【完結】極道聖女

志麻友紀

文字の大きさ
50 / 62

【50】諦めの悪い者達

しおりを挟む
   


 大神殿、法王宮。
 アディオダトが蒐集した美術品が集められた、ロングギャラリー。
 裸で戯れる女神に天女、青年や少年の姿の天使達の絵を前に、その部屋の主たるアディオダトの表情は冴えない。

「帝都に逃げ帰ったゾエは、離宮に幽閉となったか?」
「はい、鉄格子のはまった馬車で送られたとか。そのときも大変な騒ぎだったようで」

 傍らに立つ秘書官が答える。
 綺麗に結った髪を振り乱し『幽閉なんて嫌! 』とゾエは幼児のように手足をバタバタ振りまわしたという。
 馬車の中に押し込まれるときは、衣の裳裾がめくれ上がって、足どころか下履きまで丸見えのおよそ皇女らしからぬ醜態だったとか。

「あの猿のようにキーキー五月蠅い皇女ならば当然であろうな。だから鉄格子のはまった護送用の鉄の箱なのだろうしなあ」

 アディオダトが呆れたため息を一つつく。
 皇女ゾエは大神殿に逃げてきてすぐに『こんな恐ろしいところにいたくない!』とわめき散らして、神殿に残っていた神官達を兵で脅し、強引に転送陣を発動させて、帝都に帰った。
 大神殿のある聖都が【蝕】に襲われているというのに【正聖女】である自分が逃げるということが、どういうことか? も考えずだ。
 さらには港での醜態は都の住人のみならず、大陸全土から来た巡礼者や商人達にも見られている。
 この顛末は【副聖女】とされていたジョウが人々に見せた奇跡と正反対の笑い話となっていた。
 世界の中心といわれる大神殿の都には、各国の大使館がある。そこから当然のように転移陣を利用した書簡で、大陸中へと拡散された。
 帝国の恥となった皇女を、実父である皇帝リノトメトス三世もかばいきれずに、離宮に『幽閉』したのだ。

「これだけ噂になっては、どこかの小国に押しつけることも出来んな。まあ、狭い城とはいえ、一生生活には困らん。良い暮らしだろう」

 小国に押しつける、つまりはどこかの王妃として嫁に出す……というのも、大陸中に大醜聞が流れれば無理という話だ。
 そもそも、元から自由奔放すぎるあの皇女は、取り巻きの騎士との火遊びやら、気に入らない高位貴族の娘を夜会で平手うちにしたなどと、もめ事が耐えなかった。
 これ以上、帝国の騒乱の元たるあの雌犬を放置出来ないと、離宮に『生涯』幽閉なのは妥当な措置と言えるだろう。
 それでアディオダトは一生食うには困らないと言ったのは、ある意味嫌みではある。
 だが、それは同時に。

「そうですね。お命だけは長らえることでしょう」

 秘書官が淡々と答える。アディオダトは無言で、目の前の絵を見つめている。
 裸の女神に天使達が戯れる『天国』と名付けられた絵を。
 死んだあとが『楽園』であって欲しいと思うのは、誰しも同じだ。
 だが、死後のことは誰も知らない。
 それは神官の最高位である法王であってもだ。
 皇女ゾエの『醜聞』もだが、現法王アディオダトの『醜聞』も大陸中に広がっていた。
 避難民達を大神殿に迎え入れず、締め出したこと。
 さらには港で【蝕】を前に頭を抱えてうずくまっていた醜態も……だ。
 帝国では次の法王への首のすげ替えの話が出され、他国では帝国が法王位の独占をしているのはどうか? という話もアディオダトの耳に入ってきていた。
 しかし、法王というのは終身制なのだ。
 次期法王になるということは、当然前の法王が亡くならねばならない。
 アディオダトにはゾエのように『幽閉』という生きながらえる道はないのだ。
 『ワシはまだ死にたくない』という彼の胸の内の声を他の者が聞いたならば、法王として栄耀栄華を誇った老人が、なぜわずかな生にしがみつくのか? と笑うだろう。
 しかし、強欲というものはそういうものだ。

「まだ、終わらんよ」

 アディオダトはうめくようにつぶやく。

「【大蝕】が来れば、聖者は死ぬ。聖者を失った神官共に、あの聖女になにも出来るものか」
「ですが今回はその『聖女』がいます。『聖者』は生き延びるかもしれません」

 これまた淡々と答えた秘書官をギロリとアディオダトは見た。いつでも冷静なこの秘書官を彼は気に入ってもいた。

「失礼いたしました」
「…………」

 主人に睨まれても青ざめる様子もなく、秘書官はただ一礼した。それにアディオダスは答えなかった。

「『聖女』の力などあるものか」

 アディオダスは自分に言い聞かせるようにつぶやく。
 たとえ転送陣も無く一瞬で聖者の元へと、聖女が自分ごと跳んだとしても。あの黄金の鳥籠の結界をこの目で見たとしても。

「聖者は血を吐いて倒れたのだ。【大蝕】を祓えばもう奴らは用済みだ」

 「【大蝕】が現れれば……」とそれが一番の厄災であるというのに、まるで希望の言葉のように、法王であるアディオダトは繰り返しつぶやいたのだった。







しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

王子に彼女を奪われましたが、俺は異世界で竜人に愛されるみたいです?

キノア9g
BL
高校生カップル、突然の異世界召喚――…でも待っていたのは、まさかの「おまけ」扱い!? 平凡な高校生・日当悠真は、人生初の彼女・美咲とともに、ある日いきなり異世界へと召喚される。 しかし「聖女」として歓迎されたのは美咲だけで、悠真はただの「付属品」扱い。あっさりと王宮を追い出されてしまう。 「君、私のコレクションにならないかい?」 そんな声をかけてきたのは、妙にキザで掴みどころのない男――竜人・セレスティンだった。 勢いに巻き込まれるまま、悠真は彼に連れられ、竜人の国へと旅立つことになる。 「コレクション」。その奇妙な言葉の裏にあったのは、セレスティンの不器用で、けれどまっすぐな想い。 触れるたび、悠真の中で何かが静かに、確かに変わり始めていく。 裏切られ、置き去りにされた少年が、異世界で見つける――本当の居場所と、愛のかたち。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

炊き出しをしていただけなのに、大公閣下に溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 希望したのは、医療班だった。  それなのに、配属されたのはなぜか“炊事班”。  「役立たずの掃き溜め」と呼ばれるその場所で、僕は黙々と鍋をかき混ぜる。  誰にも褒められなくても、誰かが「おいしい」と笑ってくれるなら、それだけでいいと思っていた。  ……けれど、婚約者に裏切られていた。  軍から逃げ出した先で、炊き出しをすることに。  そんな僕を追いかけてきたのは、王国軍の最高司令官――  “雲の上の存在”カイゼル・ルクスフォルト大公閣下だった。 「君の料理が、兵の士気を支えていた」 「君を愛している」  まさか、ただの炊事兵だった僕に、こんな言葉を向けてくるなんて……!?  さらに、裏切ったはずの元婚約者まで現れて――!?

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

処理中です...