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第一章
第3話 仮面舞踏会
しおりを挟む馬車が舞踏会場の前で止まり、狐の仮面を付けたユリーゼが外から扉を開く。
「到着いたしました。足元にお気を付けください」
「ああ。助かる」
座席の横に置いていた狐の仮面を装着した。俺は馬車から降りると、ぐっと体を伸ばす。馬車の中は狭いし、木製だからかとても硬く、お尻が死にそうになった。あまり乗りたくはないのだが、王族である以上は馬車の移動が必須だ。
「本当にその仮面でよろしいのでしょうか……?」
恐る恐るユリーゼが確認する。
ユリーゼが狐の仮面を選んだから、俺も狐の仮面を選んだのだ。だというのに、ユリーゼは恐れ多いと言って別の仮面を選び直そうとしたところ、俺が無理やり押し付けることにした。
「構わない。俺が、ユリーゼと同じものが良かったんだ。気にするな」
「わ、わかりました。その、ありがとうございます」
はにかむユリーゼを見て、思わずエクスタシーが弾ける。
最近は表情が豊かで、見ていて、一緒にいてとても楽しい。
中は薄暗く、ところどころに松明が置いてあるだけだった。万が一にも顔が見えないようにする配慮だろう。
「教祖様、無事到着されたのですね」
「うむ。ダブルAも無事のようで何よりだ」
俺は町中の視察と称して来ているため、ドルチェとは別々にここへ来ており、この場で再会する手はずだったのだ。
「それでは、こちらへどうぞ。みなにご紹介します」
「よろしく頼む」
ドルチェに連れられ、ユリーゼを伴いながら人が集まっている前方へ移動する。
これから挨拶だ。ポッと出の俺が教祖をやることはなく、引き続きこの世界でのひんぬー教の教祖はドルチェに任せる予定だ。
ドルチェに連れられた俺を見た何人かが狼狽しているような雰囲気を感じ取る。それはそうだ。仮にも王太子が、この場にいること自体ヤバイのだ。それ以外の大多数は、俺には気付いていないようだった。
暗いこともあるし、まさか王太子が本当に来ているとは思わないだろう。
この場にいる者でほぼすべての信者らしく、およそ二〇人余りしかいない。
「みなに紹介したい人がいます。新しい信者の方です。この方ならば、必ず変革を成し遂げてくださるでしょう」
ドルチェの紹介があり、それぞれから「よろしく」と声がかかる。
仮面舞踏会では身分の差がない。気軽に挨拶できるのも、このシステムの良いところだ。
全員と握手を交わし、その度に驚かれるとともに歓迎してくれた。やはり、ひんぬー教信者はいい人しかいないな。
「今日皆様に集まっていただいたのは、この方を紹介するからだけではありません。――この機会に、勢力を拡大しましょう!」
力強いドルチェの言葉に、会場が盛り上がる。
たった二〇人からのスタート。それでも、ようやく始まるのだ。ここから、ひんぬー教の歴史が。
「ですが、実際に宗教として設立するために必要なのは、きょぬー教からの認定です」
「それもおかしな話だ。まったく、なぜ世界最大宗教だからと言って、きょぬーの許可が必要なのだ」
「そうだそうだ! 私たちは決してきょぬーに屈さない!」
一部から憤りの声が上がり、それを受けてドルチェも言葉を続けた。
「きょぬー教の司祭で、一人だけきょぬー教に不信を持っている方に心当たりがあります。その方は私とこの方で御相手をします。皆様にはほかの有力な方々に声をかけていただきたいのです。もちろん、民草でも構いません。世論はときに、とても大きな力を持ちますので」
特に世論に力を入れて熱弁し、ドルチェは一息ついた。
俺たちは前世でデモをしていた。それで勢力を広げることはあまりできなかったが、世論は若干ながら動いていた。諦めずに成し遂げようという心意気があれば、大きな力を手に入れることもできるのだ。
俺はそう信じているし、ドルチェもそう信じているだろう。
だけど、きょぬー教の司祭を引き抜くのは初耳だ。いったいいつの間にそんな人脈を得たのだろう。その司祭をこちら側につかせることができれば、ひんぬー教がきょぬー教内部に巣くうことにもなる。きっとこの一手は、とても大きな一手だ。
「教祖様、ところで、その方のコードネームはなんというのですか?」
しわがれた声が、熱狂の間に響く。その声は、誰も無視できない力強さを持っていた。
「そういえばまだでしたね」
ドルチェから目配せされる。まだ名乗っていなかったな、と思いつつ、俺は口を開く。
「俺はまな板だ。よろしく頼む」
何にしようか悩んだ結果、まだ誰もいないし、誰も使わないであろう言葉を選ぶことにした。
まな板というのはバカにするときに使われがちだが、その印象を払拭するため、俺はこれを使い続ける。まな板を褒め言葉に変えるために。
「儂は高嶺のAだ。決して手を出せない。世間体を気にして手を出せない領域にあり、最悪の場合死ぬ恐れもある儂からすれば、Aは高嶺すぎるのだ。もっと手の届く範囲で愛でてやりたい……そう願いを込めて、儂はその名を名乗っておる」
真っ直ぐに俺の目を見つめてそう言った爺さん、もとい高嶺のAは嘆息する。
「それに、若い者らにはきょぬーに負けず、自由に恋愛が、結婚ができる土壌を作ってやりたいと考えておる。儂が若いころは妥協をせざるを得なかったが、変えられることに気付いた」
俺の正体に気付いているのだろう。
そして、俺も高嶺のAの正体に気付いている。
お互いのその存在を認識しつつも、決してそれに触れない。触れられない。
俺が王太子でありながらこの場に来たように。高嶺のAこと伯爵家現当主であるグレアム・ラドクリフもそうだ。
グレアムのことはよく知っている。
このままいけば、俺の義理の祖父になる男だ。自分の孫がきょぬーなのに、自分はひんぬーを愛しているとはいったいどういうことか。こいつはスパイなのか……? と邪推してしまう。
しかし、高嶺のAとしての理由は十分だった。まさにその通りで、貴族が、ましてや王族に嫁げるような格式の高い家が、ひんぬーを望めるはずもない。
だから俺は高嶺のAを信じる。
似たような境遇だからこそ、信じられる。
「良い名だ。新参者ではあるが、よろしく頼む」
「うむ。儂と教祖様が守り通してみせようぞ」
高嶺のAと握手を強く交わす。
パーティは終盤へ差し掛かった。
―――――――――――――――――――――
あとがき
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次回もよろしくお願いします。
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