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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【9】モモは男の子です!

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 兄様達には悪いけど、黒いマントを一番先に超特急で仕上げてもらって、モモはそのマントを毎日枕元に置いて寝た。
 だけど初めに連日の時渡りをしたというのに、ひと月近く、その機会は訪れなかった。まさか、あれは本当に夢? いや、そんなことはない! 必ず彼に会えるはず! とモモが不安に思いはじめた頃。

「え?」
「君は……」

 やっぱりいつだって、それは突然で。
 薄暗い黎明の明かりが差す天幕の中。
 いきなり目の前にあらわれた、懐かしい黒髪のの狼にモモは飛びついた。

「アルパ! やっと会えた!」
「…………」

 大喜びのモモだが、アルパが無言で固まっているのに気付いて、その首に回していた腕を放す。少し気まずくなって。

「あ、あのいきなり抱きついて驚いた?」
「君がいつもいきなり現れるのはわかっていたが、少しね」

 もしかして自分と会うことは彼にとっては迷惑だったんだろうか? とモモの気分が暗くなりかけたところで、アルパがいつものような青空のような笑顔で破顔する。

「俺も君に会いたかった。あのまま消えてしまって心配していたんだ。元気そうでよかった」
「はい! モモは元気です!」

 元気よく言って、「あ……」と思う。
 母のブリーと同じく、モモは本当に気を許した人の前では、この一人称になってしまう。とはいえ、この頃では家族の前でも意識して『僕』と使っているけど。
 切っ掛けは、すぐ上の兄……といっても十歳離れているけど……クロウにからかわれたことだ。『いつまでも自分のことをモモという、チビ助』と。
 それからモモは意識して『僕』と使うようになった。それでクロウ兄は、他の兄様たちにずいぶんとにらまれたらしいけど、モモは知らない。

 それが、アルパの前で『モモ』と出てしまうなんて。この人と会うのはこれで三回目で、一緒にいた時間だって、まだ一日も過ぎてないのに。
 でも、会えてうれしいことは本当で、モモはあわてて、周りを見渡して自分が毎夜枕元に置いていたそれをみつけると、彼に差し出した。

「あ、あのこれ、今度会ったときに渡そうと思って」
「私に?」

 彼が銀月の瞳を見開く。

「これは……見事なマントだ」

 それは漆黒……ではなく、黒にかぎりなく近い美しい濃紺のマントだ。表はいぶし銀の縁取りに、控えめな銀の飾り紐と簡素なもの。しかし、裏にはまるで星が降るような、夜空が描かれている。
 それはモモが意匠を考えた、マダム・ヴァイオレットもまるで万華鏡のよう……と讃えたもの。銀糸の細かい刺繍に輝くクリスタルをちりばめた天空図。

「このような高価な物、私が受け取っていいのかな?」
「高価だとか関係ありません。僕があなたに相応しいと思ったから、贈りたかったんです」

 『私』という他人行儀な一人称にむうっとしてモモは答えた。そして「これはお礼で……」と自分の態度が生意気だったと頬を染める。

「一番初めのマントも焦がしてあっちに持っていってしまったし、それに二番目の深緑のマントは勝手に借りてしまって、そのままだし」

 ちなみに二つのマントはともに、使用人やとくに兄達に見つからないように、タンスの奥へと隠してある。

「これが俺に相応しいと君が言ってくれるならば、喜んでいただこう」

 アルパがふわりと軽やかに長いマントの裾をさばいと己の肩に掛ける。同時に立ち上がったその姿を見上げて、表情を曇らせていたモモはぱあっと笑顔になる。

「はい、とっても素敵でお似合いです!」

 黒……本当は濃紺だけど暗い室内では、マダムが言うとおりに黒よりもなお黒く輝く漆黒に見えた。衿元の銀の飾り紐以外、表にはなんの装飾もないマントだけど、それだけでも彼は堂々たる勇者。そのものの姿に見えた。

 それで「あ……」とモモは声をあげて思い出す。
 勇者アルパの絵姿は、必ず漆黒のマントをまとっていた。そのマントの名も後世に伝わっていた。
 『星空のマント』と。
 なぜ漆黒のマントなのに星空だったのか……こんなところで謎が解けるなんて……とモモは思う。そして同時に。

────また、僕が歴史を作ってしまった訳!? 

 これは慎重にしなければならないとモモは改めて思う。『けして歴史を変えてはならない』という、モース大先生の言葉がずーんと重く心にのしかかる。

「私も君に贈りたい物があったんだ」
「僕に?」
「ああ、君がいつ現れてもいいように、これを」

 差し出されたのはそれなりに大きな包み。開くと、そこにはこのあいだ借りた深緑のものよりも、明るい緑葉の色のモモには調度よい着丈のマントに、オランジュ色の羊毛のチュニック。それに生成りのズボンに茶色のブーツがあった。

「これ、僕のためですか?」
「ああ、毎回、その格好ではまずいだろうと……」

 モモは自分の姿を見た。それは丈の長い寝間着のシャツ一枚きりで、当然裸足だ。
 それで一度目はアルパの裾が焼け焦げたマントを頭から被って、二度目もこれもアルパの深緑のショートマント一枚きりを羽織った姿だったのを今さら思い出す。

────僕って、寝間着姿でこの世界うろうろしていたわけ!? 

 真っ赤になったモモは「着替えます!」と来ていたシャツを、アルパの前で脱ごうとしたが。

「ま、待ちたまえ! 嫁入り前のご令嬢が、男の前で肌を晒してはいけない」

 慌てたアルパに止められ、キョトンとしたモモは、むうっと唇を尖らせて。

「僕は男の子です!」

 自分のシャツの前を開くと真っ平らの胸に、アルパの大きな手を触らせた。以前の王国の夜会のときに、いくらモモが男の子だと言っても、信じてくれなかった某国の馬鹿王子……もとい王太子がいたので。あれは兄達がやってきて、その馬鹿王子じゃない、王子様を納得させていたけど。どんな方法で納得させたかは知らない。

「わ、わかった君は確かに男の子だ!」

 首元まで真っ赤になってアルパが叫んで手を離す。「なら、いいよね」とモモは自分のシャツに手をかけて、がばりと頭から抜く。男兄弟のなかで育ったのだから、ここらへん豪快というべきか。

「?」

 そしたら、くるりとアルパは背を向けたまま。こちらを振り向かない。マントと黒髪が翻る広い背中はカッコいいと思うけど。

「着替えたら、言ってくれ」
「うん」

 なんでこっちを見ないんだろう? と疑問に思いながら、モモは着替えたのだった。




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