【完結】極道聖女

志麻友紀

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【54】うさちゃんリンゴ

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 光の柱は【大蝕】の裂け目に届くと、金色の美しい編み目で暗闇を覆い隠した。
 空は変わらず曇天のままだが、逆にキラキラと輝くその黄金を強調し、それはまるで闇夜に輝く三日月のように見えた。

「あれが話に聞いた黄金の鳥籠」
「そうだ! 偽物の皇女ではない、本当の聖女様がいたんだ!」
「聖者様と聖女様が本当に来てくださったんだ! 皇帝は逃げ出したのに!」
「俺達は助かるぞ!」
「生きられるんだ!」

 どうせ明日死ぬんだ! とヤケになり、暴徒と化していた人々はたちまち鎮まる。空を見上げ祈りを捧げる者が出ると、みなもそれに倣うように一斉に祈り始めた。

「私達は【大蝕】を祓うために来た」

 帝都にシグアンの声が響き渡る。魔法で増幅した、人々の心に直接訴えかけるものだ。

「戦いは明日。みなさんは家に帰り閉じこもってください。危険ですから外には出ないように」

 ジョウもまた『聖女』として人々に呼びかける。

「今夜は皆、助け合いすごすように」

 とシグアン。

「食料は少ないでしょうが、みんなで分かちあってください。泣いている子供がいたら、抱きしめてあげて」

 ジョウもまた語りかける。横目でとらえていた泣いていた子供に伸びる手があった。抱きあげられた子供はキョトンとしていた。本当の親かどうか分からないが、それでも子供は今夜の寝床と食べ物は得ることが出来るだろう。
 「さあ、家に帰れ!」というシグアンの声に広場からぞろぞろと人々が去って行く。その向こうに見える街路からも人の姿が消えて行った。
 シグアンは広場から最後の一人が去るまで、バルコニーに立ち続けていた。
 そして、その姿が消えるのを見届けると、きびすを返して室内へと入る。その横に立つジョウも従う。
 二人の手は硬く繋がれたままだ。
 室内に入りバルコニーの扉が閉められる。ガラス窓のそのカーテンが引かれるまで、シグアンは気を抜く事がなかった。

「もう、大丈夫だぞ」

 ジョウがそう言えば。

「そうか……」

 シグアンは膝から崩れ、ジョウはそれを抱き留めたのだった。



「まったく、無茶をするからだ」
「明日の戦いに市街が混乱しているのはよくない」

 神殿の貴賓室。その寝台に横たわるシグアンが答える。
 帝都の神殿だけあって部屋はいくつもあったが、ジョウは二人一緒でいいと断った。
 聖女である自分がそばにいれば、少しでもシグアンを癒すことが出来るからだ。

「戦いに支障が出るんじゃなくて、泣いてる子供を放っておけなかったんだろう? このお人好しめ」
「…………」

 ジョウがあの子供に気付いたのは、シグアンの赤い瞳が先に見ていたからだ。

「ほら、食べろ」

 無言になったシグアンの口許に、銀のさじですくった粥をもっていく。
 今夜の夕餉は山羊の乳のパン粥だ。病人食だが、ジョウも同じ物でいいと伝えた。
 目の前で相棒がぶっ倒れているのに、脂っぽい料理なんて食う気にもならない。
 でっかいひな鳥に給餌したあとは、横の果物籠から、リンゴをとってシュルシュルと剥く。

「ほれ、食え」
「なんだ? この形は」
「うさちゃんリンゴだよ!」
「なるほど、うさぎの形をしているな」
「俺のうさちゃんリンゴを食べられるなんて、お前は幸せものだぞ!」
「ふむ、感謝する」

 神妙な顔でそういい、しゃくしゃくとリンゴを食べる。
 シグアンは粥もボール一杯。リンゴも一つ完食した。食欲があるのはいいことだと、内心でホッとする。

「さあ、今日は明日に備えて早く寝るぞ」

 自分も広い寝台に共に入り横になった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 しばらくしても眠れずに、ジョウは目を開いた。
 横を見ればシグアンは静かに寝ている。そっと半身を起こし、その彫りの深い顔をのぞき込む。

「…………」

 気配に聡い男が身じろぎもせずに、深い眠りについていた。昼間、力を使ったことで相当に疲労したのだろう。
 それでも明日まで、目を覚ますことなくぐっすり安らかに眠ってくれるならいい。
 そっとその額に唇で触れて、柄にもないことをしてるな……と苦笑する。

『少しだけ離れるぜ。すぐ戻る』

 言葉にせず、心の中でつぶやいて寝台を降りる。



 大神殿の次に大きいらしい、帝都の神殿にも中庭を囲む回廊があった。池に緑と、心地よい空間だ。
 持って来た銀のシガーケースから一本取りだして、火をつける。一つ吸ってから物足りなさに苦笑した。

────あのデカい手が腰を抱いて来ないからな。

 いつの間にやら習慣となっていたシガーキス。
 見上げれば真っ暗な空が広がっていた。曇天の雲のせいで夜も星が見えない。
 だが、その代わりに昼間自分達が立てた光の柱の名残が、空へとうっすらと伸びていた。そして亀裂を埋めるようにキラキラと輝く三日月の形の編み目。

「眠れませんか?」
「そっちこそ」

 振り返ればスインがいた。彼は回廊の端にたって、庭を眺めるジョウの横に立つ。

「少しお話をして構いませんか?」
「どうぞ」

 答える。たわいもない話ではないことはわかっていた。

「私が神官長となったのは、聖女様が来る直前のことです」

 たしかにスインは神官長を名乗るには、ずいぶんと若いとは思っていた。糸目の外見は年齢不詳ではあるが。

「私の前の神官長は私が小姓の時よりお仕えした方でした。彼は常に嘆かれていた。世界を救われる聖者様はなぜ短命なのか? なぜ、聖女様は現れないのか?」
「…………」
「今回のシグアン様も次々の【蝕】を祓われ、その度に荒神と化され【兆候】が現れました」

 【兆候】とは短命の印だろう。
 聖者の『消耗』はどのような施術も薬も受け付けない。
 聖女の癒しがなければ。

「神官長は決意なされました。聖女の出現を神々に願うことを。せめて、聖女がどこにいるのか、その神託を……」

 三日三晩、寝食も忘れて前任の神官長は祈り続けたという。
 そして、神の声を得た。
 聖女は異世界にいる。
 今こそ、その扉を開きましょう……と女神オルタナの声が、たしかに響いた。

「そして、俺がこの世界に呼ばれた訳か」

 ジョウは言った。







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