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番外編
月光1
しおりを挟む「……一度、死にかけたことがある」
大公邸、主の寝室。天蓋付きのベッドにも、しっかり筋肉がついた胸板を枕にするのもコウジはすっかり馴染んだ。くせ毛だらけの後頭部を長い指で撫でられるのも。
一戦終えてのピロートークなんて、甘ったるいものとは思いたくないが、自分を片腕に抱く青年を恋人と認めた以上、そういう雰囲気なのだろう。
まあ、一戦どころか、二戦、三戦されて、こっちは半分まぶたが閉じていたのだが。
しかし、『死』という言葉にさすがに覚醒した。コウジは頭を動かして、男の顔を見上げる。
「一度、二度どころの話じゃないだろう?」
公式愛妾として権勢を振るった亡き母のせいで、ジークが政敵から命を狙われていたことは、話を聞いていた。
だが、同時に彼の魔法騎士としての強さもよく知っている。その彼をして『死にかけた』と言わしめた出来事とは?
「慢心していた……」
明かりを落とした寝室。彫りの深い横顔、形の良い唇が動くのをコウジは見つめる。
「三年目の三回目の選定で私はグラフマンデに選ばれた。私はそのとき十八でな。若かった」
「今でも十分若いだろうが」
今のジークは二十歳だ。その歳で二年前を振り返り若かったもない。
「ん? あ? お前が十八で、三回目?」
そこで話がおかしいことに気付く。災厄の脅威はジークが子供の頃からささやかれていたと聞いている。それで彼が聖剣を授けられたのが二年前とはずいぶん遅い。それに神聖なる選定が三年目で三回目という言い方もおかしい。
「一年目の一度目も、二年目の二度目も私が握りしめたとたんグラフマンデは輝き、かの剣に選ばれたことを示した。三年目も、第一王子が何度握りしめようと、グラフマンデに光が宿ることはなかった」
「ああ、そういうことか」
今は、その母である正妃ともに、罪人として名前も正史から抹消された第一王子。
しかし、当時は彼こそが正当なる第一王子として、聖剣に選ばれることを周りが期待していたのだろう。
逆にジークは世の恨みを買った愛妾の子として、聖剣には相応しくないと思われていたのは、確実だ。
だから、選定の儀は行われたが、その裁定を三度も延期した末に、それでも聖剣の輝きをごまかせないと、ジークをしぶしぶ選んだというところか。
グラムマンデには意思が宿っている。剣が相応しいと選んだ相手でなければ、その鞘からも抜くことは出来ないと言われている。
「……らしくもなく浮かれていたのだ。その慢心を突かれたと言えばそれまでだ。……ちょうど、今夜のように小雨が降っていた」
コウジの耳にも、さあ……っと細い雨の音が聞こえていた。
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