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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【10】ただひとりの勇者

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「着替えました」

 と言っても「振り返っても大丈夫かい?」ともう一度聞かれた。モモはきょとんと首をかしげながら。

「マントもぴったりです」
「そ、そうか」

 それでようやく、アルパがこちらを向いてくれた。モモはまだマントのフードを被っていない頭に手をやる。

「ターバンもありがとうございます」

 着替えには生成りのターバンも添えられていた。少し長めの桃色の髪ははみ出しているけど、垂れた耳はしっかりと隠すことができる。これでなにかの拍子にフードが外れることがあっても、兎族の耳を見られることはない。

「すまない。いくら君が預言された賢者であっても、その耳を晒すのはまだ時間が必要だ」
「もう、謝らないって約束したでしょう? それに兎族がどういう立場なのか、僕もわかってますから」

 モモだって、祖母のスノゥの時代までは兎族が隠された存在であったことを知っている。それに今だって、差別があることもだ。

「いいか、自分達が特別なんだってことは忘れるな。普通の兎達は、いまだ弱い立場にあるんだ。俺達は恵まれている。それだけだ」

 祖母スノゥがそう語ったことがある。たしかにモモ達は特別なのだと、その自覚はある。
 まして、古の昔のこの時代ならばなおさらだ。

「それとお願いがあるんです」
「なんだい?」
「僕の名前はみんなの前では呼ばないでください」
「では、星の賢者と?」
「はい、そうなりますね」

 自分が伝説の賢者なんて、いまだ信じられないけど、その呼び名しかないのなら。
 “モモ”という名は残してはならない。
 この垂れた耳もけして、人々に晒してはならない。
 星の賢者は種族も名も、謎のままでなければ。

「二人きりのときは呼んでいいのかな?」
「はい?」
「モモと君を呼んでいいのかい?」

 そう呼びかけられて、モモの胸がトクンと脈うった。彼に初めて名を呼ばれた。

「では、あなたのことは?」
「アルパと呼んでくれ」
「アルパ、僕はまだ、自分が預言の賢者なんて信じられないけど、でも、あなたの旅を一生懸命助けますから!」
「……ああ、よろしく頼む」

 モモが元気よくいうと、彼の答えに一緒に間が空き、その表情が曇ったことが気になったけれど。



 天幕の外へとアルパと共に出ると、周りにも天幕があって、大勢の兵が行き交っていた。朝食の用意をしてる野営の大鍋からは、スープの良い匂いがした。焼いた香ばしいパンの香りも。
 いきなり現れたモモに、兵士達は驚いていた。

「神子が預言した星の賢者が再び我が元に駆けつけてくれた」

 しかしアルパが声高らかにそう宣言すれば、彼らは一斉に胸に拳を当てて、軽く頭を下げた。今でもサンドリゥムに伝わる、戦士達の古式ゆかしい礼だ。

 それから、アルパの横に席が設けられて、朝食が給仕された。塩漬けの肉にイモと豆のスープに、焼いた薄いパンと素朴なものだったが、あたたかなだけでモモには美味しかった。もちろん「お肉はいいです」とスープから肉は抜いてもらったけど。
 大公家の孫で、伯爵家の末っ子だけどモモはこういう料理も好きだ。とくに祖母のスノゥが中庭で作ってくれる野営料理は美味しい。たき火で焼いた甘いお芋にバターをのせただけの、おいしさといったら。
 あの甘いお芋は、まだ東の大陸からは渡っていないかな? とモモは思いながら、薄いパンをミルクの甘いお茶に浸して食べる。こうすると数を焼いて、ちょっと冷めて固くなったパンも美味しくなるのだ。

 朝食も終わり、野営地を引き払い、アルパに率いられた隊は、荒れ野の向こうにそびえる岩山へと向かった。岩山は活火山らしくもくもくと煙を出している。

「アルパ様、我々はここで」
「ああ、ここまでご苦労だった」

 岩山のふもとへとさしかかる、そこでアルパの後ろを付いてきた兵士達がぴたりと足を止める。アルパは振り返り、彼らに安心させるような笑顔をみせた。
 彼らは胸に手を当てる礼をしてから、くるりと背を向けて、整然とした隊列をとって、アルパとモモを残し去って行った。
 やっぱり、最初に巨獣討伐したときと同じく、アルパがたった一人、この先で待つのだろう、現れた災厄と戦うのか? とモモが遠くなっていく兵士達を見送っていると。

「君も、彼らとともに帰ってもいいのだぞ」
「どうしてそんなことを言うんですか?」

 アルパの言葉にモモはムッとして、目深に被ったフードから彼を、キッとにらみつける。

「君が助けてくれたおかげで倒せた巨獣退治に、俺は一度失敗している」

 それは意外な言葉だった。預言の勇者が魔獣の討伐に失敗した? 

「一度目は大勢の兵士が俺に従ってくれた。しかし、彼らの大半はあの巨獣のブレスに焼かれ、これ以上の犠牲は出せないと俺は撤退命令を出した」

 その状況が一瞬で理解出来たモモは息を呑む。
 ただ人が災厄に準じるような魔物や巨獣に敵う訳がない。いくら剣の達人であろうと、どんな怪力の持ち主だろうと、人の粋を出ない限りは。
 それを倒す力を持つのは勇者と、そして選ばれし英傑達だ。いずれも純血種の力を持つ、規格外の者達。
 あとでモモは、生き残った兵士達を連れて戻ったアルパを、父である族長が「腰抜け」と罵った話も聞くことになる。「その程度の兵の犠牲など惜しんで逃げ出すなど、それで預言の勇者か!」と。

「だから、次は私だけであの巨獣討伐へと向かった」

 それで彼は一人だったのだとモモは知る。一人の兵士の犠牲も出せないと。

「君が来てくれたおかげで、あの巨獣に勝てた。だから君にも、これから立ち向かう魔獣がどんなに危険か分かっているはずだ。だから、本当に危険を感じたならば、俺のことはいいから逃げてもいいんだ」
「いいえ、けして逃げたりしないし、あなたと共にいます」

 モモはこんなときにさえ、優しい微笑を浮かべるアルパの、銀月の瞳をそのパパラチアの瞳で真っ直ぐ見て答える。ふわりと手の中にあらわれた銀のロッドを両手でぎゅっと祈るように握りしめて。

「だって、僕は勇者アルパの仲間です。あなたをひとりになんかさせません」

 そう宣言し、あと振り返ることなく、山頂を目指し歩きはじめた。




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