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【12】深夜の密会
しおりを挟む真夜中、ジョウは目を覚ました。
「禁断症状か……」
思わずつぶやく。
危ないお薬ではない。
そもそもジョウが継いだ組は、代々舎弟の薬物の使用も、シノギとしての取引も禁止している。酒もへべれけに酔って裸踊りをしたっていいが、それに呑まれての暴力沙汰も大目玉を食らうほどだ。
古くさいやり方だと、新興の金だけ目当ての極道の名を名乗るのも恥ずかしいような奴らは、笑っていたがうちはそれを通していた。
それ以外はおっぱいバブから土建に産廃、警察にも弁護士さんにも相談出来ない、もめ事処理の何でも屋まで手広くやっていたが。
どうにも寝付けずに、数度寝返りをうったあとに、ジョウは寝台を降りて寝室を抜け出した。
ヤクじゃない禁断症状って、それは。
煙草だ。
思えばこの世界に来てから数日、一度も口にしてない。
一時間吸わなきゃ手が震えるなんてヘビースモーカーでは、ジョウはない。
ぶっちゃけ何かに気を取られているときは、数日吸わなくたって平気なタチだ。
ならば禁煙も出来るんじゃないか? と思われるが極道がモクを吸わなくてどうする? というのと。
なにより、こんな風にたまに無性に吸いたくなるのだ。
明日の朝にでも小姓のエフィに用意してもらおうか? と思う。某ホテルのスーパーショートケーキに、エ○メのマカロン、銀シャリに銀シャケ、グリーンカレーまである世界なのだから、当然煙草ぐらいあるだろう。
室内用のサンダルの音をぺたんぺたんと響かせて、回廊へと出ればハスの花が咲く小さな池の畔に、見慣れた白い頭の長身が見えた。そこからもくもくと煙が上がっている。
「この不良聖者め」
声をかければシグアンが振り返る。
奴の肉感的な唇には当然のように、紙巻き煙草がくわえられていた。
「聖職者が吸っていいのかよ?」
「神官達には褒められた習慣ではないとされているな。だが、聖者には認められている」
「聖者様特権かよ。なら聖女様もいいのか?」
「吸うか?」
「ああ」
うなずくと、ふところから取り出した、使い古した革製のなんの飾りもないケースの蓋を開いて差し出された。そこから一本拝借して口にくわえたジョウはシグアンに目配せするが、奴はわからないとばかりにこちらを凝視している。
気の利かねぇ奴だな……と内心苦笑して、その長身の頭の後ろに手を回して、ぐいとこちらに引き寄せた。
至近距離で見る顔。いつもは仏頂面ばかりの奴が、軽く目を見開いて驚いているのがおかしかった。そんな顔をすると、年相応の二十代前半の若造だと思う。
煙草の先がくっついて、バチリと火花が散った。火花? と思う間もなく、深く吸い込んで、そして。
「ゴホッ!」
むせた。
「大丈夫か?」
大きな手に背を撫でられる。モクごときでこの俺様がむせるなんて……と思いつつ、怒鳴らずにいられなかった。
「なんてキツイモン吸ってんだよ! お前!」
海外のヘビーなモンだって吸った経験がある。あ~たしかに世界一タール量が多いなんて奴は、先から火花が散ったなと思い出す。
だが、こいつはそれよりもさらにとんでもなく、レントゲンすりゃ胸は真っ黒。肺ガンまっしぐらの代物だった。
「たしかにこれは私のために特別に調合されたものだ」
聖者様専用ってことか? まったく!
「こんなもの吸ってるから、舌が馬鹿になるんだぞ」
こいつの味音痴の原因がわかったと思ったが。
「紙巻きを吸わなくとも、もとより食べ物の味などほとんどわからん」
「甘い物は苦手なんだろう?」
なら味は分かっているじゃねぇか? という意味で問いかける。
「塩味や辛みならばともかく、甘いは匂いも感じない。砂を噛んでいるようだ」
「え?」
「甘味は贅沢品だ。味も分からず口にいれるのは作った職人にも失礼だが、甘味も無駄だ」
「極端な味はわかると?」
「ああ悪癖とは思うが、それでもそれなりに食は楽しみたいからな」
「味覚障害は病気だ。医者に診てもらえ」
「無駄だ。これは蝕を祓うがゆえの影響だからな」
シグアンは続けて「この紙巻きも歴代の聖者に伝わるものだ」と言った。
それでどうして聖者に聖女が必要なのか、ジョウはこのとき初めて理解したかもしれない。
蝕を祓うことはそれほど聖者の身体に負荷をかけるのだと。
物の味がわからなくなるほどに。
「そうまでして、身を削がれる意味がわかんねぇな」
思わずつぶやいていた。それが世界を救う役目だと言われても、ジョウには理解できなかった。
いや、たった一人にそれを押しつける世界の理不尽さに苛立ちも覚えていた。
「たとえ世界が滅びようとも。そんなものほっぽり出して逃げたっていいんだぜ」
思わず口に出していた。シグアンはジョウの言葉に薄く微笑み。
「世界のためではなく、蝕を祓わねばならないのだ、私は」
神と取引したのだとこの男は以前に語っていた。
己の気の遠くなるほどの昔の前世。初めてこの世界にやってきたときに。
蝕を祓い続ける代わりに、己の願いを叶えると。
「その願いも覚えていないクセにか?」
ジョウは呆れてつぶやいた。
繰り返しの転生でシグアンは神になにを願ったのか、それさえ忘れてしまったと聞いている。
彼の願いは果たして叶ったのか?
いや、叶ってないから今もこうやって蝕を祓い続けているのだろう。
シグアンはジョウの問いに答えずに、煙をくゆらせた。
その彫りの深い顔を横目でみながら、ジョウもむせない程度にキツイ煙草を吹かした。
なぜかガラにもなく切ない気持ちになった。
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