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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【25】命の森

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「なぜですか?ボアは畑を荒らす害獣だ。この際、全部片付けちまえばいい!」
「奴らがいなくなった邪魔な森を焼けば、畑も広がるんですよ!」
「勇者様のお言葉といえど、とても納得は出来ません」

 アルパの言葉に村の代表の男達が口々に避難の声をあげる。なかにはアルパに向かい身を乗り出して来る者もだ。

「森にはボアだけではなく、たくさんの生き物も暮らしています。コッコや鹿、小鳥たちも。森の木々も花々も生きています。あなた達はそのすべての生き物の命を奪うと言っているのですよ」

 アルパの横にいたモモが口を開く。フードを目深にかぶったその声はこもりがちであったが、魔力をのせた声は全員の頭に響き、騒乱は一気に鎮まった。

「ボア達とて生きている。雄達は雌や子供達を食べさせるために村の畑を襲うしかなかったのだ」
「なら、その仔らがデカくなって、また俺等の畑を襲ってきたなら、奴らを食わせるために我慢しろというのですか?」

 アルパの言葉に反論したのは、彼に身を乗り出そうとした男だった。村々の代表のなかでも、若く血気盛んそうだ。

「あなた達が森から彼らの食べ物を奪わなければ、彼らとて森の中から出てくることはなかったでしょう。森の木の実を残らずとりましたね?」

 モモがまた魔力を載せて口を開くと、若い男だけでなく、村々の代表達すべてが気まずそうに押し黙った。
 森の奥に入るとボアの雄達が怒るようになったのは、そのせいだ。他の生き物たちはその日食べる分しか食べることはない。だが人間は知恵を持ち食べ物を保存することを覚えた、欲深い生き物だ。目に付いた食べ物を根こそぎ奪ってしまう。
 ボア退治のあとの宴会で出された食べ物は、畑が荒らされているというのに豊かだった。モモも蜂蜜で固めた木の実の菓子は美味しく食べた。だが……。
 モモだけではなく、アルパもそれに気付いていた。人が森の奥深くまで入り食べ物を根こそぎ奪うようになったから、ボア達は出てくるしかなかったのではないか?と。畑が荒らされれば、さらに人々は食べ物を求めて森に入る。その悪循環。

「それのどこが悪いって言うんだ!」

 若い男が開き直ったように叫んだ。

「俺達の村々はそうやって大きくなってきたんだ。茨野から逃れて緑の森にたどり着き、その森を少しずつ焼き払って畑を広げてきた。生き物たちが可哀想だと!?俺達がまず生きなきゃなんねぇんだ!」

 森を焼く。そう焼き畑というもう一つの問題もあった。『茨野』から逃れた人々の村々が発展するにつれて、周辺の森は焼き払われてボア達の森は徐々に狭まっていった。
 そして、彼らの言う『茨野』。その場所があの怪鳥を退治した火山があった岩山周辺の荒野だと、アルパはモモに語った。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「あの岩山の周辺は古来、緑の森に覆われていたと言われている」

 モモが二日酔いの衝撃から立ち直ったあと、二人はボアが集団で畑を襲った。その原因を話し合っていた。そこでアルパが思いだしたように口を開いたのだ。

「では火山の噴火で森が消えたのですか?」
「そうではない。人々が森を焼き払い畑をつくり、そこはひととき緑野と呼ばれるほど反映したと。しかし、最後の森を人が焼き払うと同時に、徐々に畑は干上がりひび割れ、作物は実らなくなり、生えるのは茨ばかりの荒野となったと」

 そして、その茨野からは人々が消え、ついには地の底から良からぬ怪物が沸いて、あの怪鳥となったという。

「おそらくは森を焼き尽くしたのが原因だろうと、俺は考えた」
「そう、森が水を蓄えていた。アルパの考えは正しいです」

 モモはうなずいた。現代のサンドリゥムの平原は村々に周辺の広大な畑、そして大きな島のように浮かぶ森が点在するような形となっている。森の木々が大事な水源を守る役目だと認知されているのだ。そして、森の動物たちも大切にされている。その毎年の狩猟の頭数も決められているほど。
 その最初の法を定めたのも、建国の勇者であるアルパと、それに助言した星の賢者と言われている。命の恵みの森を消すことなかれ……と。
 あれ?これまた歴史を作ってる?とモモは気付く。今のサンドリゥムの緑の森を守り、同時に農作物豊かな国としたのは、目の前の建国の勇者と自分!?

「……だから、村々に森をこれ以上焼くのは控えるように、父上に……族長に進言したのだが、畑が増え、一族が栄えるのに森ごとき……と言われてな」

 アルパが苦い笑みを見せる。モモも眉を寄せて。

「では、この村々から変えていったらどうでしょうか?茨野から逃れた人々ならば、きっと分かってくれるはずです」

 森をすべて焼き払った恐ろしさを……とモモは思ったのだが、アルパは静かに首を振った。

「無駄だよ。皮肉なことに君が『奇跡』を起こしてしまった。彼らは言うだろう。森を焼き払ったあとに、魔法で一つ大きな湖を作ってくれればいいとね」

 「あ……」とモモは声をあげた。たしかに今の茨野は緑の地として再生するだろう。モモが落とした大きな氷の星。それがもたらした水によって。

「……そんな、あれは本来使ってはいけない手なのです。魔法で強引に自然を変えるなんて、逆にどんな弊害が起こるかわからない」

 モモは未来を知っている。茨野と呼ばれた地は、現代において豊かな葡萄畑が広がる地だ。火山は湖底の底で静かに眠っている。だけど、その奇跡は一つだけだ。
 あとの豊かなサンドリゥムは、目の前にいるこの勇者が作った。人々に森を焼くことを禁じ、自然と共生して豊かな地を気付いたのだ。
 そう、この人はサンドリゥムの初代の王となる。そして星の賢者は災厄を倒したあとに、いずこかに消えたと言われている。

 勇者は王となり、賢者は消えた。

 サンドリゥム建国記の一文を思い起こし、モモの胸はツキリツキリと痛んだけど。
 でも、現代のサンドリゥムの広がる畑と緑の森の風景を思い起こして、モモはいったん閉じていた目を開いて口を開く。

「そう、星を堕とした。あれは禁じ手です。ですから、みんなに未来を見せます」
「未来を?」

 アルパが目を見開き、モモはこくりとうなずく。
 本来は見せてはいけないのかもしれない。これもある意味禁じ手かもしれない。
 でも未来は確定している。
 ならば自分は星の賢者として、人々を豊かな緑に導かねばならない。




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