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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【8】内緒のお買い物

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 なんだかすごく大変なお話になってしまった。
 自分が世界を変えてしまうかもしれないなんて、誰かの大切な人を消してしまうかもしれないなんて……そんな暗い顔で家に帰れば、待っている兄から使用人まで大騒ぎするだろう。普段はおっとりの母だってきっと心配する。
 だから真っ直ぐ家には帰らず、気分転換に王都の市街をぶらつくことにした。

『数式がどうしても解けないときは、ずっとにらめっこしてないで、別のことをするといいよ。お庭をぶらついたり、甘い物にお買い物も楽しいし……』

 とはモモにとっては三人目の先生である母の言葉だ。
 市街へと出たモモはお気に入りのカフェに寄って、ふわふわのパンケーキを頼んだ。季節のベリー盛りも気になったけど、今日はあえて基本?のクリームのせのみにした。飲み物は温かなショコラ。ここはあえての極甘の攻め攻めだ。

 甘い物は頭にいいのよ~という、偉大なる?母の言葉もあるからして。

 ふわふわ二段重ねのパンケーキは、口にいれればしゅわっととけてたっぷりのクリームと混ざり合う。そこに温かなショコラを一口、ホンの少し苦い、でもそれよりも甘いのが、たしかに頭に効くような気がする。今なら母のブリーと競い合うように出す、難解な数式も一瞬で解けるかもしれない。
 そんな頭に染みいる甘味を堪能して、ブリーは次のお店へ向かう。馬車なんて大げさだし、転移の魔法もあるから徒歩でとてとてと。

 ピンクの垂れたお耳をふわりと揺らして歩くモモに、誰もがちょっとさりげなく目をやる。とはいえ、今は兎族が耳をさらして歩いていたって、この王都では、絡む輩なんていない。昔のお話を聞くと大変だったんだな~とモモは思う。

 まあ、もう一つの理由として、桃色や黒や蒼の毛並みの兎さんに、手を出すような馬鹿はこの王都にはいないということだ。とくに白い兎さんのお話は伝説になっているぐらいで。裏町の男達がその名を聞くだけで、こそこそと物陰に隠れるとか。……なにやったんだ?スノゥさん。

「あら、モモちゃんが来てくれるなんて、めずらしいわね」

 王都の大通りの角にある、ひときわ目立つ白亜の店の扉をくぐる。二階のアトリエから金色の螺旋階段を降りて、やってきたのは紫色のドレスをまとった迫力ある山猫族のご婦人?だ。その縞模様の毛並みも紫な、いまやこの王都どころか大陸中で知らぬものがいない、クチュリエの女王マダム・ヴァイオレット。

 グロースター大公家専任の服飾家であり、祖母のスノゥがまとうドレス……じゃない、盛装はすべてマダムの手によるものだ。それにその子供達の兎達の盛装も。当然、孫のモモのものもいつも素敵なドレス……じゃない盛装を作ってくれる。
 ちょっとレースとリボンがたくさんで、うっかりするとなにもないところで、つまづきそうになるのは、なんとかして欲しいなあ……と思うけど。

「今日は兄様達のマントを作りにきたんです。今度兄様達で新しく遊撃隊を作ることになって」

 災厄を倒した勇者の国サンドリゥムには国内外からの、魔物討伐の要請が絶えない。それに対応するための遊撃隊の話は前から出てきたのだ。
 それがカルマンの子供達を中心に結成されることになったのだ。のちに紅蓮の遊撃隊と魔物討伐の救世主として名を馳せることになる隊の誕生だ。
 それでおそろいのマントを贈りたいというモモにマダムはうなずいた。

「モモちゃんからの贈り物ならば、お兄様達も大喜びじゃないかしら?そうね、おそろいのマントもいいけど少しずつ意匠や色を違えるのはどうかしら?みんなお父様にそっくり同じに見えるけど、実は微妙に毛色が違うのよね」

 羽ペンですらすらとマントをまとった兄達の姿を描いていくマダムの、魔法の指先をモモは食い入るように見てしまう。
 それを一度言ったら、マダムは「やだ、わたくしは魔法使いじゃなくて、ただのアーチストよ」と言っていたけど、こうして物を生み出す人々の手は、魔法と同じぐらい奇跡だとモモは思う。

「……あの、それからもう一枚マントを作ってほしいんです」
「あら、お父様の?」
「いえ、父のではなくて、だから赤くなくて黒がいいんです」
「黒?まあ、モモちゃんのお爺様に似合いそうな色ね」

 そう言われて、ドキリとした。たしかにお爺さまに姿はそっくりだけど、彼は。

「お爺さまじゃないです! 笑うと青空のような人で、冗談言って僕のことからかったりするし」
「ふむ、ずいぶんと具体的ね。さては、お兄様がたのマントは、その素敵な彼の贈り物への口実ね」
「い、いえ! 兄様達には初めからマントを贈るつもりでした。本当です」

 それで彼にもマントを返そうと思ったのだ。だけど裾が焦げたそのままを返すのは失礼だし。あれは自分をかばったせいで、魔獣のブレスで焼けたのだし。

「だけど兄様達のマントと同じぐらい、大切な人への贈り物です」
「それで黒の色以外になにかある?」
「銀でしょうか?」

 彼の銀月の瞳を思い出す。

「黒に銀、やっぱりモモちゃんのお爺様を思い出すわね」
「でも、違うんです」

 たしかに色は一緒だ。姿形も。でも、違うとモモは知ってる。

「青空のような笑顔ね。黒と抜けるよな青となると、なかなか合わせにくいわね」
「そうですか」
「ああ、でも同じ空でも、星空なら、モモちゃんからの贈り物なのでしょう?黒も黒じゃなくて、黒に見えるほどの濃紺がいいわね。実はそちらのほうが夜には黒よりも黒らしく見えるのよ。それに銀の星屑をちりばめるの」
「少し派手じゃないですか?僕が贈りたいのは実戦に使うマントなんですが」

 さらにいうなら二度と裾が焼け焦げないように、炎や氷のブレスから身を守るエンチャットもつけたい。あのとき助けられたお礼に。

「もちろん、表がギラギラのマントなんて趣味がよろしくないわ。星屑を散らすのは裏のほうよ」

 「マントが翻ったときに星空が見えるなんて素敵じゃない?」と言われてモモの瞳が輝く。たしかにそれならば彼にとても良く似合う。
 それに星空というならば……。

「だったら、この形にしてください」

 さらさらとモモが天空図を描いていくのに、マダムが「まあ、素敵な形ね。万華鏡のよう」と声をあげた。




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