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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】
【35】歓びの日の青い空
しおりを挟む結婚式の日のサンドリゥムの空は、シルヴァとプルプァが共に初めて見た空のように青く晴れ渡っていた。
今は転送陣でひとっ飛びであるが、輿入れの行列は華燭の典を彩る最初の儀式の一つとして、王侯貴族のあいだでは変わらず行われている。
王都の門から大通りを進むのは、黄金の獅子の紋章の旗を掲げた旗持ちの騎士を先頭に、白銀の甲冑に身を包んだ、古式ゆかしいノーマンの高名な大帝国騎士団。
馬にまたがった騎士達が一糸乱れぬ隊列で進む様は勇ましい。その中央には六頭立ての白馬が引く、儀典用の黄金の馬車に乗るプルプァの姿があった。
馬車の横を行くのは頭には冠、身体は騎士団と同じ白銀の甲冑。さらに緋色の王のマントをまとい、ひときわ大きな黒馬にまたがった、獅子大帝デイサイン。
大通りの両わきに鈴なりになったサンドリゥムの民達は、名高きノーマン大帝国の騎士達とその獅子大帝の姿に大歓声をあげてこれを迎えた。
また馬車の窓からちらりと見えた、プルプァ王子の白い可憐な横顔は、おとぎ話のごとく騎士達に守られる姫君のようだと。
白銀の騎士団とプルプァの馬車が到着した王宮の門は大きく開かれて、民もまたその前庭の半ばまで入れるように柵が設けられていた。
宮殿の車寄せの前には馬にまたがるサンドリゥム王国の騎士団員たちがずらりと並んで、彼らを出迎える。中央の銀毛の馬の背には、デイサイン帝国の銀の甲冑に身を包んだシルヴァの姿があった。彼は先に大帝国より名誉副騎士団長の称号をデイサインより授けられ、この甲冑と副団長を現す青のマントが贈られていた。マントの背には金糸で縫い取られた、向かい合わせで立ち上がる獅子と狼の彼だけの騎士紋が輝く。
ざっと向かい合わせ相対した騎士団員たちが同時に馬から降りる。続けて銀の長い髪を翻してシルヴァが、最後にデイサインが。
真っ赤な儀典用のお仕着せをきた従者の手によって、黄金の獅子紋を打ち込まれた馬車の扉が開かれる。デイサインが差し出した手に重ねられる白い小さな手。プルプァ王子がその姿を現すと、王宮の前庭の半分を占めている民の口から、歓声と感嘆の声が漏れた。
兎族を現す淡い蒼の毛並みに覆われた長い耳。同じ色の綿毛のようにふわふわと柔らかそうな髪に縁取られた卵型の白い顔。大きな菫の瞳に、ツンと少し上向きの小さな鼻に、淡い薔薇色の小さな唇には、かすかな微笑み。
その頭上には輝く白金とダイヤモンドの小さなティアラがちょこんと載せられていた。腰丈までの短めのマントは赤でデイサインとおそろいものだ。王子の証。腰には嫁ぐ王子のために大帝が贈った、銀色の短剣があった。
そして、左耳の根元に輝くピアスには、シルヴァの背にあるのと同じ、獅子と狼が向き合う獅子紋がルースの大王から贈られた青いダイヤモンドともに輝く。
その身にまとう宝玉よりも、さらに大事な宝である王子の手をデイサインがとり馬車から降ろし、そしてシルヴァの手へと渡す。
ひときわ大きな民達の歓声と、白い鳩がサンドリゥムの青い空に舞った。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
輿入れの儀式の次は、いよいよ大神殿での誓いの儀式だ。
ずっと内緒にしていた互いの盛装を、大神殿の祭壇、脇の控えの間でシルヴァはプルプァは初めて見た。
「綺麗だ」
「とても素敵です」
お互い同時にいって、顔を見合わせて笑いあう。
シルヴァの姿は白銀の騎士服。そのマントは白鳥の羽でもって彩られていた。まるで……。
「グランパに聞いた、天空の騎士様の物語に出ていくる、騎士様そのものみたいです」
「ああ、歌劇になってる有名なものだけど、私は白馬に乗って天空の国に去ったりしないよ」
「はい」
遥か太古、神話の昔には背中に羽がある種族が、竜族と呼ばれる人々ともにいたという。彼らは大戦で互いに滅んでしまったが、その生き残りの騎士が地上の娘と恋をする。
が、娘は騎士のいいつけた禁を破ってしまい、結局、騎士は翼ある白馬にまたがり天空へと去ってしまう。
真の乙女の愛を得られるまで、彼は未だ空をさまよっているという話だ。
「君こそその真珠に彩られたベールを見てると、竜の姫の物語を思い出すよ。この手を取ったとたんに消え去らないでくれ」
そんなことをいいながらシルヴァはプルプァの手をしっかりと握る。もろちん、プルプァは消えたりしないが。
「消えません。それにプルプァはたぶん、泳げないので海の底では暮らせません」
そもそも泳いだことがないと、ぽっと頬を赤らめて告げると、ぷっと軽くシルヴァが吹き出した。
「笑うなんて酷いです」
「ごめん、ごめん」
プルプァの誓いでの盛装は、白の裾の長いブラウスは裾にたっぷりとレースとフリルを使い、まるで姫君のドレスのスカートのように膨らんでいた。さらにその上に白金の草花の刺繍に商都ガトラムル特産の、クリスタルのビーズをちりばめたジュストコールを着ている。
さらに頭からすっぽりと透ける薄いレースのヴェールを被っていた。ヴェールの裾には白百合の刺繍が、そして全体には涙型の真珠が縫い付けられていた。頭の上には花嫁行列とは別の、ダイヤモンドにアクアマリンのティアラが輝く。
真珠とそのアクアマリンを見て、シルヴァはこれまた有名なおとぎ話の、竜族の姫のお話をしたのだ。
天空の騎士とある意味似た話だ。海の底で暮らしていた生き残りの竜族の姫は、船から投げ出された王子を助ける。
二人は恋に落ちるが、姫は竜族が天空の一族を滅ぼした神々のかけた呪いにより、地上あがることは出来ない。
それでも募る恋心に逆らえず、姫は禁を犯して王子が差し出す手を取って、浜辺に一歩踏み出してしまう。
そのとたんに竜族の姫の身体は海の泡となって崩れて消えてしまう。
なんとも悲しいお話ではある。
「お祝いの日なのに、口に出すのはよくないお話だったかな?」
ヴェールの上から、プルプァの額にシルヴァが口づける。そのとたん、うぉっぼんと脇から声がした。
そう、この控え室には他にもいたのだった。
咳払いをしたのはデイサイン。「あいかわらず仲が良いわね」とヴィヴァアーヌ。そして「式のあとでいくらでも出来るだろう」とスノゥ。ノクトは黙して語らず。しかし、シルヴァと同じ銀月の瞳は「番が愛おしいのは仕方ない」といっている。
かしましいアーテルやザリアの兄弟達が、すでに伴侶達と神殿の関係者席へ移動していてよかった……とシルヴァがふうと息を一つ。この場にいたら確実によいネタとばかりからかわれただろう。
このあとの大神殿での祭壇前の誓いで、ヴェールをあげたプルプァの愛らしさに、抱きしめたシルヴァの誓いのキスがいささか長くなったのはご愛敬だ。
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