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第一話

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 ヒマナ国八番目の王女、リリーシアは、夫のヒューゴに惚れている。
 ヒューゴは、戦時には国の防衛の要である北の要塞で、前線の指揮を勤めた屈強な騎士である。短く切り揃えられた黒髪に、キリッとした眉、力強く輝く赤い瞳が印象的な男性だ。

 戦争が終わって平和を取り戻したとき、彼には功績を讃えて姫の一人が降嫁することとなった。そうして結婚したのがリリーシアだ。
 少なくとも表向きはそういう話になっている。

 実情は、リリーシアが凱旋パレードでヒューゴに一目惚れして、父親の国王にねだってねだってもぎ取った嫁の座である。

 ただ、リリーシアはそれなりに分別がある王女なので、一目惚れした後、感謝を伝える食事会でしっかりヒューゴの隣に陣取り、彼には恋人も婚約者もいないことを確認してから父にお願いした。
 そして、その後のダンスパーティでも、兄に頼んでヒューゴの背を押してもらい、ダンスのパートナーを務めてもらった。

 ヒューゴが、リリーシアの小さな手を握って気まずそうに顔を逸らし、足を踏まないように細心の注意を払っている気遣いを感じて、これは絶対に脈アリだと思った。
 リリーシアは昔から一日十回は可愛いと言われて育っている。自分が長いまつ毛をぱちぱちさせて男性を見つめれば、ぽっと顔を赤らめてくれることを知っていた。
 赤くなる顔を見られないように目を逸らすなんて可愛らしい方だと思った。

 ちなみに、ヒューゴは、王家の姫に失礼があっては今後の北方の騎士団の進退に関わると思って緊張していたし、姫が興味もない相手とダンスをさせられて可哀想だなと思っていた。
 運動は得意なのでダンスも習ったとおりに踊れるが、リリーシアとは身長差がありすぎて普段のように感覚が掴めず、足元も見えず、顔をなんとか傾けて足の位置を確認しようとしていたがうまくいかなかった。
 リリーシアの足は、ヒューゴが踏んだら折れそうなほど弱く見えたので、彼は背中に冷や汗をかいていた。

 国王から降嫁の話を聞いたときも、全力で遠慮した。どう考えても持て余す嫁だからだ。

 ヒューゴは、曽祖父が戦争で活躍して、領地なしの爵位を賜った男爵家の家系の次男。家は騎士を多く輩出しており、その中で育ったヒューゴも剣を振るう以外に時間を使ったことがない。
 北方は危険で王都から遠いために、普段付き合う兵も近場の地域出身の平民が多い。ヒューゴも彼らと似たような暮らしをしており、貴族という言葉の貴の字は自分には関係ないと感じている。しかも爵位は兄が継ぐ予定なので、父が退けば貴族の子でしかないヒューゴと、元々平民である彼の周りの騎士たちは、何も変わらないと思っている。

 身分も釣り合わないが、生活環境も合わないはずだ。
 ヒューゴにとって家は寝るために帰る場所で、まともな使用人も雇っていなかった。給金は十分受け取っていたが、武具を揃えるための出費も多い。戦争が終わったいまは特別な報奨も受け取って、多少余裕が出るとしても、姫の生活を王宮と同じレベルにそろえるのは無理な話。

 リリーシアの、カトラリーより重たいものを持ったことのなさそうな白い手や、手入れに何時間かけているのか分からない柔らかそうなストロベリーブロンドの髪、可憐さを際立たせる明るいブルーの瞳を見ていると、彼女には春が似合うと思った。長い長い北の寒さに耐えられるようには見えなかった。

――私は、陛下にお誓いした王国の騎士としての役目を果たしたにすぎません。国の宝である姫様を伴侶になど、この身には過ぎたことでございます。

 王族に話しかけるときってこんな感じでいいのだろうか、早く帰って酒飲みたい……と思いながら、ヒューゴは下を向いていた。国王はそんな彼を、「なんと謙虚な男だ。これなら安心してリリーシアを任せられる」と評価した。そして嫁入りを決定してしまったのである。

 リリーシアはとても喜んだ。ヒューゴは、マジかよ!と思った。

 姫には北方の領地の一部が与えられ、ヒューゴには形ばかりの男爵の地位が与えられた。
 
 リリーシアは喜びで目を潤ませていた。ヒューゴは彼女が望まぬ伴侶を押し付けられて悲しくて涙しているのだと思って、(泣いてんじゃねぇか……! 俺は悪くないぞちゃんと断ったぞ! どうすんだよ)と思いながら、青い顔で姫の涙を眺めていた。

 戦争の後処理が終われば多少時間ができると思っていたが、それをお姫様の機嫌取りに使う人生が待っているとは思わなかった。

 そんな彼らが結婚してから、ひと月後の話である。
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