ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

文字の大きさ
82 / 213
おチビちゃんは悪いおじ様と恋をしたい!【ザリア編】

【5】よくある話

しおりを挟む
   



「きゃあ!」

 令嬢達がカフェを出た、その瞬間だった。
 垂れた犬耳の令嬢が悲鳴をあげたのは、一番先に店を出た彼女の前に、黒い影が飛び出してきたからだ。小さな手がぬうっと伸びて、彼女のスカーフの胸元から何かを引きちぎり逃げていった。それこそ目にも留まらぬ速さで。

「ブローチがないわ!」

 彼女が泣きそうな声でいう、犬族の護衛の騎士二人が右往左往するなか、いち早くその黒い影を追いかけたのはザリアだった。

 黒い影は裏通りへとはいった。小さな影はすばしっこくて、裾がすり切れて元の色もわからないような色あせたマントのフードを目深に被っているために、種族はわからない。
 ただザリアよりも小さな背丈からして明らかに子供だ。そんな子供がどうして強盗まがいのことを? と疑問に思うけれど、それより盗られたブローチを取りもどすことが大事だ。
 裏通りの迷路みたいな細い路地をかけていく小さな姿を追いかけて行く。ザリアでさえ一瞬でも気を抜いたら見失いそうな素早さだ。これではたしかに腕は確かでも大柄な犬の騎士達では、とっさにこの小さな怪盗? に対処出来なかったのがわかる。

 さらに驚いたことに、その怪盗は裏路地で幅が狭いとはいえ、運河をぴょいと跳び越えて向こう岸に渡ったのだ。運河の幅は大人の男の背の高さほどで、単純に距離だけなら跳べないことはないが、そこが水をたたえた運河ということで、躊躇する者は多いはずだ。
 実際、運河を跳び越えて着地した向こうで、小さなマント姿はフードの影からちらりとこちらを見た。跳び越えてみるなら跳び越えてみろとばかり。
 なるほどこうやって追っ手をまいていたのかと、ザリアは思いながら、追いかける速度を落とすことなく運河をびょんと跳び越えた。

 それに小柄な姿はぎょっと肩を跳ねさせて、再び逃げようとする。ザリアはあともう少しで追いつくところまで迫り、口を開く。

「そのブローチはあの子のお母様の形見なの! 返して!」

 あの垂れた犬耳の令嬢がブローチをザリアが褒めたら「亡くなった母が大切にしていたんです」と嬉しそうにいっていた。
 前を駆けていた小さな姿の足がぴたりと止まって振り返る。

「それは本当か?」

 やはり子供の少年の声だ。それにザリアはうなずく。

「そうだよ。それはあの子の大切な宝物だ。だから返して」

 手を差し出せば少年は一瞬戸惑ったように身体をゆらしたが、素直に返してくれなかった。

「嘘だ! お前達、貴族は嘘ばっかだ! なにが母親の形見だ! こんなもの、こうしてやる!」
「あ!」

 少年は唐突に叫ぶと、運河に向かって何かを放り投げた。ぽちゃんと音がするのにザリアは呆然とするが、迷いは一瞬だった。

「ざまぁみろ! え?」

 少年のやけっぱちの声は戸惑いへと変わる。
 ザリアが羽織っていたマントを脱ぎ捨てて、運河に飛びこんだからだ。

 細いとはいえゴンドラが行く水路の水深は深く、ザリアの身長では立つことは出来ない。そのうえ海水混じりの水は濁っていて、潜って泥が積もった運河の底に目をこらしても見えない。
 ザリアは息継ぎのために一回水面に顔をあげた。「ま、待てよ!」と少年の慌てた声が聞こえるが、それは無視して再び潜る。彼がそのあいだに逃げてしまうかもしれないが、今はそれよりあの子の形見のブローチを探すのが先だ。

 すると、突然大きな手に肩を掴まれて引き上げられた。小さなザリアでは足が付かなかった運河も、父ぐらいの身長がある彼では肩ぐらいの水深で、そのまま横抱きにされる。

「運河はこのガトラムルの名物ではあるが、そこでの遊泳はあまり推奨はしないな」
「ロッシ!?」

 なぜこの人がここに? とびっくりする。それも自分と一緒に運河に飛びこんでいるなんて。ご自慢の黒い装束もぐっしょり濡れてる。

「ほ、ほら!」

 運河の傍らの道に立っている少年が差し出した手には、探していたブローチがあってザリアは目を見開く。

「さっき投げたのは小石だ! 本気で飛びこむなんてお前は馬鹿か!」
「よかった!」

 少年の罵りの声など聞こえず、ブローチをじつと見つめたザリアはホッと息をつく。

「本当に運河の底に沈んじゃったのかと思ったんだよ。あの子はお母さんの残してくれた宝物だっていっていたから」

 そして、本当によかったと満面の笑みを浮かべる間近な少年のその顔を、金色の瞳を見開いたロッシはじっと見つめたのだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 ずぶ濡れになったザリアをロッシが少年を伴って向かった先は、すぐ近くの裏路地にある小さな神殿が併設された建物。

 ロッシ達を出迎えた老婦人は二人の姿に驚いて、すぐになかへと案内してくれた。同時に一緒についてきた少年に向かい「マルコ! またあなたは、なにかしたのですか?」と怒っていた。フードをとった姿は黒猫の耳があった。あの少年の名はマルコというのか。
 とりあえず身体を温めてとザリアは客室にあるお風呂に押し込められた。たしかに運河の水はちょっと……いや、だいぶ臭かったので助かった。髪と身体を洗って外へと出れば、部屋に新しい着替えが置かれていたので、それを著て階下へと降りる。

「ああ、取り急ぎ用意させたんだが、よくにあっている」

 階段を降りたところでロッシがいた。彼もまた新しい黒服に着替えていた。黒い髪がかすかに濡れて色が濃い。
 あの運河でずぶ濡れになって自分を見る姿は、いつもはあげている前髪が降りていて、ちょっと若く見えたのに残念だな……と思う。
 この建物は孤児院なのだとロッシは説明してくれた。“とある人物の神殿への喜捨”によって作られた施設だとも。

「マルコは最近引き取られたばかりだ。一年ほど前に母親を亡くして、それからずっと盗みをして暮らしていた」

 それで未だその盗みグセがぬけなくて、この孤児院を管理する院長を困らせているのだとも。

「それからこれを」
「あ」

 それは少年が盗んだブローチだった。綺麗なハンカチに包まれたそれを、ザリアは「ありがとう」と大切に受け取る。

「マルコから話は聞いたが、それは君の物ではなく、他の令嬢の母親の形見だときいた。それであんな汚水の運河に飛びこむなんて」
「だって、あの子にとっては大切なお母様との思い出だっていってた。無くしたら可哀想だもの」

 ザリアが当たり前のことのように答えれば、ロッシが金の瞳でじっとこちらを見つめてきて「マルコのことだが」と切り出す。

「この孤児院だが、現在は私が支援している」
「あなたが?」
「ああ、君に出会ったあの日も、ここからの帰りだったんだ」

 たぶんこの孤児院をロッシが、いやドージェであるガルゼッリが支援しているのは、公には内密にしているのだろうと、ザリアには察しがついた。だからあの日、彼は裏路地にいたことを秘密にしてくれと、自分に口止めしたのだとも。
 なにか事情があるのだろうけど、話してはくれないだろうな……とザリアは少し寂しく思ったが。

「本来なら子供とはいえ、マルコのしたことは立派な犯罪なうえに、この大陸会議の賓客である君達を害したのだ。本来ならば重罪人として裁かれるところだが……」
「僕もあんな小さな子にひどい罰なんて求めてないよ。ブローチは僕が追いかけたら相手が驚いて投げて返してきたことにするから」

 それにあわてて運河に落っこちて、ドゥーチェに助けられました……なんて、父や兄の心配性もうるさいし
、アーテル兄がからかってくるだろうな……と遠い目になる。

「だけど、あの子に会ってお話がしたい。いい?」
「しかし、なにぶん躾が出来ていない子供だ。君に失礼があったら……」
「それも怒らないって約束する。僕はどうしてあの子がこんなことをしたのか知りたい」

 この孤児院をロッシが支援しているということは、保護されたあの子が衣食住に不自由にしているとは思えない。それにあんな大通りの目立つ場所で“わざわざ”貴族の子女の物を盗むなんてだ。

「これまでもあの子は同じようなことをしていたんじゃない?」
「ああ、これほど目立つことではなかったがな」

 貴族やブルジョア達を狙って、その本人や馬車から小物をかすめ盗ることを繰り返していたという。だいたいそう高価ではないものなので、やられた貴族やブルジョア達も腹は立てても、あえて訴えるなんて、逆にみっともないと放置されていたのだという。

「さらにあの逃げ足だ。本人は絶対に捕まることはないと、妙な自信をもっていてな。周りの大人がいくら注意しても盗みグセが治ることがなかった」
「でも、僕に捕まりかけたけど……」
「ああ、いつか大事になれば、私もかばいきれなくなると、このあいだマルコには警告したばかりだった」

 これにはロッシも苦虫をかみつぶしたような顔だ。

「どうしてあの子はあんなに貴族を恨んでいるの?」
「彼の父はこの都市に遊学にきていた貴族だという話だ。彼の母はいつかは彼が自分とマルコを迎えにきてくれると、病床でそう繰り返しながら亡くなったらしい」

 その男が本当に貴族かどうかだったかも怪しい。だがマルコの母親は、その“嘘”を信じ続け、来ない相手を待ち焦がれて亡くなった。

「純粋な娘が悪い男に騙される。よくある話だよ」

 どこか切ない微笑を浮かべてロッシはいった。





しおりを挟む
感想 1,097

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する

SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する ☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。