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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】

【9】生真面目長男の暴走

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 シルヴァが家督放棄宣言をする前日。
 王宮から大神殿へと戻ってきたシルヴァが、間借りしている部屋にはいったとたん、プルプァが飛びついてきた。

 「大人しいものだったぞ」という篦鹿の賢者の言葉にうなずく。それから大神官長として一日の職務をおえたグルムをまじえて夕食をとる。
 そして部屋に戻ると、プルプァが手紙を渡してきた。モースからはプルプァとともに、この世界の成り立ちの神話を読み聞かせたことや、遊び延長上の魔力の制御を学ばせたとの報告は受けていた。
 これは幼い自分も受けたことのあるものだ。木の枠の迷路の中の玉を触れることなく、魔力だけで動かす。

「初めてなのにプルプァは器用でな。たちまちコツを覚えて、玉を転がすのに夢中になっていた」

 ほうほうほうと梟のように大賢者は笑い、プルプァは褒められたと、はにかむように笑った。
 プルプァから渡された手紙も、そんな今日一日のことが書かれていた。白い髭のお爺さまに御本を読んでもらった。早くお話の続きを知りたい。それに玉を転がす“遊び”も楽しかったと。
 最後に今朝のことは、ごめんなさいと書かれているのに、シルヴァはプルプァの頭を撫でて「あれは私も悪かったのだよ。でも、自分の身を守る以外は不用意にあの力は使っていけない」と今朝、言い聞かせたことをくり返すと、プルプァはこくこくとうなずく。

 そして、手紙の最後にはシルヴァがずっと一緒にいてくれると“約束”してくれてうれしいと書かれていた。



 プルプァもシルヴァのことが大好き
 ずっとずっと一緒にいたい



 最後の言葉を読んでシルヴァはプルプァを見つめた。大きなベッドに並んで腰掛けて、こちらを見上げる大きな菫色の瞳、白い小さな顔。その頬にそっと片手で触れて。

「プルプァ、私とずっと一緒にいてくれるかい?」

 その言葉にプルプァは首がもげるんじゃないかと思うほど、こくこくとうなずく。手を広げて、ぎゅっとしがみついてくるのに、その頭から長い耳、背中を撫でる。ラベンダー色のふわふわした髪の手触りがとても心地よい。

「私もプルプァとずっと一緒にいると誓うよ。君がもっと大人になって、私から離れたいと思っても離してやれないかもしれない」

 本当はこの子の心が成長して、広い世界を知って自分以外と……なんて考えたくもなかった。それでもプルプァがそう望むならば……と苦い想いが胸にこみ上げてきたところで、その胸をトンと小さな拳で叩かれた。

「プルプァ?」

 腕の中に抱きしめた子は、こちらを潤む瞳で見つめて、そして、とてもとても小さくだが。



 ぷうっ……



 と鳴いた。

「プルプァ、君、声が?」

 いや、今のは鼻から息を出しただけだが、しかし、それでも音らしきものを出せただけでも、進歩かもしれない。
 しかし「ぷぅ!」と母が父に、弟達がその夫に鳴いているのを見たことがあるが、その意味は。

「怒っているのかい?」

 その問いにプルプァはシルヴァの手をとって、その手の平に指を走らせる。文字を書く。



 プルプァ、シルヴァから離れない
 絶対にそばにいる! 
 離れたいなんて思わない! 



 あとは『好き、好き、好き』と繰り返しシルヴァの大きな手に、指で繰り返し書く。そうして、ぱっと手を離すと今度は、自分のお耳をくしくしとシルヴァの腕の中でしだした。
 純血種は本能が強く、母も弟達も朝は必ず毛繕いをしていた。それは身だしなみを整える意味があるが、こういう時の兎族の毛繕いは不安な心を落ち着かせるためだとわかっている。

「プルプァすまない。離れるだなんて、もう言わないよ。私もプルプァが大好きだ。愛してる。
 だから、ずっと一緒にいよう」

 そう告げて、ひたいに一つ口づければプルプァはぱあっと笑顔になって飛びついてきた。
 その夜もまた、いつものようにシルヴァはプルプァを抱きしめて寝たのだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「……つまり、その秘密の娼館で保護した兎族の少年を番にするから、お前は公爵家を継ぐことは出来ないと?」

 大公邸の食堂、早朝から押しかけてきた長男の突然の家督放棄宣言からの、説明にノクトが訊ねる。背筋を伸ばして立ったままのシルヴァが「はい」と返事する。

「プルプァは娼館に来るまでの記憶も失い、その身元も年齢もわからない状態です。しばらくの婚約期間をもうけ、十分に成長したと判断してから結婚の誓いをたてたいと思います」
「で、そのプルプァが身分がないうえに娼館にいたから、それを番とするためお前は公爵家は継げないといいたいわけか?」

 今度はスノゥが訊ねる。それにシルヴァは「それだけではありません」と答える。

「プルプァは幼い頃の心の傷からしゃべれないのです。いつかは話せるようになるかもしれまんが、それでは公爵配としては社交の場に出すことは負担となるでしょう。さらには万が一にでもプルプァが娼館にいたなどと知られれば、口さがのない貴族達がなにをいいだすか、容易に想像がつきます」

 たとえプルプァがその能力故に純潔を守っていたなどという話をしても、誰も信じようとはしないだろう。ただ娼館にいた身分のない兎が大公配となるなんてと、貴族達は一斉にプルプァを攻撃するはずだ。

「私はプルプァを守りたい。傷つけたくない。心ない風聞にあれをさらしたくはありません。そのためならば、あれをすぐにつれてニグレド大森林帯の北の牧場に“隠棲”してもいいとさえ思っています。
 しかし、同時に騎士団長としての責務を安易に放棄などしたくはない。いえ、グロースター大公家を“廃嫡”されたならば、騎士団長の座に居続けることも人々の非難の対象となりましょう。
 ですから、次の団長をすみやかに決め、引き継ぎをし私はただの騎士に……」

 そこでシルヴァの言葉が途切れたのは「先走るな」とスノゥが、シルヴァの高く形の良い鼻を、ピンと指ではじいたからだ。
 子供の頃もされたが、なにげに母のこの“制裁”は効く。鼻を押さえて絶句するシルヴァに「まったく生真面目な男の“暴走”ほど手に負えないものはない」とため息を一つ。

「思いこんだらまっしぐらなところは、あんたにそっくりだぞ、ノクト」

 と腕組みをして自分の夫を見る。それにノクトがうなずく。息子を見て。

「純血の狼は己の番と定めた者を一途に求める。たとえその相手が地の果てに逃げようとも、匂いをたどり追いかける。お前の“本能”は正しい」

 「この父ちゃんに俺はとっ捕まったんだよ」とスノゥがぼやく。

「最愛の身分がない? 娼館にいた? それがどうした。それごとすべて守ってこその狼の雄であろうが」

 「はい……」と戸惑いながら答えるシルヴァにスノゥが「だからそれがなんだよって、ノクトは言いたいんだよ」と口を開く。

「身分や出自ぐらいで、息子の最愛を認めないような狭量な男か? お前の父親は。
 そもそも、自分より十五も年上の兎族の男にいきなり求婚した、とち狂った狼の初代がコレだぞ」

 自分の夫をスノウはあごをしゃくって、指し示した。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 とにかく、そのプルプァという兎族の少年と会いたいという両親とともに神殿にむかい、シルヴァは呆然とした。

「そろそろ来ると思うておったが、お前達遅いぞ」

 間借りしていてる部屋には、長椅子に座ったプルプァの横に、なんと“御隠居”前王カールがいたのだ。

「ワシは、プルプァちゃんとすっかり仲良くなってしまったぞ」

 「かわいいのぉ~」と兎族大好き前王は、でれでれと目を細めた。






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