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魔王は勇者に甘い!
【51】勇者パワー!
しおりを挟む翌日の闘技会は良い天気となった。青い空は高く晴れ上がり、陽気も暖かく調度よい。
「まったく、こんな強い日差しなど肌に悪いわ」
貴賓席にて大きな天幕の下にいながら、王妃ザビアは文句を言った。今日も今日とて、宝石とレースとリボンに埋もれた小山のようなドレス姿。そのうえに野外ということで高く結い上げた髪にはつば広の帽子を被ったうえに、そこに珍しい南国の鳥の大きな羽が幾つも揺れている。
おかげで最前列の王と王妃の席の後ろに座る貴族達には、前がよく見えないのだが、ザビアが恐ろしくて文句が言えるものなど誰もいない。
闘技会の会場は王宮の広い前庭。王宮側に王や王妃、貴族達の席が設けられた。そして。この日だけは解放された王宮の門側には、民のための立ち見席が用意されて、押すな押すなの大盛況となっている。
小山のように着飾ったザビアの隣には、王としての衣は豪奢であるが、無気力な表情のパレンスが座している。そして、ザビアを挟んで反対側には、第二王子カイラルの姿があった。
そのカイラルの隣にベルクフリート大公であるデュロワがタマネギ頭に丸い胴体の機械鎧。中にはイルが入っている護衛を横に控えさせて座している。
執事ゼバスとしてゼバスティアは、闘技会に出るアルトルトの控えの天幕にいた。
王宮の侍従が運んできたお茶には、眠り薬がたっぷり入っていた。ゼバスティアはさりげなくそれを自分が煎れた茶にかえた。
アルトルトはそれを飲んで立ち上がる。
「行ってくる、ゼバス」
「いってらっしゃいませ、トルト様」
一種目目は弓術だった。
アルトルトの対戦相手である男は、北の国一番の狩人という触れ込みであった。
闘技会というが、対戦はその道の強者である“大人”と“七歳”の勇者の一体一。いかに勇者が武芸に優れているのか知らしめる為との、これまた表向きは立派な理由だ。
会場が見えない控えのテントであるが、当然ゼバスティアは、懐中時計の蓋の鏡で、その一部始終を見通していた。人には見えないところまでも……だ。
北の国一番の狩人というが、その矢の先には猛毒が塗られていた。かすっただけて即死の毒で仕留めた獲物の肉など食べられたものではない。
狩人などとは真っ赤な偽り、男は王妃が雇った暗殺者だろう。
先に男が矢を放つことになった。弓を構えた男はまったく自然に体勢を崩し、横に立つアルトルトの顔面に向かい矢を放った。観客席から大きな悲鳴があがる。
普通は避けられない至近距離だが、アルトルトはひょいとのけぞることでそれを避けた。そのふわふわの巻き毛の前髪をかすめて矢が通り過ぎていく。
アルトルトには怪我がないことを見届けたセバスティアが、パチンと指を鳴らすとつむじ風が起こって、飛んだ矢がくるりと方向を変えた。
そして、なんと矢を放った男の足のつま先に突き刺さったのだ。
男の顔は一瞬にしてどす黒く染まり、ばったりと仰向けに倒れた。すぐさまに看護兵と医師が飛んできてその周りを取り囲む。
ずいぶんと用意がいいことだ。大方、王太子の不慮の事故の“処理”のために待機していたのだろう。
男は兵士達に運ばれていった。しばらくして、医師から“手が滑ったとはいえ”王太子殿下に矢を向けてしまった。その衝撃のせいで卒倒したと観客向けての発表があった。
さて、兵士に運ばれるあいだから見えた、男の青黒い顔、だらりと垂れた手はどう見ても息の根が止まっていたが。
競技は続けられることになった。
観客達はいまだざわついている。逆にアルトルトは発表を待っているあいだも、静かにたたずんで落ち着いていた。彼は自分の弓を構えた。
「なんですの? あの貧乏くさい弓は」
ザビアがさて何本癇癪でへし折ったのやら……の香木の扇で口許を隠しておいて、周囲に聞こえるような声で言った。
たしかにアルトルトの弓は、村の猟師が使うような素朴な木の弓だ。観客席の者達もあれが勇者の弓か……と当初は失望したような声さえ起こった。さらにはアルトルトが弓に矢をつがえることなく、弦を引いたことにも「大丈夫なのか?」という平民席からのあけすけな言葉さえあがる。
しかし、次の瞬間、それは「おおお……」という驚愕と歓喜の声に変わった。
弓が輝き、素朴な木の肌から緑玉の輝きを放つ若葉がみずみずしく芽吹く。なにもない弦を引いたそこには銀色のかがやきを放つ矢が現れる。
「ふん! 見かけ倒しよ」
歓声にザビアの悔しげな声は隠れた。彼女は扇で隠した口許を笑みの形につり上げて。
「……それに矢は絶対に的には当たらないわ」
ならば逆に派手な分だけ恥も大きいでしょうとばかり、彼女はさらに嫌らしくその毒々しい赤い紅の口許をゆがめる。
どんな観衆の声に紛れようと、魔王の地獄耳、ゼバスティアには、ザビアの品性の欠片もないどす黒い呪詛のような言葉が、くっきりと聞こえた。
そして、同時に王宮の物見の塔の上。そこにローブを深く被った影があることも。
魔道士だ。
アルトルトが銀の矢を放った瞬間。塔の上の魔道士が魔法を放った。それは先ほどゼバスティアが放ったつむじ風より、遥かに小さな突風の魔法。
しかし、普通に放たれた矢を逸らせるには十分なものだ。なるほど、ザビアが矢は的に当たらないと言ったのはこのことか。
毒矢での暗殺が失敗したときのために、またずいぶんと姑息な嫌がらせを用意しておいたものだ。
それを全て見聞きしながらゼバスティアはなにもしなかった。
アルトルトの放った矢は、こんな“そよ風”程度で、防げるものではない。
矢は突然の風をひゅううううううっ! と音を立てて切り裂いて、真っ直ぐ進んだ。そして、的を……。
ぶち抜くと同時に、的そのものが砕け散った。
歓声をあげていた人々は、あまりのことに唖然とし、会場は一瞬シーンとした。
ゼバスティアは天幕の中で得たりとばかり、会心の笑みを浮かべる。
的の中心に当てる当てないもない。
的そのものが消滅してしまったのだ。
これぞ勇者の力というものだ。
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