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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~
【22】ひまわりのリボン
しおりを挟む城塞のある街を出て、その日は野営となった。この時代、街や村の間は遠く、きちんとした宿屋が整っているような場所も少ない。だから旅は野営が当たり前のようだ。
アルパが慣れた手つきでそこら辺に転がっている石を組んで、簡易のかまどを作った。魔法鞄から取り出した、既にこねられた薄いパンの生地を、かまどの熱くなった石にのせればぷくりと膨らんで、周囲に良い匂いが広がる。
かまどの火にかけた湯に干し肉をちぎり入れていると「ちょっと行ってきます」と少し離れた野原に姿があった、モモが戻ってきた。その両腕にはいっぱいの野草があった。
「お鍋にいれていいですか?」
「ああ」
アルパがうなずくのに、モモは生で食べられるタンポポなどはより分けて、クレソンなどをぽいぽいと入れる。
「さすが賢者殿、野草にも詳しいのだな」
「もう、からかわないで」
賢者殿と呼ばれてモモは唇をとがらせ口を開く。
「それにこれは賢者の知識じゃなくて、お婆様に教わったんです。どんな時でも困らないように……って」
「どんな時でも?」
「朝、昼、晩、きちんとご飯が出てくる生活は当たり前ではない。もし、荒野に一人放り出されても、生きていけるように……って」
「……なかなかに、たくましいお婆様だね」
アルパは目を丸くしている。たしかに祖母のスノゥは、儚げな若い見た目に反して、とってもたくましい。見た目で馬鹿にするような愚か者達は、ことごとく消えたわ……なんてナーニャ先生は怖いこといっていたけど。
『飯は自分で独り占めなんて絶対するなよ。相手がいるなら、その人数分だけ分かち合え。いいな』
それが祖母の教えだった。みんなと分け合う。それはモモにも大切なことだとわかっている。だつて、家族で囲む賑やかな食事はいつだって美味しい。一人で食べるのはカフェなんかでたまにならばいいけど、いつもならばとても寂しいだろう。
だから。
「デザートです」
干し肉はなしのクレソンのスープに薄いパン、それにタンポポのサラダを食べたモモは、最後とっておいた大きな葉っぱに包んでおいたもののを、開いて、アルパに見せる。
そこには黄色や赤に輝く実があった。
「木イチゴかい? でも、これは君の食べる分じゃ?」
「一緒に食事をしているんですから、半分こです」
モモがにこりと笑えば「そうか、いただこう」とアルパがそれを口にする。
狼族は肉を好むけど、果物は食べる。それは祖父のノクトも、父のカルマンも兄達もそうだ。ただ、アルパがスープのクレソンをこっそり避けていたように、彼らも苦みのある葉野菜はどうも苦手のようだけど。
それからたき火の火を見つめながら、少し話して、二人は一つ毛布にくるまって眠りについた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
朝。
くしくし。
くしくし。
毛並みを整えるのは起き抜けの重要な日課だ。モモは垂れたお耳を丁寧に、両手で整える。最後には膝立ちとなって、両手を後ろにお尻の短い尻尾の毛の先まで丁寧にとかして。
「…………」
「な、なんですか?」
じーっとアルパが見ていたことに気付いて、モモは頬を染める。アルパの頬も心なしか赤い気がする。
彼はごまかすように一つ咳払いをして。
「耳の毛がひと房跳ねてる」
「え? また?」
いつものところだと、手をやろうとすると、そのまえにアルパの手がモモの垂れた耳をそっとすくっていた。
「俺が直してもいいかな?」
「お願いします」
その手には櫛があった。アルパがその長い髪を整えるのに使っているものだ。祖父のノクトも使っていたから見た事がある。東方渡りのツゲという木のものが一番ときいた。ノクトの使っているものも、アルパのものも同じ素材だ。
「さあ、直ったよ」
「ありがとうございます」
「それとこれを」
アルパが差し出しのは、黄色い綺麗なリボンだった。モモが首をかしげると、アルパは少しはにかむように微笑んで口を開いた。
「街でこれを見た時、君を思い出してね。思わず買ってしまったんだ。ひまわりの花のようだと」
「男の子の君には嬉しくなかったかな?」と言われてモモは首を振る。そのリボンを一度はうけとり、胸にぎゅっと抱く。
「あの、お願いしていいですか?」
「ん?」
「耳に結んでください。ターバンで隠れてしまうけど」
「……ああ、いいよ」
耳にリボンを結ぶ意味。モモの生きている現代では、それは相手がいる証だ。庶民ならばリボンに花。貴族ならば宝飾品となるけれど。
今の時代はどうなのだろう? と思う。でも、その意味を今は知りたくない。いや、ずっと知らなくてもいい。
アルパはためらうことなく、モモの左の耳をとって、その根元にリボンを結んでくれた。
「これでいいかい?」
「はい」
どちらの耳かも意味はある。右であるならば、それはまだ恋人同士。左ならば、永遠の愛を誓った者達。
どうしてアルパが左にしてくれたのかはわからなくていい。だけどモモはずっと忘れない。
たとえ歴史書の中に、建国の勇者アルパの伴侶である王妃がケレスであると記されていても。
いま、一緒に旅をするこの時だけは……。
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