ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

文字の大きさ
147 / 213
耐えろカルマン!

【3】泣き虫兎は母になっても泣き虫兎で

しおりを挟む



 しくしくしく。
 兎が泣いている。
 茶色の毛並みの垂れ耳兎が。
 ブリーだ。

「いい加減泣き止め」

 柔らかな光が差し込む大公邸のサンルーム。スノゥはいささか呆れ気味に言う。
 客間に閉じこもって鬱々としているこの次男の嫁兎を、「お日様に当たらねぇと身体に悪いぞ」と茶に連れ出したのだ。

「そんなに泣くと目が溶けちまうぞ。カルマンに会ったときに、お前をそんなに泣かせたと責められるのは俺なんだからな」
「で、でも、私はカルマン様に会いたくないと言ってしまいました。きっとカルマン様は怒ってもう、二度と私の顔も見たくないと思っていらっしゃるかもしれません」
「……安心しろ。お前の亭主は朝晩、この屋敷にやってきて、お前に会わせろと言ってきている」
「毎日律儀に同じ時間にやってきて、母様に門前払い食らわされているんだよね」

 そう言ったのは泣くブリーの横に座る黒兎のアーテル。カルマンの兄にあたり、今や北の大国ルースの黒虎の大王の唯一の番。お妃様でもある。

「そうそう、今日も見たけど兄様ったら、しおしおと赤毛の尻尾が垂れちゃっておかしい」

 ブリーを挟んで反対側に座る暁の毛並みの小柄で、短い耳の兎はザリア。こちらも商都ガトラムルの首領ドーチェ黒犬のガルゼッリの最愛の奥方として有名だ。あの伊達男がとうとう身を固めた上に、小さな兎さんの尻尾に敷かれていると。
 一応どころか二人ともしっかりとした高貴な地位のある相手の番だ。今は転送陣で一瞬で跳んでこれるとはいえ、こう頻繁に実家に入り浸っていいのか? とスノゥだって、たびたび小言を言っているのだが。

「「だってこんな面白い事、放っておけないじゃない!」」

 口を揃えて二人は答えた。まったく、それで一国の長の妻がほいほい跳んできていいのか? 
 ……とはスノウとて言えないところもある。彼も気が向けば、ふらりとどこかへ行って、毎度黒狼の夫に“おしおき”されている身として。
 アーテルは「ほらほら泣いてばかりいないで、エ・ロワールのショコラ美味しいよ」とブリーの口に一粒おしこんでやる。ザリアもまた「ミルクたっぷり蜂蜜たらしたお茶だよ」とぐすぐす泣く茶色の兎の手に持たせてやっている。面白がりではあるが、世話好きでもある二人だ。
 そして、カップを両手に持ってこくりと飲んでいる垂れ耳兎の、その両耳を両側からくしくしとやってやっている。お耳くしくしは気分を落ち着かせる効果がある。

 しかし、このお耳くしくし。ブリーがやるとなぜか爆発する。自分の毛並みなのになんでそうなるのか? と思うが、この茶色の垂れ耳兎さんは、お空と数式に関しては天才的な頭脳を持っているが、その他のことに関してはからっきしだ。
 この大公邸に来てからも、毎朝、自分で毛並みを整えようとして爆発させている。そんなときはスノゥか、世話係のメイドがブラシで毛並みを整えてやっているのだが。
 そのメイドがブラシで爆発した毛を整えていると、急に泣きだして慌ててスノゥを呼びに来たことがあった。駆けつけて泣き虫兎から話を聞けば。

「カルマン様に毎日、毛並みを整えてもらっているのを思いだしてしまって……」

 だ、そうだ。そんなに恋しいなら、家出なんてするな……と普段のスノゥなら言うところだが、今回は言えない。
 なにしろ、これは兎族の本能に関わることだ。

「ブリーが産みたいって言ってるのに、ダメだなんてカルマンも勝手だよね」
「そう、お兄様はひどい」

 アーテルの言葉にこくこくとうなずくザリアに、ブリーはいまだぐすぐす鼻を鳴らしながら、「い、いいえ」と首を振る。

「カルマン様は私の身を案じてくださってのことなのです」
「でも、産みたいんだろう?」
「はい!」

 スノゥの言葉にブリーはきっぱりと答えた。その茶色の瞳には、揺るぎない決意がある。

「だったら産まなきゃね」
「うん、だって赤ちゃんが“出して”って言っているんだもの」

 アーテルとザリアが口を揃えていうのに、スノゥもうなずく。
 愛し、愛される人の子を身籠もりたい。
 そう思い、願うのは兎の本能だ。
 誰に止められない。




しおりを挟む
感想 1,097

あなたにおすすめの小説

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。