないように、個人の冒険者の手に余るような大型で凶悪な魔物を狩る討伐隊を作るのだと。
男は腕利きの冒険者であり、なじみのギルド長からも推薦状を書くといわれたが断った。
「俺は前の王様の時代に軍に入ったことがあるんだよ」
農家の息子だったが、武芸の才能があったのか花形の騎馬兵の部隊に取り立てられた。しかし平民では騎士に叙任はされず、それ以上の出世は望むことは出来なかった。
「あげくお飾りの上官の貴族のぼっちゃまに魔物討伐の手柄も横取りされてよ、腐って軍を飛びだしたんだよ」
「いまの王の時代となってからは、貴族だからと優遇はされないらしいぞ。逆に平民でも能力があれば出世できる」
「それもどうなんだか……平民っていったって農家の三男なんかじゃない、ブルジョアの読み書き出来るお坊ちゃまあたりなんだろう」
「さて、辺境の魔物相手ではその読み書きは役に立たないと思うがな。逆にあんたの腕っ節が頼りになりそうだ。その正直さもな」
「おうよ、腕と正直なのは自信があるな。ときにはっきりいい過ぎて失敗もあるけどな」
がははと冒険者の男は笑う。とはいえ相手と殴り合いのケンカになっても、酒が抜けて翌日になれば「すまなかったな」と肩をたたき合って終わりなのが、辺境の荒くれ冒険者の流儀だ。
フードの男は「それでも気が向いたら、辺境部隊を募集してる窓口に行ってみたらどうだ?」と去っていった。
「なんだ、あれは? めぼしい冒険者でも探している請負人かなにかか? それにしちゃあっさりひいていったな」
そんなことをつぶやいて、冒険者の男もまた今夜は早めに宿へ戻るか……と親父に勘定を頼めば「いらねぇよ」という。
「さっき、あんたが話かけていた“お方”があんたの呑み分を払ってくれたよ、それに」
酒場の親父が「いつもの一杯おごりだ!」と声を張り上げれば、店中から歓声があがる。冒険者が首をかしげていると、親父が彼にしか聞こえない小声でいう。
「あのお方は、ひねくれ者でねぇ。ご自分の“悪口”を聞いたときに、記念とばかりみんなに一杯奢るんだ」
「はあ……」
そこで男はハッ! と目を見開く。自分が悪口をいっていた相手って……まさか。
「酒代全部奢ってもらえるなんて、お前さんの言いたい放題はずいぶんと気に入られたようだ」
青ざめる男に酒場の親父は「これを持っていきな」とグラスの下に敷くコースターを押しつける。
そのコースターには「口の悪い正直者だ。よろしく」と黒い翼の形の署名が。
その推薦状をもって男は翌日、辺境警備隊募集の受付の門を叩いた。
この“口の悪い正直者”はのちに部隊長にまで出世したという。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
ほてほてと歩いて王宮の奥にかえれば、執事のケントンが出迎えてくれる。今日は先に表から戻ってきていたジークもいて「なにをしていた?」と訊ねられる。
「うーん、街を歩いて古本屋のぞいて、カフェで昼飯食って、酒場で一杯ひっかけて戻ってきた。
ま、いつも通りだな」
無精髭のあごをざらりとなでながら、くわえ煙草でコウジは答えた。
こうして王配殿のなんでもない? 一日はおわる。
いや、まだ“夜”があるのだけど……。
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