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魔王は勇者に甘い!
【50】命の誓い
しおりを挟むたとえ世間の評判が最悪だろうと、カイラルにとっては実の母親だ。良い思い出だってあるのだろう。
「兄上、兄上、お許しください」
「謝ることはない、カイラル。お前はこうして僕に知らせにきてくれたじゃないか」
「……では、兄上。母上も許してくださいますか?」
カイラルの問いに微笑んでいたアルトルトは、すっとそれを消した。
そして視線をデュロワへと移した。
アルトルトの判断は正しいとゼバスティアは、心の内で『ご立派です、トルト様』と褒めた。
王妃ザビアの罪はアルトルトがひと言『許す』と言ってすまされるものではない。
そして、ここで唯一助言できるのはベルクフリート大公であるデュロワだ。
「カイラル殿下」
デュロワがカイラルに呼びかける。彼は続けて言った。
「ここでアルトルト殿下に命の誓いを成されることを提案します」
その提案にカイラルは怪訝な顔となる。六歳にして聡明な彼のことだ。命の誓いを知っているのだろう。
それは王と臣下の間に交わされる臣従などより、もっと強い拘束だ。文字通り相手に命を預け従うと。太古の戦乱の昔には頻繁に行われたが、平和な今は殆ど行われていない。
「簡易なものとなりますが、大公である私の立ち合いがあれば成立します。宣誓書は大神殿に魔法書簡で送ればすぐに受理されるでしょう」
この命の誓いが強い拘束力を持つのは、それが大神殿、つまり君主のみならず神々にも誓ったものだからだ。
誓いを破れば、その者は神々からの全ての加護を失う背徳者となる。どこの国に行こうが民として認められない。永遠に放浪者となる恐ろしい罰だ。
「カイラルが僕に命の誓いをすれば、母上の命だけはお助けできると、そう大叔父は言いたいのだな?」
アルトルトがデュロワを真っ直ぐ見て告げる。横にいたカイラルが息を呑み、デュロワは「左様」と深くうなずいた。
ゼバスティアもまた、カイラルとは別の意味でアルトルトは七歳にして聡明すぎると思う。
「王妃の罪が暴かれれば当然極刑の判決が下るでしょう。ですが、その子であるカイラル殿下がアルトルト殿下に命の誓いまでなされた。そのお覚悟とともに助命嘆願成されれば、命だけは助けられるでしょう」
デュロワが話す。
そう、王妃の命だけは……だ。その処分はおそらく生涯の幽閉となるだろうが、それでも命だけは助かる。
「母上のお命が助かるならば……私の忠誠はもとより、兄上のものです。兄上に命の誓いをすることになんのためらいもありません」
カイラルは母親の命ではなく、アルトルトにこそ自分が誓いたいのだと。そして、椅子から立ち上がり、横の椅子に座る兄の前に両膝をついて、両手を組んだ。その組んだ手を彼に差し出す。
アルトルトが無言でうなずいて、彼の組んだ両手を自分の両手で包みこんだ。
これで古からの命の誓いの儀式は成り立った。
「……でも、兄上、明日の武術大会には……」
「カイラル、僕は明日の大会には出るぞ」
命の誓いの宣誓書に署名も終えたカイラルが、アルトルトに向き直り口を開く。それにアルトルトは首をふり答える。
「しかし、武術大会には刺客が紛れ込んでいることは明白です」
必死に訴えるカイラルに、アルトルトは微笑み「もとより罠が仕掛けられているのは承知だ」と言う。
「だが、その程度の罠を避けられなければ、あの魔王を倒すことは出来ないと思うのだ」
「そ、それほどまでに魔王というのは邪悪で恐ろしいのですか?」
カイラルが青くなる。さらに彼は続けて。
「たしか噂の大魔王は目が百個あって、大きな口が顔と腹にあり、手足も百本ずつある恐ろしい化け物だと聞いています!」
なんだそのムカデのような、悍ましい姿は! とゼバスティアは胸の内で叫ぶ。人間どもは、麗しの我をそんな姿だと思っているのか!? と。
「いや、大魔王は目は二つで口は一つ、手足も二つずつの僕達と変わらない姿をしていたぞ」
弟の言葉にアルトルトは生真面目に答えた。
「え? それでは普通の人間のようではないですか!」
「だから普通だといっている。あ、頭に二本の角があるぞ」
「角なんて、やっぱり普通じゃない! 魔族ではないですか!」
「だから、大魔王なのだから、魔族だろう」
この兄弟の微笑ましい会話を、デュロワとイルはニコニコと、執事ゼバスとして涼しい顔でゼバスティアは聞いていたが。
『腹に口なんて化け物は魔界にもいるか! 百も目があったら見えすぎて敵わんし、だいたい手足が百本もなくても我は、膨大な魔力でなんとかなる!! そんなムカデ魔王など嫌だぁああ!!』
悶々としていた。
そして、王妃に見つかる前にとカイラルを本宮殿の自室へと直接送り届けた。就寝の着替えを手伝い、寝台へと入ったアルトルトにゼバスティアは。
「トルト様」
「なんだ? ゼバス」
「大魔王というのは、そのように恐ろしい相貌なのでございますか?」
ここで『化け物のようだぞ』なんて言われた日には、三日ぐらい寝込みそうなのに、ゼバスティアは恐る恐る聞かずにいられない。
ま、まさか我の姿はアルトルトにはそんな風に見えていまいな? い、いや、まさか魔界一の美貌と讃えられている、我がまさか……ね。
「……美しいぞ」
「はい?」
「魔王はとても綺麗だ。僕が見た中で一番……」
良い子のアルトルトは、そのまますやすやと寝入ってしまい。
「…………」
あとには頬を真っ赤に染めた執事姿のゼバスティアが残された。
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