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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】
【15】夜の語らいとこれもある意味、恒例な
しおりを挟む「……今日はたくさんのことがあったね」
プルプァの部屋。白いのレースとリボンの天蓋に横になって、今日一日のことを報告しあうのが、シルヴァとプルプァの近頃の日課になりつつある。
仰向けに横たわったシルヴァのうえに、プルプァがその胸にうつ伏せにのりあげるようにして、見つめ合う。
プルプァのふわふわ淡いラベンダー色のお耳と、さらさら綺麗な髪の向こうに、天蓋の天井が見える。ただのレースのカーテンの天井と思うなかれ。カールお爺さまの愛と夢はこんなところにまであふれて? 綺麗な瑠璃色に塗られた夜空に、銀色のお月様とお星様のモビールがつり下がって、ゆっくり回ってキラキラかがやいている。
ここまで徹底してると逆に感心してしまう。初日はそれでプルプァにお月様とお星様にかかわるおとぎ話を、寝物語にしてやった。翌日は『あのお話の続きをして』と手の平に指文字で書かれて続きを話した。
そして、今宵は今日の出来事だ。
「プルプァのお婆様から、君のご両親の話をきいたよ」
あの美しいヴィヴィアーヌを“お婆様”と呼ぶのはためらいがあったが、当の本人が「あなたにはわたくしを、お婆様と呼ぶこと許します」といったのでいいのだろう。それでも遠慮があって最初は「エ・ロワール女侯爵」と呼びかけたら、ギロリと横目でにらまれて応えてもらえず「……お婆様」と呼びかけたらにっこり「なぁに?」といわれたので。
『パーパとマーマ? 』
とプルプァが手の平に書く。
「君の父上の名は双角のツィーゲ。大山羊族の騎士で立派な角をもっていた。とても高潔で強い騎士だったと聞いているよ。オルハン帝国の皇子だった」
かの悪名高き鳥籠に囚われていた皇子であり、兄弟縁者の王族男子が大虐殺にあった、その悲劇から脱出した唯一の生き残りであるとは……シルヴァはまだ早いとプルプァには語らなかった。
いずれはそれでも知らせなければならないだろうけれど。
その前にプルプァが思い出すのだろうか?
目の前で父が自分達を守るために戦い、母が己をかばい死んだ。そんな残酷な光景を。
思い出さないほうがいいのかもしれない。それでも思い出したならば、自分が支えようとシルヴァは腕の中の子をぎゅっと抱きしめる。
プルプァはそんなシルヴァを不思議そうに見て、その肩に『マーマは? 』と書いて訊ねる。
「ああ、君の母上の名前はデルフィーヌ姫。君と同じ兎族の美しい姫君で、今日、君があった君のお婆様の愛しい娘だった。
そうして、君の父上と母上は出会って、愛し合って君は生まれたんだよ。君も兎族ならば、本能で知っているよね?
兎族は……」
愛し愛された相手でなければ身籠もることはない。そして自らの意思で愛する人の子を身籠もる。
長い長いあいだ心と魂のみで結ばれていた恋人達のあいだに、奇跡のように生まれた子がプルプァなのだ。
プルプァはじっと菫色の大きな瞳でシルヴァを見つめる。そして小さな唇を動かす。
シルヴァはスノゥのように唇を読むことは出来ない。だけど、プルプァのこの声にならない言葉だけはわかる。
シルヴァ、好き
と。
「ああ、私もプルプァを愛しているよ」
その白いひたいにひとつ口づけて「おやすみ」と銀の狼と小さな蒼い兎は眠りについたのだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「まあまあ、あなたがプルプァ様なのね! 珍しいラベンダー色の毛並みに、純粋無垢な輝きの菫色の瞳に、ひと目見ただけで高貴な姫君だってわかる神秘的な雰囲気。
ああ、創作意欲をかき立てられる素晴らしい逸材だわ!」
王宮の表のサロンに呼ばれたマダム・ヴァイオレットは、相変わらずというべきか、プルプァの姿をひと目みたとたんに「あらあら、まあまあ」とばかりに瞳を輝かせた。
この声は野太いが大迫力のドレス姿の大山猫に、プルプァは怯えるんじゃないか? とシルヴァは危惧したが、意外にもプルプァはぱちぱちと瞬きをして、まじまじと彼……もとい彼女を見て、さらさらと傍ら紙に書いた。
「『マダムの香りがする』あらぁ、ありがとうございます」
それを褒め言葉を受けとめて、マダム・ヴァイオレットはドレスから出た太い尻尾の先につけた、リボンをふりふりとする。
「ねぇ、マダムの匂いって……」とザリアが言いかけ「しいっ、その話題は禁句」とアーテルが傍らでやりとりしていたりする。ジョーヌがそれをじとり横目で見る。
「この子の初めての“お披露目”ですもの。とくに気をつけてお願いしますわ」というヴィヴィアーヌに「ええ、もちろん。プルプァ様ならば、どのような盛装もお似合いになるでしょうけれど」とマダムはこたえて。
「そうですね純白に見えるようで、光の加減であわい蒼に輝く新素材の布地がございますわ。コッコの羽とシェナの特別な繭からとれる絹糸をあわせた織物でございますの。昼間の日差しの中では、さぞ映えることでしょう。
ところどころに濃い紫の差し色をリボンやフリルなどで、それにレースはシルバーレース一択ですわね」
さらさらと目の前で盛装の画を描く、マダムにヴィヴィアーヌも「さすが名高いマダム・ヴァイオレットね。素敵だわ」とため息をつく。プルプァもまた、またたくまに出来上がっていく、ドレス……ではない盛装の図を興味深く見ていた。
「君も気に入った? プルプァ?」とヴィヴィアーヌに問われてこくりとうなずき、隣に立つシルヴァを大きな菫の瞳で見上げる。
シルヴァもうなずき「これを著たプルプァを見るのが楽しみだ」という。誰だって愛する人がどんな姿をしていようが構わないといいつつ、それでもとびきり着飾った姿というのもまた、楽しみなものだ。
「あなたもですよ、シルヴァ公子」
「いや、マダム。私はあなたが意匠を考えた騎士団の正装が」
「もう、堅物公子様! たしかにどんな場所でも騎士団の制服ならば失礼に当たらないでしょうがね。“婚約者”のプルプァ“姫”のデビュタントのお茶会なんですのよ!
騎士たるあなたもお決まりの制服姿などではく、お守りする姫にあわせてのお姿こそ、その強い絆と愛情を周囲に示せるというもの」
「そ、そういうものなのかな?」
「「そうですわ!」」とマダムのみならず、ヴィヴィアーヌも口をそろえていう。そんな、迫力あるマダム? 二人に、押しきられてシルヴァは「わ、わかりました」と答える。
「そうだな、プルプァもそうだが、シルヴァも主役だ。せいぜい頑張れよ」
“今回”は“人ごと”とばかりにそんな様子を見ていたスノゥが笑って声をかければ、マダムがそんなスノゥをギロリと見る。
「ノアツン大公様、のんきにお笑いになってる場合ではありませんわ。あなた様の“新作”の盛装も作らねば」
「お、俺か? いや、確かに今回の茶会に出るけど、そこの主役二人の付添いみたいなもんだし……」
「付き添い!?まあまあ、なにをおっしゃっているのやら。若いお二人の後見人であるグロースター大公様にノアツン大公様のお二人とて、同格の“主役”ですわ。
勇者とその四英傑の一人たる“伝説の血族”の長子である純血の銀狼様と、かたやエ・ロワール王国の高貴なお血筋との婚姻の“聖家族”の図を人々に見せつけなくてどうします?」
「聖家族って大げさな」とぼやくスノゥは放っておいてマダムはよく回る口で続ける。
「そうですわね、シルヴァ様は銀の光沢の騎士服でよろしいでしょう。黒に濃い紫の色を重ねてきりりとしめる差し色に。
グロースター大公様は黒……といいたい所ですが、昼間のお茶会ですから重くなりすぎますから、こちらは銀色がかった灰色のジュストコールのお姿で。
ノアツン大公様は、お色は当然白ですが、昼間ということで青みがかったものではなく、黄色みがかったクリームのような優しいお色がいいでしょうね。そこにプルプァ様にあわせて、菫の色の意匠をどこかに入れましょう。息子の将来の配を、義母として歓迎しているという、無言の証として」
「その身を飾る宝石もプルプァ様にあわせて、紫水晶などよろしゅうございますね」と続けるマダムに、スノゥはもはや遠い目だ。こうなったマダムは止められないし、ノクトも納得したようにうんうんうなずいている。この旦那、スノゥの身を飾ることに関しては、マダムとは共謀関係にある。
こうして新しい盛装の服を作る機会の打ち合わせのたびに、げんなりしてるスノゥに、アーテル以下の子兎たちは「お母様もいい加減、諦められたらいいのに」なんて話して笑っているのだが。
そして。
「そうね、わたくしもそろそろ喪服を脱がなければならないわね。愛おしい孫お披露目に、こんな黒い鴉の姿なんて不吉だわ」
ヴィヴィアーヌはそうつぶやき微笑み、マダム・ヴァイオレットを見る。
「マダム、わたくしにも新しいドレスを作っていただけないかしら?」
「もちろん、久々の女侯爵様のお出ましに、このマダム・ヴァイオレット、全力を尽くして素晴らしいドレスを仕上げますわ」
そしてマダムは軽く膝を折る、迫力ある礼を見せたのだった。
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