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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【50】今と昔の勇者

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 カルマンの怒声に思わず垂れたお耳を押さえたモモだった。のしのしとお星様のベッドに突進しながらも、腕の中のブリーをびくとも揺らさないのは流石だった。
 そして、その怒声にまったく動じることなく、アルパが腕の中のモモを素早く敷布で包みこむ。白い肩がちょこんと出ていただけだが、それでも『妻』の肌を、父親や兄弟といえど晒したくない。雄狼の独占欲である。
 さらにギラギラとそれだけで射殺しそうな赤銅色の瞳を、落ち着いた金色の瞳で見返したのは、こちらも流石というべきか。
 さらに動いた者がもう一人、いや、もう二人。
 今にもベッドに乗り込み、男に掴み掛かろうとしたカルマンの前に立ちふさがったのは、ノクトだ。反射的に同じ男に飛びかかろうとした、九人の赤狼の兄達の足に絡まり止めたのは、シュンと伸びた白い鞭。スノゥがその細腰に常に巻き付けているものだ。

「父上! なぜ止めるのです! んっ!? んっ!? なぁあああっ!?」

 叫んだカルマンだったが、目の前のノクトとモモを大切に抱きしめている男の顔を見比べて叫び声をあげる。

「なんで止めるんです! お婆様! ええええっ!?」

 なんてクロウも父親同様の声をあげていた。九人の兄弟のなかで、勢いが付きすぎて唯一、スッ転んで顔面を床にたたきつけて起き上がり、叫んでから、父を止める祖父とベッドに弟といるにっくき? 男との顔を幾度も見比べたあとの叫びだ。
 他の兄達が言葉もないのは、逆に驚きのあまりだ。
 なにしろ、父の前に立つ祖父と、桃色の弟を抱っこしている男の顔がそっくりだったからだ。その黒く長い髪も、黒い耳も尻尾も、金色の瞳も。神々がつくりたもうた最高傑作の一つだろう、美しく男らしい顔立ちまで寸分違わず。

「……驚いたなあ」

 という言葉とは裏腹にのんびりした様子で口を開いたのはスノゥだ。

「ノクトにそっくりだ。いや、ノクトのほうが多少歳を食っちゃいるが」

 その言葉にぴくりと頭の上の耳が動いた夫に「お前のほうが渋いって意味だよ」とその横を通り過ぎるときに、ささやくのは忘れない良い妻? だ。ノクトの尻尾がブンと横に揺れる。
「んで、モモ。彼を紹介してくれないか?」
 スノゥに問われて「はい」とモモはうなずく。そして言った。

「彼はアルパ。みんな知っている、建国の勇者、その人です」

 モモの言葉に、スノゥとノクトにモース以外の者達が、さらに大きな驚愕の声をあげたのはいうまでもない。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 驚いたことに、モモの存在をモース以外のみんなはすっかり忘れていたらしい。
 そのあいだ十年以上の月日がたっていて、九人の兄達は相変わらず独身だけど、何時までも独り身だった、シルヴァ大伯父様が結婚していたのは驚いた。
 それも、とっても可愛くておしとやかな蒼兎の子と。プルプァというその子と、モモはすぐに仲良くなった。

「でも、逆にみんな、僕のこと忘れていてよかった」
「よく、ありません。あなたのことを忘れていたなんて」

 モモ言葉に、猫足の長椅子の真ん中に座ってブリーがぐしぐしと泣くのに、アーテルがよしよしと涙をぬぐってやり、ザリーがそのお口に星形のギモーヴをほおりこんでやっている。
 大公邸の薔薇色卵型のサロンは、カール御隠居の贈り物だ。スノゥのための。「ごてごてしてるが居心地はいいな」とスノゥも気に入っているし、ここは他の兎達もお気に入りの場所だ。

「だって、みんながモモがいないことを悲しんでいたら悲しいし……でも、忘れていたなら……」
「お前は優しいな、モモ。でも忘れていたほうは、なんで可愛い子のことを忘れていたんだろうと、それはそれで悲しいんことは悲しいんだぞ。だいたい、みんなに忘れられてよかった……なんて無理して、お前だって悲しかっただろう?」

 スノゥの言葉にモモは「うん、少し」と答えて、オレンジの輪切りを浮かべたお茶を一口飲む。「でも……」と続ける。

「アルパがずっと一緒だったから、寂しくありませんでした」

 「うわ~最高のノロケ!」とアーテルがからかうようにいい、モモが赤くなる。それに白いショコラの一口ムースケーキを食べ、すみれの砂糖漬けを浮かべたラベンダーティーを一口飲んだプルプァが「わたくしも」という。

「シルヴァと一緒にいる時が一番幸せだからわかります」

 「うわ~プルプァは相変わらず、かわいい妖精さん」とザリア。それにアーテルが「ザリアも歌わなきゃ、妖精さんなんだけどね」という。

「歌っても妖精さんって言われているよ、兄様」
「それは妖精じゃなくて、地獄に引き摺りこむ天の御使いって意味じゃないかな?」

 「ひど~い。なら、今からザリアのお歌を聴いて……」「わあっ~やめてぇ」なんて賑やかな二人に挟まれて、ようやく泣き止んだブリーが「このギモーヴおいしいです」とつぶやくのに、アーテルが追加の三日月の形をしたギモーヴをお口に押し込んでやっている。再びもきゅもきゅし出す、ブリー。
 そんなかしましい、息子と嫁? と孫息子達の様子を、スノゥが出窓に腰掛けて、微笑みながら眺める。
 外を見れば、中庭では木刀を叩きつけ合う二人。どちらも黒髪の黒い狼。多少の年齢差はあるが兄弟というより、双子というほうが納得のそっくりぶりだ。もちろん、スノゥもモモも、どちらが愛しい相手なのかひと目で見分けがつくが。
 その二人はスノゥの目でしかわからないような、素早い攻防を続けていた。しばらく実戦から離れていたとは信じられないノクトの動きだ。それを言うならさすが建国の勇者アルパの負けていない。
 ノクトのほうも、この孫息子の孫婿? をすっかり気に入ったようだった。自分にそっくりだからというより、その勇者らしい公明正大なすっきりした性格を。
 スノゥとしても気に入っている。ノクトそっくりなのに、無表情なあれが穏やかな紳士? の微笑を浮かべるとこうなるのか? と。どこかの堅物さんとちがって、冗談も理解して快活に笑う、気持ちのよい男だ。

「さて、問題は末っ子と弟可愛い、十人の赤狼共だけどなあ」

 スノゥはやれやれと息をはいた。




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