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【60】後悔などしない
しおりを挟むダンダレイスがその大きな手から伝令蝶を飛ばす。それはアルファードの光の力うけてキラキラと光り、はめ殺しの格子窓から出る。
張ってあった魔石による強固な結界もすんなりと通り抜ける。四大魔法ならばともかく、光の聖なる力に対抗するような魔法を人は持たない。もとより聖女が王家に敵対するなど、誰も思っていないからだ。
聖女ではなくこの場合聖人だが。
伝令蝶の行方は王都郊外にある第三騎兵隊の駐屯所にいるツイロの元へだ。ダンダレイスの言葉は彼から正しく団員達に伝えられるはずだ。
“決行”は明日の朝と決めた。
「……問題がある」
ダンダレイスがぽつりと言った。
「ローマンの様子がおかしい以上、近衛との衝突はさけられない。彼らがいかに疑問をもっていようとも、上官の命令は絶対だ」
あのゴドフリーの第二騎士団なら、下手をすれば団長を見捨てて団員が逃げ出しそうだが、練度も王家に対する忠誠度も高い近衛騎士団に関しては、難しいところだ。
「出来れば彼らとは衝突したくはないが……」
明日“決行”することを考えれば、それも不可能であることは、ダンダレイスの苦渋の表情をみなくともわかる。
王宮の守りを突破して、別宮にいる老王を救い出す。
ダンダレイスの予想通りならばアルガーノンの身柄は、宰相側によっておさえられているはずだ。これが発覚したならば、彼らのほうこそ叛逆の罪に問われる。
しかし、それには近衛達との戦いは避けられないだろう。
魔王を倒すのには助け合った同胞同士が争うなど、不毛なことこの上ない。
「……どうも、それさえも見えない敵の狙いのような気がするのだ。今回の宰相の無謀な陰謀といい、私達が相争うことを望んでいるような」
「さっきも同じことをいっていたな。相手は破滅と混乱のみを望んでいると。まるで魔王のような邪悪なる意思か? たしかにどうもこの王宮にきてから匂うな」
アルファードの言葉にダンダレイスが「わかるのか?」と訊ねる。アルファードはぴくりとうごいた髭を小さな手で一本しごいて。
「それがどうにも妙なのだ。邪悪な気配はするが、それは酷く弱い。まるで生まれ立てのような」
「生まれ立て……」とダンダレイスがつぶやく。
「だが、それより明日だ。たしかに味方同士相争うなど悲劇だ」
勇者が魔王を倒したあとに引き起こされる、人間達の悲劇を。自分達はまた繰り返す訳にはいかない。
そのためのユキノジョウから受け継いだ記憶だ。
そうユキノジョウとアルファードは思い出す。
王城の正面のホール。その踊り場に飾られた歴代の勇者にユキノジョウの肖像画。この王宮に居る者ならば誰もが目にしたことがあるだろう。
実際、ダンダレイスを監獄塔に護送する、そのときさえ近衛の騎士達は、肖像画に向かって胸に手をあてて略式の礼を捧げていた。
「ふむ」
「フリィ?」
もふもふのあごに手をあててアルファードは考えこむ。
これは“使える”かもしれない。
かなりのペテンで大博打ではあるが。
アルファードが見上げると、ダンダレイスはわかってくれて、大きな手を差し出す。その手に乗れば、ちゃんと視線が合う高さまで持ち上げてくれる。
アルファードはちんまい両手で、その赤毛のモップ頭の前髪を、のれんみたいにぺろんとめくって、首を突っ込んだ。完璧に形のよい高い鼻とチンチラのむっくりした鼻先がちょんと合う。
「お前、髪を切れ。俺も“恩寵”を受ける」
目の前のダンダレイスが赤銅色の目を見開く。
“恩寵”。
それは魔王を倒した者に“一つだけ”与えられる権利だ。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
明日に備えて、早く寝ることにした。
監獄塔というのに貴賓室の名のとおり、イヤミなぐらい豪華な天蓋付きの寝台に、二人で寝る。横たわったダンダレイスの胸のうえで、丸まってアルファードは眠りについた。
「本当にいいのかい?」
見覚えのある白い空間。チンチラの姿で自分は大きな机の前にたっていた。机に座る人物の首から上の顔は見えない。
「叶えられる恩寵はたった一つ。それを君は使ってしまうのかい?」
「かまわない」
「君の本当の姿は“永遠”に失われてしまうことになる」
「元の自分なんて覚えていない。記憶も姿もなにもかもだ」
そもそも、素粒子になってブラックホールに吸い込まれて消えたっていったのは、そっちじゃないか? と腹の中で思えば。
「“恩寵”ほどの“権限”を使えばね。それでも“復元”は可能だって話だよ。それならばよその神が管轄する他空間に飛び散った君の欠片をかき集めることが出来る」
「…………」
考えたのは一瞬だった。アルファードは答えた。
「後悔などしない」
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