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耐えろカルマン!
【3】泣き虫兎は母になっても泣き虫兎で
しおりを挟むしくしくしく。
兎が泣いている。
茶色の毛並みの垂れ耳兎が。
ブリーだ。
「いい加減泣き止め」
柔らかな光が差し込む大公邸のサンルーム。スノゥはいささか呆れ気味に言う。
客間に閉じこもって鬱々としているこの次男の嫁兎を、「お日様に当たらねぇと身体に悪いぞ」と茶に連れ出したのだ。
「そんなに泣くと目が溶けちまうぞ。カルマンに会ったときに、お前をそんなに泣かせたと責められるのは俺なんだからな」
「で、でも、私はカルマン様に会いたくないと言ってしまいました。きっとカルマン様は怒ってもう、二度と私の顔も見たくないと思っていらっしゃるかもしれません」
「……安心しろ。お前の亭主は朝晩、この屋敷にやってきて、お前に会わせろと言ってきている」
「毎日律儀に同じ時間にやってきて、母様に門前払い食らわされているんだよね」
そう言ったのは泣くブリーの横に座る黒兎のアーテル。カルマンの兄にあたり、今や北の大国ルースの黒虎の大王の唯一の番。お妃様でもある。
「そうそう、今日も見たけど兄様ったら、しおしおと赤毛の尻尾が垂れちゃっておかしい」
ブリーを挟んで反対側に座る暁の毛並みの小柄で、短い耳の兎はザリア。こちらも商都ガトラムルの首領黒犬のガルゼッリの最愛の奥方として有名だ。あの伊達男がとうとう身を固めた上に、小さな兎さんの尻尾に敷かれていると。
一応どころか二人ともしっかりとした高貴な地位のある相手の番だ。今は転送陣で一瞬で跳んでこれるとはいえ、こう頻繁に実家に入り浸っていいのか? とスノゥだって、たびたび小言を言っているのだが。
「「だってこんな面白い事、放っておけないじゃない!」」
口を揃えて二人は答えた。まったく、それで一国の長の妻がほいほい跳んできていいのか?
……とはスノウとて言えないところもある。彼も気が向けば、ふらりとどこかへ行って、毎度黒狼の夫に“おしおき”されている身として。
アーテルは「ほらほら泣いてばかりいないで、エ・ロワールのショコラ美味しいよ」とブリーの口に一粒おしこんでやる。ザリアもまた「ミルクたっぷり蜂蜜たらしたお茶だよ」とぐすぐす泣く茶色の兎の手に持たせてやっている。面白がりではあるが、世話好きでもある二人だ。
そして、カップを両手に持ってこくりと飲んでいる垂れ耳兎の、その両耳を両側からくしくしとやってやっている。お耳くしくしは気分を落ち着かせる効果がある。
しかし、このお耳くしくし。ブリーがやるとなぜか爆発する。自分の毛並みなのになんでそうなるのか? と思うが、この茶色の垂れ耳兎さんは、お空と数式に関しては天才的な頭脳を持っているが、その他のことに関してはからっきしだ。
この大公邸に来てからも、毎朝、自分で毛並みを整えようとして爆発させている。そんなときはスノゥか、世話係のメイドがブラシで毛並みを整えてやっているのだが。
そのメイドがブラシで爆発した毛を整えていると、急に泣きだして慌ててスノゥを呼びに来たことがあった。駆けつけて泣き虫兎から話を聞けば。
「カルマン様に毎日、毛並みを整えてもらっているのを思いだしてしまって……」
だ、そうだ。そんなに恋しいなら、家出なんてするな……と普段のスノゥなら言うところだが、今回は言えない。
なにしろ、これは兎族の本能に関わることだ。
「ブリーが産みたいって言ってるのに、ダメだなんてカルマンも勝手だよね」
「そう、お兄様はひどい」
アーテルの言葉にこくこくとうなずくザリアに、ブリーはいまだぐすぐす鼻を鳴らしながら、「い、いいえ」と首を振る。
「カルマン様は私の身を案じてくださってのことなのです」
「でも、産みたいんだろう?」
「はい!」
スノゥの言葉にブリーはきっぱりと答えた。その茶色の瞳には、揺るぎない決意がある。
「だったら産まなきゃね」
「うん、だって赤ちゃんが“出して”って言っているんだもの」
アーテルとザリアが口を揃えていうのに、スノゥもうなずく。
愛し、愛される人の子を身籠もりたい。
そう思い、願うのは兎の本能だ。
誰に止められない。
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