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【57】あり得ざる復活

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 ほこほこと温かい。これで三度目か? 
 アルファードは目を覚まし、もぞもぞと動けば、大きな手が支えてくれて、シャツから首を出した。
 要塞のダンダレイスの寝室だ。ベッドに腰掛けているモップ頭の顔を見上げる。

「レジナルド王子は?」
「遺体は王都へと旅立った。ローマン副団長以下近衛の者達と聖女に、第二騎士団も一緒だ」

 「第二騎士団?」とアルファードは声をあげた。近衛とヒマリがレジナルドの遺体に付き添うのはわかるが、第二騎士団まで早々に要塞を出たと? 
 いや、理由はなんとなく察せられたが。

「レジナルド殿下のことで、口汚くお前を責めたか?」

 ダンダレイスに差し出された、ティースプーンのミルクをこくこくと飲んできく。彼がうなずく。「ツイロや他の者と揉めた」と。

「私も怒った」
「お前がか?」

 あんな小物にダンダレイスが腹を立てるとは……とアルファードはそのくりくりとした瞳を見開く。口許に今度は小さくきったバナナブレッドが差し出されて、むしゃむしゃかぶりつく。二枚重ねのあいだにチーズがはさんであってうまい。
 あとでツイロ達に聞いた話では、ゴドフリーは「あなたが魔王に首を刎ねられればよかったのに!」とまで言ったそうだ。そりゃ第三騎兵部隊の者達が殺気立つ。

 さらには「あのネズミもどきはどこだ! 聖人というなら、その命と引き替えに殿下を蘇らせられるだろう!」と今度は滅多に怒ることはない、ダンダレイスの逆鱗をぶち抜いたらしい。
 とたん手加減無しの魔力の威圧をかけられて、ゴドフリーは泡を吹いてぶっ倒れたという。目を覚ました彼は「このことはすべて王都に帰り、宰相殿に報告いたしますからな!」と捨て台詞を残して、第二騎士団と共にドタバタと要塞をあとにしたという。

 どう考えても王都に帰ってから、一波乱ありそうだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 棺に入れられたレジナルドは静かに目を閉じ、首には包帯が巻かれていた、白の軍服に身を包んだその姿はまるで眠っているかのようだった。震える手で我が子の頬に触れた母、キャスリーン・スパルタリ・メイス公爵夫人は、その氷のような冷たさに「レジナルド!」「レジナルド!」と呼びかけても、その目が開かれないことに泣き崩れた。
 王宮の地下の聖堂にこだまする悲痛な母の泣き声に誰もが目を伏せた。「レジナルド」と父であるストルアンもまた涙ぐみ顔を伏せる。

「どうして、わたくしのレジナルドが死ななければならなかったの!」

 泣き崩れていたキャスリーンは、突然立ち上がり振り返った。

「あのダンダレイスは生きているのでしょう? それなのにレジナルドが死ぬなんて、あなた達はなにをしていたの!」

 片腕を失った副団長のローマンと近衛の騎士達にキャスリーンが歩み寄る。「殿下をお守り出来ず、申し訳ありません」と騎士の礼ではなく、罪人のように頭をさげるローマンに、キャスリーンは「そうよ!」と言い放つ。

「片腕だけではなく、あなたが死ねばよかったのよ!」

 「キャスリーン!」とストルアンがたしなめる声をあげるが彼女は止まらない。キッと少し離れた場所に立つヒマリをにらみつける。

「あなたもあなたよ、ヒマリ。あなたという聖女がいながら、どうしてレジナルドは死んだの!」

 今にもヒマリにつかみかからんばかりのキャスリーンを、あわててストルアンが「やめるんだ!」と羽交い締めにする。「聖女を連れて行きなさい! お前達出て行くんだ!」ストルアンに命じられて、泣き出したヒマリをともないローマン達が出て行く。
 再び棺に取りすがって泣き崩れたキャスリーンはストルアンを振り返らず「あなたも出て行って!」と告げる。それに彼も聖堂をあとにした。

 地下聖堂には長い間、キャスリーンの泣く声が響いていた。万が一の間違いがないようにと、二人の衛兵が遠くから棺にすがりつく、彼女を無言で見つめていた。
 棺の縁に手を置き、うつむき泣き続ける彼女よりも、衛兵のほうが気付くのが早かった。
 棺から死者が起き上がったのだ。衛兵達は青ざめ、喉の奥でヒッ! と悲鳴をあげたが、しかし、その赤く光る瞳を見た途端、彼らはどさりどさりと床に崩れ落ちた。
 その音にキャスリーンは顔をあげて、瞳を大きく見開いた。

「おお、おお、レジナルド……」

 そこには微笑む我が子がいた。手を伸ばし触れた頬は相変わらずヒンヤリしていたが、彼女はもはや気にならなかった。自分と同じ青いはずの瞳が、赤く輝いているのも。
 むしろ、その輝きに魅入られたように、彼女は陶然と見つめ続ける。

「ああ、やはり真の勇者であるあなたが死んだなんて、嘘だったのですね」
「ええ、母上、“私”は神の祝福により蘇ったのです。あの“裏切り者”を殺し、世界の王となるために」
「ええ、ええ、レジナルド。あなたこそがこのレスダビアの王。ダンダレイスなど玉座につかせないわ」

 キャスリーンはうっとりと微笑んだ。





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