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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~
【7】禁忌の魔法
しおりを挟む先代森のの宰相であり、勇者ノクトとともに災厄討伐をした、四英傑の一人。大賢者モースの家は王都郊外の森の中にある。
宰相を辞したあと、この隠居所で老賢者はゆったりと過ごしている。モモは魔法による転移で“大先生”を訪ねた。
「馬車ではなく、お前さん一人で訪ねてきたということは、ワシに内緒の話かな?」
暖炉の温かな火が揺れる居間に通されて、老賢者が好む爽やかな香りがする薬草茶の銅のカップを手にモモはこくりとうなずいた。木皿の上にある好きな胡桃のクッキーに手を伸ばしながら。
「今日はタロウ兄様が非番なので」
「それは必ずお前さんについてくると言うだろうなあ」
胡桃のクッキーをかじり、お茶を一口のんでその香りにモモが満足そうに、息をつくと老賢者はほうほうほうと梟のような笑い声をあげる。
「いくら一人で大丈夫と言っても、兄様達がいればかならず付いてくるんですから」
普段ならば馬車での移動で兄がついてくるのは、気にしないモモだが、たまには一人でお出かけしたいときがある。そんなときは転移でふいっと屋敷から消えるのだが。
「さて、今頃お前さんの屋敷で長兄が大騒ぎしているだろうて。ワシから伝えておこう」
老賢者が空中より紙と羽ペンを取り出す。羽ペンは紙の上を自動的に滑りさらさらと文字を書き出す。そして、紙はふわりと白い鳩の姿をとって、居間の窓ガラスをすり抜けて外へと飛んでいった。
「ありがとうございます」とモモは礼を言った。この老賢者の手紙ならば、兄もここに押しかけてくることはないだろう。
「それで秘密の話じゃったな?」
「あ、はい。どこからお話したらいいか、わからないんですけど」
モモはうなずき、そして「えっと」と唇に指をあてて少し考えてから、結局は頭から……星のベッドで眠りについたところから話した。
「それは不思議な夢を見たものじゃのう」
白い髭をしごきながら「ふむ」というモースに、モモも「はい」とうなずく。
「僕も初めは夢だと思ったんですけど……」
「そうじゃな。夢ではあるが現実だ。夢の中で時空を跳ぶ。さながら、時渡りの魔法というべきか」
「時渡り……そのような魔法があるのですか?」
「いや、ない。そもそも過去や未来に渡るなど、いくら魔法といえど神々の領域。つまりは禁忌の術であるからな」
“禁忌”とその言葉にモモは息を呑む。では自分は知らずに、神様達の怒りに触れてしまったのか? と青ざめたが。しかし、老賢者は「安心せい」と言う。
「祝祭の十年と同じく、もし、これが神々の怒りに触れるものならば、お前さんの身体は天からの雷に打たれて、とっくの昔に吹き飛んでおるよ」
祝祭の十年とは勇者が災厄を倒したあとの十年間。国々の争いを禁じると神々が定めたもの。
太古の昔、遥か天空へと去り、人の世界へと干渉しない神々であるが、この祝祭の十年だけは絶対で、これを犯そうとした海洋の都市国家は一夜にして沈み、大軍を率いた他国を侵略しようとした暴君は、戦場で雷に撃たれて死んだ。
「大先生の言葉は、全然安心出来ませんけど」
モモはビクビクしながら、石造りの暖炉の火が揺れる居間の天井を見上げた。森の中の賢者の隠居所は丸太をそのまま積み上げて壁や屋根にした、朴訥なもので、天井もまたそのむき出しの木が自然を感じられて温かい……が、モモの背筋にはたらりと冷や汗が流れる。
今にも丸太の屋根をぶち破って、天から雷が自分の桃色の頭のてっぺんに落ちて来ないかと。
そんなモモの様子に老賢者は「脅かしすぎてしまったか?」とほうほうほうほうとまた梟の笑い声を響かせて。
「だからこれは偶然ではなく、必然かもしれん」
「必然?」
「別の言い方をするならば、お前さんが時渡りをしたのは、神々の意思ということだ」
だから、モモは天罰をうけないのだと、モースは言いたいのだろう。
「……なぜ、僕なんです?」
モモは少し考えて口を開く。それにモースは「さて、神々の御心は我らにはわからん」と答える。
「ここから先は憶測となるが、そなたの特別な魔法の才能であろうな。天の星の動きを数式によって旧来の魔法に組み込む。これは新たな魔法であり、さらには時空を操る力も持つと、ワシは以前話したな?」
「はい」
確かにモモの力は特別だ。本来ならば平面である魔法陣は、球体として浮かびあがり、固い結界を展開するだけでなく、道具もなしに神々の祝福にあたいするような加護の付与の錬金術。さらにはその癒やしの力も強力だ。
ただ一つ、攻撃の魔法だけは得意ではない。蝋燭やたき火を起こす程度の炎は扱えるけれど、それは多少の魔力がある庶民でも出来る生活魔法だ。
もっともナーニャ先生などは「これで強力な攻撃魔法まで扱えたら、天変地異がおこっちゃうわよ」などと恐ろしいことをいっていたけど。
そう、五歳のときナーニャ先生とモース大先生に師事すると決まった。そして、天変地異のナーニャ先生の言葉のあとに、モース大先生がもっと恐ろしいことを言ったのだ。
「ただ、雷が落ち、嵐がきて、大地が割れる。そんな天変地異ならばまだ良い。そなたの魔法は天をも動かす力を持つ」
そして、老賢者は幼いモモのパパラチアの瞳を、その年老いた梟のような慧眼でじっと見つめて、告げたのだ。
「けして『星よ堕ちよ』などと願ってはならないぞ。それは一国を滅ぼす災厄以上のもの。この世界の命そのものが無くなるほどのものじゃ」
「……そんなことモモは思いません! だってモモは、お父様もお母様もお兄様達も、お爺様もお婆様も、それに綺麗なお花も小鳥たちも大好きですから」
ぶんぶんと勢いよく首をふり、垂れた桃色の耳をパタパタとさせて、幼いモモは涙目で否定した。星が落ちるなんてそんな……モモが大好きなものがすべて死んじゃうなんて、そんなことはけして思ったりしない。
「意地悪を言った。優しい子じゃな。だからこそ、そなたがこの力を持ったのかもしれん」
泣きべそをかきかけたモモの頭を皺だらけだけど、温かな手で撫でてくれてた。それから、モモは穏やかで、ときに厳しいこともいう大先生が大好きだ。
いつも大事なときにはこうやって、内緒の相談をするほど。
「……それで僕が星の賢者だと……神子ケレスが預言したのは?」
神子ケレス……とその名を口にしたとき、モモの胸は再びツキンと痛んだ。
彼女があの建国の勇者アルパの妃となる。
それは歴史書に記されていたことだ。
「それはそのとおり星の賢者だということだろう。ならばこれから時渡りのたびに、そなたは星の賢者の役目を果たさねばならぬ」
「星の賢者の役目……」
自分が歴史書に記されているような、そんな偉大な賢者が勤まるのだろうか? とモモはやっぱり半信半疑だ。
「それが定められた歴史だ。ならば、そなたはその歴史をけして変えてはならぬ」
「歴史を変えてはいけない……」
「そうだ。そなたの選択一つで、現在が変わってしまう可能性があるということだ。ささいな事象の変化により、昨日はいたはずの人が消える。それも、その人がいたという存在も人々の記憶も消えるということだ。はじめからなかったということにな」
「……それって大切な誰かが消えても、そのさえもみんな覚えていないってことじゃないですか」
歴史が単純に変わるということより、恐ろしくはないか? とモモはブルリと震えた。
ならば絶対に歴史は違えてはならない。
建国の勇者にして初代王アルパ。
その王妃の神子にして国母の聖女ケレス。
歴史書に記されていた名を思いだし、モモの胸はツキリツキリと痛んだ。
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