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第一章
第4話 きょぬー教の司祭と
しおりを挟むとても良い天気だ。強い日差しが大地へ降り注ぎ、俺たちをまばゆく照らす。
王都にあるきょぬー教の教会に、俺とダブルA、そしてユリーゼで来ていた。
ユリーゼが馬車を操り、俺とダブルAは車内でミーティング。このときに決まった内容は、ひんぬー教の味方をしてくれるよう働きかけるが、ひんぬー教の敵に回らないようにすることが最重要目標ということだ。
きょぬー教の司祭が一人でも敵でなくなるなら、十分成果と言える。
俺たちは馬車から降りて、教会の陰に入る。時刻は昼過ぎ。太陽が中天を越えた。白銀に輝く教会は、太陽の光を後ろから受けることによってその輝きを大きく増す。
不思議な金属が使われているそうだ。
だから、陰になっているはずの正面からでも、いや、“だからこそ”陰になっている正面からであれば、神聖さが際立つ。
「殿下、教会の造りはすべてが金属。大変滑りやすくなっておりますので、ご注意ください」
ユリーゼの忠告を受けて床を見れば、それらもすべて同じ金属で出来ているようだった。
いったいどれほどの金をかければこのようなことができるのか。ひんぬー教も教会を建てる際には、きょぬー教の教会を参考にしよう。
……いや、それはどうなんだ? 宿敵を真似していいものか。宿敵だからこそ、学んでいくべきなのか――そのときが来たら考えるとしよう。
今考えても仕方のないことだ。頭を振り、目の前のことに集中する。
ユリーゼの伸ばした手を取り、一緒に歩く。これはまるで新郎新婦じゃないか? 結婚式の――これだと俺が嫁になるのか。俺はエスコートしたい。エスコートされる側ではない。
手を離すと、ユリーゼが一瞬驚いた顔をして、すぐに寂しそうな表情になった。違うんだ。ユリーゼと手を繋ぐのはとても嬉しいことなんだ。でも、俺は、そう、ユリーゼの手を取りたいのではなくてユリーゼに手を取ってほしいのだ。
「エミリオ様、先方はすでにお待ちのようです。急ぎましょう」
先行していたダブルAから声がかかり、慌ててユリーゼとともに教会内部へ入った。
教会内部はステンドグラスと不思議な金属で作られており、とても落ち着けるような感じではなかった。ここで生活をしろと言われても、できないだろう。
これに比べれば、城は質素も質素だ。
「お待ちしておりました、王太子殿下。ノラ司祭は会議室でお待ちです」
年配の神父がそう言い、俺たちを案内する。
正面を進めば大聖堂があるのだが……俺たちは祈らない。
入ってすぐに受け付けが左側にあり、その横に関係者以外立ち入り禁止の扉があった。その奥へ進んでいく。俺が王族だから、入っていけるのだ。
「こちらでノラ司祭がお待ちです」
年配の神父はお役御免とでもいうように、さっさと会議室よりも奥に行ってしまう。この先は神父など、教会で奉仕する人が生活する場となっている。
「行きましょう、王太子殿下」
ドルチェが声をかけ、ユリーゼが扉を開ける。
会議室は質素なもので、正方形に長テーブルが設置され、それぞれに四つずつ椅子が配置されていた。待っていたのは、一人の少女――ノラ司祭だった。
俺の立太子の儀を執り行ったのが、このノラ司祭。顔見知りだ。これならば、突然会いに行ってもおかしくはない。……しかし、ノラ司祭がきょぬー教に不信を持っている? こいつ、めちゃくちゃきょぬーじゃないか!
ぼいんきゅっぼんの一八歳の少女だ。いや、二〇歳から大人だという俺の感覚からすればまだ子どもだが、この世界での成人は一五歳。成人してもう三年経っていることになる。
俺の立太子も、俺が成人になったからだ。
「先日ぶりですね、王太子殿下」
少し驚いた様子を見せながらも、ノラ司祭が俺を歓迎する。
ノラ司祭と俺がドルチェに目を向けると、ドルチェが狼狽した。
「い、いや、えっと、お二人はお知り合いで?」
「立太子の儀で、少しな」
「まさか、殿下が来られるとは思いませんでした」
というか、なぜ知らないんだ。立太子の儀はこの国でも建国祭やきょぬー祭に続いて大きな行事だぞ。見に行かなかったのか? ……俺だったら行くはずもないか。なら納得納得。
「そうでしたか、それでは話が早いですね」
ドルチェが俺たちを交互に見て、告げる。
「ノラ司祭、早速ではありますが、話を進めても良いですか?」
「もちろんです。その前に、ささ、お座りください。殿下を立ったままにしておくことなどできません」
ノラ司祭が対面に俺に座るよう促す。
ユリーゼはもちろんのこと、ドルチェも座ることはできない。王族とともに座るとか、お前何様だ! と言われるのがこの世界の常識である。
「ノラ様、こちらお借りしてもよろしいですか?」
「ええ、もちろんです。大事なお席ですので、下の者がおらず……ぜひお願いします」
ユリーゼがそういって、入り口付近にあるお茶くみセットを使い始める。一応お湯は用意してあったようで、スムーズに二人分のお茶が出された。
一つはノラ司祭、もう一つは俺の分だ。ドルチェとユリーゼの分はない。
「殿下、どうぞお召し上がりください」
「ありがとう、ユリーゼ」
ああ、なんてことだ。出先でもユリーゼのお茶が飲めるなんて……。普通は相手側が用意するから飲めないのだ。ノラ司祭の言う通り、これからする話を思うとただの神父なんかを入れるわけにはいかない。その判断は正しかった。
「こほん。では、まず初めにお伺いしたいのですが……王太子殿下がされるということの意味、理解されておりますか?」
「もちろんだ。多少国が荒れるだろうが――現状のひんぬーを見過ごせない」
王太子がひんぬー教を設立するという意味。
間違いなく国が割れる。だからと言って、やめることはしない。そうすれば、これから先もひんぬー教はこのままの立場なのだ。それに、俺はユリーゼと結婚したい。
「かしこまりました。王太子殿下、私も現在のきょぬー教には不信を抱いています。ですので、ひんぬー教を設立することでそれがなされるのであれば、きょぬー教を正すための協力は惜しみません」
きょぬー教を正すための手段としてのひんぬー教設立というわけか。
確かに、現在のきょぬー教はやりすぎている。過去、これほどまでにきょぬー至上の時代はない。なぜこうなっているのか、俺は詳しく調べていないが、ただ、きょぬー教ができた経緯は知っている。これでも王太子だからな。
「きょぬー教はかつて、第二代国王陛下がおつくりになりました。なぜか、ご存じですか?」
ノラ司祭の問いかけに俺はすらすらと答える。
「初代王妃は病弱で、二代国王を産んですぐに亡くなったとある。初代国王は名を遺すが、その妃が名を遺せるとは思わなかった二代国王が、自分の母親をモデルにした女神を創造した。初代王妃はきょぬーだった。たまたまきょぬーだった。そして、二代国王は母の代わりのきょぬーたちに囲まれていた。要約すると――とんでもないマザコンだったからだ」
「その通りではありますが……」
ノラ司祭が苦笑する。ドルチェとユリーゼは初めて知ったのか、驚いた顔をしていた。
「だから母なる乳なんて言葉が生まれたんだ! やはり狂っている。確かに母乳は大切だ。乳児が生きていくにはそれが一番大事だ。だが、だからと言ってそれはどうなんだ!?」
斜め後ろに立つドルチェをチラ見すると、拳を握りしめていた。そうだ。俺は間違っちゃいない。ドルチェもそう思っている。反対側に立つユリーゼを見ると、両耳を塞いでいた。聞きたくないようだ。まぁ、それが一番いいかもしれない。
俺は言いたいことを言えた。一息つき、ノラ司祭を見る。
「……王太子殿下の考えは理解しました。そして、当時作られたきょぬー教の教えは、母を忘れてはならない――ただそれだけでした。父とともに母も。それが、第二代国王が考えていた教会の在り方です。それが、時代を経るにつれて変質しました。いまでは、きょぬーでない者は女ではない、という歪な考えが蔓延しています」
まったく、おかしな話だ。
「私は、それを正したいのです。現在の王都以外の状況をご存じですか?」
「知らないな。そういえば、外の話を最後に聞いたのは――三年前か? 何かあったのか」
基本的に王族はあまり動かない。体が大きすぎて、動くのも一苦労だからだ。だから王都以外には行かないのだが、情報が王太子である俺のところへ来ないのも、通常考えられない。
「近年は不作が続いており、王都の外ではきょぬーや王都の男性のような方が、とても減っています。ドルチェ様のような方がほとんどなのです。これでは、きょぬー教の権威も失墜してしまうでしょう」
は……? なんだその楽園は! ドルチェはめちゃくちゃ健康体だぞ! こんなのがわんさかいるだと……? 本当に不作なのか?
「ですから、きょぬー教を守るためにも、原点回帰――そこまでいかずとも、きょぬーこそ至上という考えを取り払い、民の心の安寧を保ちたいのです」
ノラ司祭の考えは理解したし、納得できる。
ていうか、これはもうひんぬー教の設立関係なく、王国の存亡がかかっているのでは?
「クソッ、父上め、これまで何やってたんだ。これだからきょぬ―教は」
「王太子殿下。先ほどからきょぬー教を貶めるような発言をされておりますが……私はけっして、きょぬー教に反旗を翻したいわけではないのですよ? 私は、きょぬー教の司祭です。というか、今度司教になります。殿下の立太子の儀を恙なく執り行ったことが功績になりまして」
ノラ司祭が笑みを浮かべる。めちゃくちゃ怖い。
「す、すまない。そうだな、うん。きょぬー教も大切だ。母を忘れてはならないというのは、とても大切なことだと俺も思うぞ」
こいつ、司教だと!? この若さで司教って異例じゃないか? デブが多いから短命が多いとはいえだ。もしかして、次期教皇として期待されているのか。
ノラ司祭と敵に回すのは絶対得策ではない。マイナスでしかない。
「……はぁ。先ほど言った通り、私は来週には司教になります。司教になれば、新しい宗教を宗教として認める権限を持ちます」
「つまり、ひんぬー教を正式に認めてくれるというわけだな」
「はい。ただし、条件があります」
「なんだ。意に沿わないものであれば、受け入れられないぞ」
「一つは、きょぬー教とともに周辺の町や村を支援すること。そしてもう一つが――ひんぬー教の教徒はすべて、私の下にあるとすることです」
「なっ!」
ドルチェが声を出す。俺も思わず出しそうになった。
「一つ目は問題ない。俺は王族だし、ドルチェは商人。ほかにも有力貴族がいることから、資金面では問題ないだろう。だが、二つ目の条件はなんだ? 受け入れられると思ったのか?」
「これは王太子殿下やほかの方々のためにもなるのです。きょぬー教の司教の下についているとするなら、下手な手出しはできません。なぜなら、ひんぬー教でありながらきょぬー教にも属しているからです」
「……それは言い換えれば、ノラ司祭の身も危ういということでは?」
横からドルチェが口を出す。
「確かに危険ではあります。しかし、簡単にひんぬー教が倒れてしまっては困ります。きょぬー教を変えることは簡単ではありません。だからこそ、ここまで大胆なことをするのです」
「ひんぬー教を身内に加え、きょぬーだけがすべてではないとして、あるべき姿を取り戻していくことが目的か」
「その通りです。ひんぬー教が私を利用するように、私もひんぬー教を利用させていただきます。そのために今回の話を承諾したのです」
「なるほどな。……わかった。その話、乗ってやろう。ドルチェも、構わないな?」
「はい。現状では、それが最善かと」
こうしてハッキリと、利用し合うと言えるのは良いことだ。ギブアンドテイク。それなら俺たちも、ノラ司祭を信用できる。無償でただ協力してくれるというのは、疑いしか生まれない。
「大変助かります。では、今日のところはこのあたりで終わりにしましょうか」
「そうだな。ノラ司祭、良い時間を過ごせた。俺から連絡する場合はユリーゼを使う。ノラ司祭からの連絡は、ドルチェを経由してユリーゼから聞くこととする」
「かしこまりました」
条件付きではあるが、それほど悪い条件ではない。ノラ司祭からの協力を取り付けることができ、本当によかった。
俺たちは教会を出た。
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