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おチビちゃんは悪いおじ様と恋をしたい!【ザリア編】

【12】プロポーズは堂々と! (ザリア編完結)

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 無様に泣き叫ぶ男達が連れて行かれた大会議場。
 ロッシがザリアの前に片膝をついて、その手を捧げ持ち、手の甲へと口づけた。

「ザリア公子。私と結婚してくださいますか?」

 伊達男にしてはずいぶんと単純な求婚の言葉だった。「この私としたことが、花束の一つも用意してなかったなんて」とあとで彼は苦笑していたけれど。
 それよりなにより、ザリアには彼の真っ直ぐな言葉と、こちらを見上げる真摯な瞳が嬉しかった。
 答えなんて一つしかない。

「はい」

 こくりとうなずけば、居並ぶ各国の首脳達から歓声があがる。ルースの大王エドゥアルドなどは「この中で求婚するとは、さすが伊達男だな」なんてはやしたてた。「断られたら大恥かくだろうに」というのは余分だと思うけど。その横でアーテルは「やったね、おチビちゃん! ついにそのワルい男を陥落させたか!」って、夫婦って似るのは本当なんだ……と思う。
 背後になんかすごい殺気を感じて、恐る恐る振り返ると父のノクトがすごい顔をしていた。近寄りがたい美貌の父だからこそ、よけいに怖いというか。横で母のスノゥが「子供ってのはいつかは巣立っていくもんだ」となだめているのが救いだ。珍しく母のほうから父の腕にそっと手を絡めているのは、甘えているのではなく、万が一にも黒犬の“花婿”の襟首を締め上げないようにと、押さえているのだろう。
 あとでスノゥが笑っていった。

「いや、さすが伊達男やるな。各国首脳の前で求婚してザリアが承知すりゃ、みんなが証人だ。さすがの頑固親父もみんなが祝福するなか、反対だ! なんて叫べないもんなぁ」

 転送装置でサンドリゥムに帰れば「ザリアちゃん、本当にあんな歳の離れた、ワルい男と結婚するのかい?」と祖父のカールはおいおい泣いた。大使館で帰国の準備を取り仕切っていて、あの会議場にはいなかった双子の兄のダスクははっきりと「私は反対だ」とザリアに告げる。

「父上もなぜ黙って見ていたのです? 各国首脳の前だろうと、私はあの黒犬にすぐさま決闘を申し入れましたのに!」

 ダスクに非難されたノクトは無言だ。というかザリアがロッシの求婚を受けてから、ずっと眉間にしわが刻まれたままだ。

「あ~もうっ!」

 ぷうっ! とついにザリアは爆発した。大きな瞳を悲しみというより怒りに潤ませて、三匹の狼たちをにらみつける。

「三人とも、ザリアが選んだ人を信用してくれないの! もういい! どんなに反対されても僕はロッシのところにいきます!」

 そこに「今から行くか?」とスノゥ。

「俺も不機嫌なままの黒狼の相手が、嫌になってきたところだ。実家にしばらく帰らせてもらう」
「お母様の実家ってノアツン?」
「それもいいけどなあ。お前と一緒にガトラムルに行ってもいいな。あの黒犬は歓迎してくれるだろう」
「うん、ロッシも喜ぶと思うよ!」

 今すぐにでも転送陣でとびそうな兎の母子を、情けない狼たち三人が必死に謝り止めたのは、言うまでもない。
 そして、黒犬の伊達男とカワイイ末っ子の結婚をしぶしぶ認めた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 婚約期間は婚礼の準備もあるからと三か月と定められた。
 この三か月も「短すぎやしないか」と祖父カールの言葉があったのだが、スノゥが「短いほうがいいんですよ。カワイイ末っ子がとっとと嫁に行っちまえば、うちの馬鹿な男どもの諦めもつく」と。

「その馬鹿な男にもワシはいっておるのか?」
「さて、御隠居の場合は爺馬鹿ですね」



 そして、結婚式当日。

 いまは転送陣で一瞬で跳ぶことが出来るようになったけれど、昔ながらの花嫁行列はこのガトラムルでもいきている。王侯貴族の結婚というのは、その国や領地にとってはお祭りのようなものだ。
 お祭りの山車よろしく華やかな行列に、祝いに配られる酒に料理に菓子と……その気前のよさがまた、国主や領主様の評判を高めるというもので。
 ガトラムルの祝祭の行列は、馬車をつらねてではなくゴンドラを連ねて。大運河をゆくというものだ。

 祝祭のために花とリボンに美しく飾られたゴンドラ。海の女神達のふん装をした古代風の白いドレスに花冠の乙女達が、ゴンドラ行列の先頭を飾り、手に持った籠より花びらをまき散らす。次に楽隊をのせた大型のゴンドラが吹き鳴らすラッパの音。
 大運河の両わきには鈴なりの見物人。そのところどころで祝いのワインの樽があけられ、ドゥーチェが用意した露店の料理はこの日ばかりはすべて無料。子供たちもまた、揚げ菓子ボンボローニ氷菓ジョラードの屋台におしかける。

 昼間からぽんぽんとあがる花火。それに負けじとひときわ大きな歓声が上がったのは、花婿と花嫁を乗せた白いゴンドラが現れたからだ。
 お髭もあったときもいいけど、お髭のない今の姿もいいと、評判のドゥーチェはいつもより豪奢で光沢のある黒衣の姿、若々しい顔で微笑む手を振る。
 その横にはあわい薔薇色のドレス……もとい盛装をまとった可愛らしい兎族の公子が満面の笑みで、おなじくみんなに手を振る。短いお耳を囲む薔薇の花冠もよくにあっている。そして、左耳の根元にはルース渡りの黒いダイヤモンドがキラリと光る。ふわりとドレスのスカートみたいに膨らんだ、上着の裾。その後ろにはしった切れ込みの間から、覗く暁色の毛並みの尻尾にも、黒いダイヤモンドのテールリングがのぞく。

 大運河を進んだゴンドラは、都市の中心である鳩の広場へと着く。そしてそこに建つ大神殿へと、結婚の誓いのためにはいる、花婿と花嫁を歓声で見送り、また夫婦となって出てきた二人をさらなる大歓声で迎える。
 鳩の広場の名のとおり、詰めかけた群衆の上を飛び立った白い鳩の群が、二人を祝福するからのように青い空を旋回した。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 昼の民に祝福されての祝宴のあと。夜は各国首脳も招待されての華やかな舞踏会。

 あわい薔薇色から一転して、今度は大人っぽく深紅のドレス……じゃない、盛装に着替えたザリアは愛らしい可愛らしさを残しながらも、早くも人妻の魅力を放っているかのように見えた。
 そんな若い花嫁の横には、髭を剃ってこれまた若い顔となった黒犬のドゥーチェが。髪型も少し変えてすべて後ろになでつけていた黒髪の前髪を、左の片側だけ垂らすようになった。それに昔なじみ女伯爵が「なに? 若い花嫁に無理して若作り?」などとからかったが。

「その通りだよ。ザリアは私以外見向きもしないけど、あの愛らしい美しさに惑う若者を牽制するためにね」
「やだノロケ? すっかり若い嫁に骨抜きにされちゃって」

 そんな花婿と花嫁の最初のダンス。小さな花嫁を高々と抱きあげる伊達男の花婿の伊達男っぷりに、パレードからの花嫁の愛らしさに密かに胸をときめかせた若者達は、かなわないとうなだれたとか。
 さらには、そんなこといってもあの遊び人が一人に夢中になるなんて……と思っていたご婦人達もまた、かの伊達男の女友達にして悪友たる女伯爵の。

「あの黒犬はもうダメね。魔性の兎ちゃんにメロメロよ~。ほら考えてみてよ。兎達に捕まった純血の男達の末路を~」

 そこでかの伝説の勇者にして、いまは国をあずかる大公も、白兎の妻一筋で有名であり、大国ルースの大王しかりと大物ばかりを捕まえる、魔性の純血兎族恐るべし! と淑女達も戦慄させて、諦めのため息を扇の内側でつかせたのだった。
 花婿と花嫁の最初のダンスのあとは自由だ。「僕とおどって!」とアーテルに手をとられて、キャラキャラ笑いながら兄弟で踊る。「お花ちゃん同士だな」とルースの大王様が見て豪快に笑う。
 「さあ、あんたもむっつりしていない」とアーテルは次にザリアをダスクに押しつける。華やかな式典の最中ニコリともしなかった双子の兄は、やっぱり不機嫌な顔で。

「少しは笑ってくれないの?」
「笑えるか。一番気に入らない男に弟が嫁ぐというのに」
「僕が誰と結婚したって気に入らないクセに」
「……あの男は気に入らないが……」
「もう、そればっかり」
「だが、お前に関しては信頼出来る男だと思う」
「お兄様……?」
「幸せになるように」
「うん」

 そして、次にザリアの手をとったのはスノゥ。その母にザリアはいう。

「お母様、恋っていつのまにかおちてるものだったね」
「そうだな。落っこちたら身動きがとれなくなってる」
「それアーテルお兄様もいってた」
「そして、熱病みたいな恋はやがて底なしの愛へと変わる」
「アーテルお兄様もそうだけど、母様も言い方もちょっと怖いよ」
「純血種の男の愛は重いからなあ。だがまあ、愛まで変わっちまったら一生変わらん」
「お母様はお父様を愛しているものね」
「お前もそうだろう?」
「うん、僕もロッシを愛するよ、ずっと」

 そして、次は父ノクト。やっぱり兄と同じく昼間からニコリともしないで、そのくせザリアの手を優しくとってくれた父は最後に、ロッシの前にザリアを連れていき、ザリアを手渡しながら。
 ザリアには「幸せになるように」と。
 そしてロッシには「少しでも不幸にしたら、すぐにその黒犬の首を刎ねてやる」ととんでもなく物騒なことをいって去っていった。
 そして、花婿と花嫁は再び踊り出す。伊達男の黒衣の腕の中で、薔薇色の花嫁は幸せに微笑む。

「最初のダンスのときに、こうなるとあなたは思っていた?」
「さて、私は預言者ではないからね。でも、あの裏路地で出会ったときから、運命は感じていたな」
「さすが伊達男だね、キザ。でも、僕も初めてあなたにあったときから……」



 そして、すぐにカワイイ末っ子の懐妊の知らせを受けて、母大公は予想どおりとばかり「やるな伊達男」と口笛をふき、隣の父大公の眉間のしわがますます深くなったとか。



 黒犬の伊達男と呼ばれた男は、奴隷解放など数々の偉業を成し遂げたドゥーチェとして名を残すとともに、愛妻家としても同時代のグロースター大公、ルースの大王とともに語られることになる。






   END




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