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おチビちゃんは悪いおじ様と恋をしたい!【ザリア編】
【6】裏路地の聖女
しおりを挟むロッシについて、女神官長の部屋に向かえば老齢の女神官長の横にマルコが立っていた。彼はザリアの顔を見るなりいった。
「本気で飛びこむなんて、お前は馬鹿かよ」
「マルコ!」
老女神官長が青ざめて彼の名を悲鳴のように叫ぶのに、ザリアは静かに首を振った。
「あれはあの子のお母様の形見の大切なブローチだって話したよね?」
「お貴族様だろう? あんなブローチの一つや二つ」
「それはあの子のお母様のブローチじゃない。世界で一つきりのものだ。もし、本当に君が運河に投げ捨てて二度と見つからなかったとしたら、あの子はものすごく悲しんだし、ひょっとするとずっとブローチを探し続けたかもしれない。
誰か親切な人が見つけて、自分に届けてくれないか? と“待ち続けて”ね」
これはちょっと意地悪な言い方だったかな? とダリアは思う。でも“待つ”という言葉は少年の胸に響いたようだ。頭の上の黒ネコの耳がぴくりと跳ねて、眉根がくしゃりと悲しげにゆがんだ。きっと、男の嘘を信じ続けて待った、自分の母親のことを思い出したに違いない。
「……悪かったよ。まさか、あんなブローチ一つで運河に飛びこむなんて……」
「“あんな”じゃないよ。あれはあの子にとってはお母様との思い出が詰まった大切な宝物だ」
「…………」
マルコが大きくその瞳を大きく見開いた。
「君は貴族は嘘つきだというけれど、全員がそうではないし、だからといって君があの子から亡くなったお母さんの大切な宝物を奪っていいわけではない。
君が憎んでいる貴族とあの子とは無関係だ」
「ご、ごめんなさい」
「それは僕じゃなくてあの子に謝って欲しいな」
「いや、お前はザリア公子にも謝るべきだ。すでに謝って済む問題ではないな」
後ろでみていたロッシが口を開いた。
「ザリア公子もあの令嬢も我が都市の大切な賓客だ。そのお二人を害したお前を、私は首領として裁かねばならん。
お前は裁判にかけられ、この孤児院も監督責任を問われて最悪閉鎖ということになるだろうな」
ロッシの言葉にマルコが「そんな!」と青ざめる。
「それじゃこの孤児院にいる兄弟はどうなるんだよ?」
「それは、親を亡くし住むところも無くして、この裏通りで一年暮らしたお前が一番よくわかっているはずだ」
「お、俺はどうなったって構わない。だからこの孤児院のみんなは助けてくれ」
自分のことよりも、仲間の子供達のことを心配するマルコは、言葉は乱暴だけど、本当は優しい良い子なのだろう。
涙目で頭の上の耳の寝込みをぺこりと横にしている少年が可哀想だし、そろそろ助け船を……とザリアが口を開くまえに、別の小さな援軍が飛び出してきた。
「マルコお兄ちゃんいじめないで!」
「裁判なんて、酷い目にあうんでしょう?」
「俺より一月しか早く生まれてないのに、自分の方が兄貴だ! なんて威張っているけど、ほんとは良い奴なんだ!」
開いたドアの隙間から幾つもの目が見ているのはわかっていた。子供達がわらわらとマルコの周りを取り囲んで、ロッシに抗議する。
「マルコ兄ちゃんを連れて行っちゃやだ」と小さな女の子が泣き出せば、周りの小さな子もまた釣られて泣き出す。
さすがのロッシもこれには戸惑ったように「みんな落ち着きなさい」と声をかけるが、しかし「やだやだ」の泣き声は収まらない。これにはさすがの伊達男も形無しだなとザリアはクスリと笑う。美女の相手はお得意そうだけど、子供相手となるとそうはいかないらしい。
そこでザリアはトントンとステップを踏んで、歌い始めた。それは子供達なら誰でも知ってる可愛らしい童謡だ。
母さんヤギと七匹の子ヤギたちの歌。
それを美しく透き通るような声で歌いながら、弾むステップを踏む。歌の中にある母さんヤギが先に谷間を跳んで、他の子ヤギたちもあとをついていく。
最後のおチビちゃんだけが、向こう岸に取り残されて谷の深さに怖くて足がすくんで動けない。悲しげにメェメェ鳴く子ヤギの情感たっぷりのザリアの歌と、怖くて跳べないためらいを現すようなステップに、子供達はわかっている歌だというのに、ハラハラドキドキ、いつのまにか涙も止まって「がんばれ!」と声援をおくる。
最後にはお母さんが向こう岸へとぴょんと戻って、おチビちゃんをうながして、一緒に跳んで兄弟達とも喜び合う。輪になって跳ねて跳んで踊る。
ザリアの歌と踊りが終わったとたんに子供達は、わあっと彼の周りを囲む。
「すごい!」
「どうやったら、あんな風に出来るの?」
「キラキラしてた。お姫様みたい!」
そこはお姫様じゃなくて、王子様っていって欲しいな~とザリアは思いながらも「ありがとう」と答える。
そして一人の女の子が瞳を輝かせてザリアを見上げていう。
「ソフィア様もお歌が上手だったって聞いたよ!」
「ソフィア様?」
「うん、この孤児院をつくってくれたんだって、女神様みたいに綺麗なの」
たしかにこの孤児院の一階のホールには大きな肖像画が飾られていて、それにはザリアも目を留めた。
薔薇色のドレス姿の短い耳の兎族の貴婦人が優しく微笑んでいた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「初めて君を見たときにソフィアによく似ていると思ったんだ」
孤児院からの帰りの馬車。ロッシが口を開いた。
「肖像画の彼女があの孤児院を作ったの?」
「ああ、ソフィアは元は有名な歌姫で、彼女より遥かに年上の大貴族に見初められて、後添えとなった」
二人の間に子供は出来ず、夫婦というより親子のような関係だったらしい。
「彼が亡くなったのちに、夫の遺産であの孤児院を作ったんだ。そして、彼女は孤児達を自分の子供のように愛し育てた」
「あなたはどこで彼女と出会ったの?」
「篤志家達が集まってのサロンでだ。歌姫だった彼女の歌声は引退してからも少しも衰えてなかった。あの孤児院だけでは救いきれない、街の子供達の保護のためと、それを人々に訴えるために彼女はあちこちのサロンで歌を披露し、支援者を増やそうとしていた」
出会ったのはロッシが十五で騎士の叙任を受けて、大人達のサロンへの出入りが許されてすぐだったという。
「私は一目で彼女の可憐な姿と歌声に魅了された。いわゆる初恋だ。そして、その勢いのままに求婚をしたのさ」
「えっと、ソフィア様って未亡人ですよね?」
「もちろん歳の差があるのはわかっていた。いや、あの頃の私はまだまだ“純粋”な若き騎士だったのでね。まあよくわかっていなかったのさ。
なにしろソフィアは、君と同じぐらいの年頃に私の目には見えたのだから」
それはあの肖像画を見たザリアでもわかる。優しく微笑む姿は未亡人というより、乙女といった風情だった。可憐で儚げな……。
「それでお返事は?」
「三日待ってくれといわれたよ。その日が自分の誕生日だからと」
それを聞いたロッシは張り切って三日後に彼女の暮らす孤児院を訪ねたのだという。大きな白百合の花束と贈り物の首飾りを持って。
「彼女は『ありがとう』と微笑み、私にいったのだよ。『今日はわたくしの百五十二歳の誕生日なのよ』とね」
「ええっ!?」
ザリアは思わず驚きの声をあげた。兎族の寿命は二百歳で成人してから若々しい容貌が変わることはないとはいえだ。十五歳の少年が百五十二歳のご婦人に求婚するのはいささか……。
これにはロッシ自身もくつくつ笑い。
「こうして私の初恋は無残に破れたわけだ。その後、私達はよき友人になったけれどもね」
「それでソフィア様は、今は?」
聞かなくともわかるような気がした。
あの孤児院に彼女の姿はなく、肖像画だけが飾られているんだから。
「亡くなったよ」
やっぱり……と思う。そして、彼の次の言葉に息を呑んだ。
「ソフィアは殺されたんだ」
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