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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】

【36】幸せになることをただ願う

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 大神殿での婚姻の儀がとどこおりなくすんだ。番となった二人は、宮殿の大バルコニーにて民へのお披露目をする。

 朝の輿入れの儀では、前庭の半分までいれられていた民だが、今回は庭のすべてが解放され、さらに多くの民が詰めかけていた。。
 白銀と白の盛装のシルヴァ公子とプルプァ王子が姿を現すと、先の輿入れの儀以上の大歓声が、青い空にこだました。

 銀の長髪をなびかせ、白鳥の羽を散らしたマント姿のシルヴァは、本当におとぎ話から抜け出てきた騎士のごとく。
 そして純白の盛装姿。レースのヴェールを後ろにはねあげて、白い顔を露わにしたプルプァ王子もまた、隣に立つ銀の騎士に傅かれる高貴な姫君のよう。ヴェールに揺れる涙型の真珠は、悲しみではなく歓びのそれとして人々の目に映る。

 手を取り合い民の歓呼の声に応える、二人の後ろには父である勇者ノクトに母である四英傑のスノゥ。彼は後に、すべての純血の兎達の先頭に立つ者として初まりのスノゥと呼ばれることになる。
 そして、そのノクトとスノゥの子供達。黒のアーテル、伴侶の黒虎の大王エドゥアルド。烈火のカルマンに星見のブリー。王国の智盾のジョーヌ。後に深慮王と呼ばれることになる王太子エリック。天上の歌謡いザリアに黒犬の首領ドゥーチェガルゼッリ。藍のダスクの横には伴侶となった狼族の夫人が微笑む。

 さらに退位したとはいえ、いまだサンドリゥム王国に絶大な影響力を持つ御隠居カールに、現王であるヨファンに王妃エルダ。さらには今回はその横にノーマン大帝、黄金の獅子デイサインと、その妻となった女侯爵ヴィヴィアーヌの姿がある。

 銀の聖騎士シルヴァと蒼の王子ロイヤルハイネスプルプァの結婚に民は歓びの声をあげるとと同時に、バルコニーに並ぶ顔ぶれに大陸の長く続くだろう安定と平和へも、また言祝ぎの言葉を叫んだのだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 そして、夜の大舞踏会。

 昼間の白の衣装から一転して、プルプァの盛装姿は十八の成人となり、また伴侶を得たことを現すように、藍色のブラウスにジュストコール姿。藍色とは地味に聞こえるかもしれないが、上着に使われた布地は、きらめく光沢を持ち、大広間のシャンデリアの光を柔らかく反射していた。まるで夜に海で輝く夜光虫の蒼のような幻想的な風景のそのものだ。
 その横でプルプァの手を取るシルヴァの姿また、藍色の騎士服の姿。こちらもまた深い藍に銀の髪が映える。

 最初のダンスは番となったばかりの二人のみで。広間の中央で優美に踊る騎士と王子に、人々は見とれた。
 一曲終わると、その二人に歩み寄ったのは、緋色のマントの翻したデイサイン。シルヴァとひと言ふた言交わすと、プルプァの手を取って踊り出す。

 それを合図に、他の人々もそれぞれの伴侶の手を今宵のパートナーの手をとって、踊りの輪に加わる。
 シルヴァもまたそばにやってきて「可愛らしい伴侶の代わりにはならないけれど」というヴィヴィアーヌの手を取り踊る。

「幸せになるのだぞ、プルプァ」
「はい、グランパ」

 踊りながら祖父からかけられた言葉に、プルプァはうなずいたのだった。
 デイサインとプルプァのダンスが終わると、次にプルプァの手を取ったのは「わたくしの番よ」となんとヴィヴィアーヌ。これにはシルヴァとデイサインが苦笑して、二人して壁へと下がる。
 祖母と孫の王子とのダンスなら華やかにして可愛らしいが、獅子王と聖騎士のダンスはないからして。

「幸せになるのよ、プルプァ。まあ、あの銀騎士様と二人ならば大丈夫とわかっているけどね」
「はい、グランマ」

 手を取り合い、くるくると回り祖母と笑いながら、プルプァはうなずいた。



 舞踏会は遅くまで続いたが、新婚である公子と王子はほどよいところで、離宮の部屋へと下がった。
 翌朝、デイサインにヴィヴィアーヌも交えての、一族そろっての朝食の席。面白がりのアーテルがプルプァに「昨日もシルヴァと仲良くした?」訊ねたのだった。「アーテル」とシルヴァがとがめたが、それにプルプァは素直に。

「はい、シルヴァ様は“いつものように”プルプァを抱きしめてくださって、二人で眠りました」

 この場合の抱くは当然、そのままの意味の“抱っこ”で、そのお腹は目立たないとはいえ、身籠もっている己の伴侶に、この生真面目な騎士が無体をするなんて考えられなかったが。

「ちょっと“仲良く”するやりかただけでも、プルプァに教えておくべきだったんじゃない?」

 というアーテルにスノゥが「その番にはその番のやり方があるんだ」と苦笑し。

「夫夫ゲンカに首を突っ込む奴はロバに蹴られてお空の彼方ってことわざもあるぞ……まあ、この場合違うか?」

 と好物の白アスパラガスの茹でたのを口に放り込んだのだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「産屋を作らねばならぬ」

 カールがいった。

「いや、ここにはもうあるんだからいいでしょう」

 とスノゥ。

 王都郊外にあるグロースター大公邸。広大な敷地には大公邸の本宅と、シルヴァとプルプァの若夫夫が住まう別宅がある。
 それから既に産屋はある。スノゥの初産は王宮にてだったが、第三子のカルマン以降は、すべてこの産屋だ。
 白亜の神殿のような産屋は防音仕様の特別なものだ。なかには産室に控え室もあり、内装や設備もちょくちょく手を入れていて、常に最新のものだ。

 最近はスノゥよりブリーのほうがよく使っているが。そうカルマンに任せると相変わらず一歩も歩かせない過保護になるので、ブリーの身の健康のためにもスノゥが預かることにしているのだ。
 散歩のゆるい運動をさせるにしてもなにもないところでスッ転ぶあの茶兎の身の安全のため……というのもあるが。

「あるものを使う。ノアツン大公殿の倹約の精神は尊いがな」

 そう口を開いたのデイサインだ。カールとともにこの大帝も大公邸を訪れ、スノゥと客間にて話し合っていた。
 もちろん産屋の建て替えについて。

「しかし、プルプァは我がノーマン帝国の王子にして、その伴侶はそなたの息子である、グロースター公子にして、サンドリゥム王国騎士団長にして名高き銀の聖騎士シルヴァだ。
 そのあいだに産まれてくるのは、大帝たるワシの孫にあたる」

 産まれる子がいかに高貴な血筋であるか、デイサインはとうとうと語り最後に「プルプァはワシのかわいい、かわいい孫。産まれたくる子供はこれまたかわいい、かわいい曾孫じゃ」と続ける。
 結局それがいいたかったんじゃないか? という言葉のあとにデイサインはさらに続けて、両手を組んでそれがまるで国家の決断のごとく、重々しくつげた。

「産屋は新しくせねばならぬ。もちろん、我が大帝国がすべての金子をまかなう」
「なにをいう。産屋はグロースター大公家にあるのだぞ。シルヴァはワシの孫、王族でもある。当然、我がサンドリゥムがすべて出すのが当然であろうが」
「プルプァはそちらに輿入れしたとはいえ、いまだ王子ロイヤルハイネスを名乗る身であるぞ。ノーマンが出すのが当たり前だろうが」
「それならば、すでにプルプァちゃんはうちのかわいい兎ちゃんじゃ。そのかわいい兎さんの産屋の費用は全部うちが出すのが当たり前だろうが!」
「なにがうちのかわいい兎ちゃんだ。プルプァはお前のものではないぞ! うちのかわいい孫だといっているだろうが」

 この不毛な言い争いにスノゥは軽い頭痛を覚えながらいったのだった。

「二人とも産屋の費用はなかよく折半してください。我がグロースター家の懐がかけらも痛まないのは大歓迎です」

 北の広大な領地の牧場からあがる利益は莫大となったグロースター家は、すこしも金銭には困っていない。むしろ王家についで裕福ではある。
 が、長年の放浪生活もあって、スノゥは大変なケチ……いや倹約家だった。



 そして、またたくまにプルプァのお腹が膨らみ、産み月となり。

「プ、プルプァの腹が裂けてしまいます!」
「裂けるか! それより早く産屋に運べ!」

 顔だけじゃなく、どうしてこんなところも父親にそっくりなんだとスノゥがまたまた痛む頭にくらくらしつつ、息子を怒鳴りつけたのだった。





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