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【40】お飾りです
しおりを挟む「私の聖女はおジョウだけだ。あなたではない」
シグアンが自称【正聖女】に対して、いつもの仏頂面で答えた。
『だから、その名で呼ぶな!』
とはもう、ジョウは叫ばなかった。この頑固者には諦めた。
というより、ここでクソ真面目に言うか? と内心で頭を抱えたぐらいだ。
空気読めよ……と。
このいかにもプライドだけは高そうな、ワガママ皇女様の前でそんなことを言ったら。
「な、な、聖人様! わたくしは【正聖女】ですのよ! そこの男は【副聖女】だと、叔父様……じゃないアディオダト法王猊下も、それに私の父たる帝国皇帝リノトメトス三世陛下もお認めになっていること!」
なるほど、あの法王と、さらに帝国のごり押しかと、自分のバックにある権威をむき出しにした皇女の発言で、ジョウはだいたいを把握した。
しかし、法王だろうと、たとえ帝国皇帝だろうと、そんなものに頑固者の聖者様が“配慮”なんぞするわけがない。
「私が聖女として認めているのは、おジョウだけだ。あなたは聖女ではない」
さらにトドメとばかり、シグアンはきっぱりと言った。
「そ、そんな……」
それに衝撃を受けてよろめく皇女を二人の侍女が左右から支える。そして次の瞬間、キッ! とジョウを睨みつけて。
「聖者様はその“偽”聖女に騙されているんですわ!」
やれやれ【副聖女】の次は“偽”聖女かよ……と思う。さらには赤く染めた爪の先が、ジョウを指さして。
「あの偽物を捕らえなさい! 聖者様の目をお覚ましするのです!」
後ろの護衛の兵士達を振り返り指示する。兵士達は一瞬戸惑った様子だったが「早く!」と叫ばれて、ざっとジョウを取り囲もうとするが。
シグアンが無言で兵士達の前へと一歩出る。それだけで兵士達がたじろぐ。相手は聖者であるし、そうでなくても奴は、無言の圧を放っていた。
「おジョウを傷付けるというなら、誰であろうと許さない」
赤い瞳の視線の先は、並ぶ兵士達の肩越し、両わきの侍女達の真ん中に立つ、皇女に向けられていた。
その鋭い猛禽の視線に晒されて、皇女はびくりと肩を震わせて青ざめるが、なお諦めが悪く。
「せ、聖者様! そ、そのような魔性に騙されないでください! お、男の聖女なんてありえませんわ! このわたくしこそが、正しい……ええ、正しい【正聖女】なんですわ!」
「私の聖女はおジョウだけだ」
二人の会話はどこまでも平行線だ。
「そ、その偽物を捕らえるのです! 今すぐに異端審問にかけて処刑を!」
さらに皇女がヒートアップして叫ぶ。異端審問って魔女裁判みたいなもんか? それって皇女様が決めることかね? とジョウは思う。さらに処刑とは物騒だ。
実際、そのとたんに今までだって重苦しかったシグアンのまとう気が、一斉にぶわりとふくれあがった。ぎろりと赤い瞳で睨まれて「ひっ!」と皇女様が声をあげてる。兵士達も一歩後ろにたじろぐように下がった。
「おジョウを傷付けるものは誰であろうと許さない」
完全にこれは殺気だ。
聖者が皇女の護衛の兵士をぶっ飛ばしたあげく、その皇女にまで……となったらマズイだろうと、ジョウはシグアンに声をかけようとした。
「皇女殿下におかれては、帝国からの長旅でお疲れのようですね」
スインが向かいあうシグアンと兵士達の間に、すっと入ってきた。いつものごとく表情の読めない糸目で口許には曖昧な微笑を浮かべたまま。
「聖者様も聖女様もまた、北の地よりお帰りになったばかりで、お疲れにございます。ここは双方、いったんお部屋にお戻りになって休まれたほうがよろしいかと」
転移で一瞬なのだから、疲れてなどいないのはジョウ達も、たぶん皇女も同じではある。
スインの言葉を受けてシグアンが「行くぞ」とジョウの腰を抱いて、大股で歩き出した。だから、腰を抱くな……というのも諦めたというより、確かにこの場からさっさと去るのがいいだろう。
「待ちなさいよ!」なんて声が聞こえたが、シグアンは当然無視した。ジョウがちらりと後ろを振り返れば、わめく皇女達の前に、スイン以下の神官達が壁となって立ちはだかっていた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
ひとまずの休息のサロンで、茶をしばきながら待っていると、スインが意外と早くやってきた。
「【正聖女】様のご機嫌はどうだった?」
ジョウはパステルグリーンのマカロンをかじりながら訊ねる。ピスタチオのクリームがたっぷりでうまい。
「あれは聖女ではない」
横に座るシグアンがむっつりと言う。他に椅子もあるのに、長椅子に腰掛けたジョウの横にぴったりと……だ。
最近はいつものことだが、今回はこのサロンにあの兵士達がやって来て、ジョウを捕らえに来るんじゃないか? と、そんなピリピリと警戒した雰囲気だ。
「でも、教皇様と皇帝陛下とやらが認定した【正聖女】なんだろう?」
ジョウの視線はシグアンではなく、小卓を挟んで椅子に腰掛けた、スインに向けられた。彼は茶で喉を潤し、ひと息ついてから。
「さて、どこからお話しましょうか。たしかにあちらは“形式上”の聖女様にございます」
「形式上?」
「もっと簡単にいえば、お飾りです。名誉職です」
「お飾り」
まあ、たしかにあれじゃお飾りだろうなぁ……とジョウはキーキー叫ぶ皇女を思い出して、つぶやいた。
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