177 / 213
末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~
【26】ある未来となかった未来
しおりを挟む「そうだな。森が残ったって、俺達が飢えて死んだんじゃ仕方ない」
「森の動物たちが可哀想というが、女子供達がひもじい思いをするのは、可哀想だと勇者様は思われないのか?」
「俺達がまず生きなきゃなんねぇ!」という若い男の本音に、他の村の代表達もアルパへの遠慮など忘れたように口々に言い出す。
「勇者様。勇者様のお優しい心は分かりますが、ワシらも生きねばならぬのです。ボア達が生きるために、村の畑を荒らしたように、我らも森を切り開いてきた。みな生きるのに必死なのです」
アルパとモモが滞在している年かさの村長が、穏やかに話しかけてきた。人生の厳しさを知らない若者を諭すようにだ。
「今を生きねばならない、それはわかる。だが、本当に今、この瞬間だけの『豊かさ』だけを求めるだけで良いのか?もっと先の未来も考えず」
それにアルパも静かに返す。その言葉を聞いた村長は皺に埋もれた目を軽く見開いたが、興奮した他の者達は「そんな先のことなんて考えられねえ」だの「今年ボアに荒らされた分を奴らから取りもどすのが先決だ」「そうだ森を焼け!」とますます興奮したように声をあげる。
「そうした目先の欲に囚われた未来がこれでもですか?」
フードを目深に被った賢者の魔力が乗った言葉が、人々の頭に響く。そして、その歌う様な詠唱とともに、男達の前に展開した光景。
森を焼き払い、生き物たちを殺し、祝杯をあげる自分達。なくなった森を開墾し耕し、広がる麦畑。たくさんの収穫と豊穣。パンをたらふく食べて喜ぶ子供達に、麦酒を大いに呑む大人達。
みんなこれでいいんだ……とその『未来』を見て思う。
が、その光景はたちまちのうちに色あせる。青々していた麦の葉が茶色に変わり、実りもしないうちに枯れてしまう。
大地はひび割れ、そこから芽を出したのは、あの忌まわしい茨だ。風が吹けばカラカラに乾いた土が粉じんを巻き上げる。そのあちこちに生える茨と、人々が住まなくなった家々と。
「これが今、お前達が選ぼうとしている、未来だ」
アルパの言葉に、男達は白昼夢から冷めたように呆然としている。
いや、まさしく彼らは目覚めているのにもかかわらず瞬間夢を見たのだ。だが、それは夢ではなく現実だと確信出来る。
あれは森を焼き払えば、確実に訪れる未来だと。
実際、モモは『あったかもしれない』未来を彼らに視せたのだ。選択次第で、幾つもに別れていく未来。その事象の一つを。
だけど、そうはならないことも、モモは知っている。
本当の未来を。
そして。
「これが、あなた達が森と共に生きた未来」
モモは再び歌うように詠唱する。
大きな緑の森。そこにゆったりと棲む動物たちの姿と小鳥の可愛らしい鳴き声。そして、木々が蓄えて、こんこんと湧き出る水。その泉は川となって大地を潤す。
こんもりとした島のような緑の周辺に広がるのは、黄金の麦の畑。今年も豊作だったと麦を刈りながら汗を流す大人達。村々には子供達が遊び、笑いあう声が響く。
「森こそが命の水をもたらす源だったのだ。そこの暮らす動物たちもまた、森で生きているだけでなく、森を守っている。この世界は人が生きるためだけのものではない。いや、私達、人さえも自然の一部として、森に動物たちに生かされているのだ」
自分達が見た輝ける光景が、本物であるとそう感じた男達は、アルパの言葉に黙りこむ。
「……ワシらが間違っておりました」
先ほどアルパに諭すようにいった、長老が口を開く。
「目先の欲に目がくらんで、ワシらは子供らの未来を奪おうとしていた。茨野の間違いをまた犯すところでした」
「森をすべて焼き払った、先祖から我らはなにも学んでなかった」とつぶやいた、長老の言葉には苦い後悔が滲む。アルパに詰め寄った一番若い村の代表もまた。「勇者様に失礼な態度をとり、申し訳ない」と頭を下げる。
その若い代表の素直な態度に釣られるように、他の者達も口々に「すみません」「本当にとんだ間違いをするところだった」と謝る。
そして、それがおさまったあとに長老が「情けないことですが……」と口を開いた。
「森を焼き払い、そこに棲むボアに生き物たちを殺すことしか頭になかった我らは、これからどう森と生きていけばいいのか。その知恵がこの年寄りにはありませぬ。勇者様、賢者様、どうかお二方のお知恵をお貸し戴きませぬか?」
アルパとモモは顔を見合わせ、アルパがこくりとうなずくと、モモが口を開いた。
「それは……」
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
2,748
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。