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因縁編

11 渇望(レザニード視点)・後編

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「どうしてわざわざこんなところに?」

 レザニードは、リリーに呼び出されて中庭からかなり離れた場所にいた。
 今すぐにでもルディのいる中庭に戻りたい。ポアロという執事と二人きりにさせたくない。温厚で知られるレザニードだったが、内心かなり苛々していた。

「ちゃんと、伝えておきたいと思いまして」
「…………」
「私は、心の底からレザニード様をお慕いしております」

 両手を胸の前で組んで、祈るように言葉を発するリリー。

「今ならまだ間に合います。婚約解消の話をなかったことにし、父に謝れば大事にはなりません。父もレザニード様のことを大層気に入ってくださっていますし、レザニード様のご両親もこの結婚に賛成のはずです」
「…………」
「正直、婚約を解消したいと言われたときは大変ショックでした。私に何か至らぬ点があるのなら直します。どうぞ仰ってください」
「リリー嬢」

 今まで『リリー』呼びだったのに、急に『リリー嬢』呼びに変わった。
 リリーが悲痛そうに顔を歪める。

「俺の気持ちはあの時と変わらない。前回は焦っていたこともあって一方的に伝えて終わりになってしまったけど、今回は誠意が見えるように本音を話す。
 ──俺は君を愛せない」

 リリーの体がよろめいて、後ろに倒れそうになる。

 倒れそうになった令嬢がいればすかさず支えてあげるのが、いつものレザニードの対応だ。だがレザニードはそれをしなかった。

 がたんっ、と植木鉢が転がって倒れる。リリーは顔を青くして口もとに手を当てていた。

「愛せ……ない」
「そう。申し訳ないけど、君と付き合って3年でよく分かったよ。俺は君の隣に相応しくないし、そもそも愛していくことが出来ない。だから婚約を解消したい」
「で、でも……た、例えいまは愛がなくとも、結婚して共に過ごせばそのうち……」
「無理だ。期待するだけ君が傷つくだけだよ」

 レザニードが静かに首を振ると、リリーは声を震わせた。

「簡単に出来ると思っているんですか……。婚約は家同士の決まり事なんですよ。しかもレザニード様は、私を何回も抱いているじゃないですか! この状態で婚約解消なんて、認められるわけないし出来っこないっ!!」
「すでに手は打ってある」
「え……?」
「君の父ロルド・ベルザ子爵とその兄アブルモ・ベルザ侯爵が、一時期、爵位と遺産争いで揉めに揉めたことは知っている。俺は、両親の職場上の上司でもあるアブルモ・ベルザ侯爵に取り入った。今回の婚約解消を円滑に進めるために協力してほしいとね」

 先代のベルザ侯爵が侯爵位と子爵位の二つを持っていたことにより、先代が亡くなった際、爵位を息子二人に譲るという流れになった。

 年齢が一つしか変わらなかったリリーの父ロルドと、その兄アブルモは、生まれた順番ではなく実力で爵位を争う事になった。

 最終的に、侯爵の地位を手に入れたのはアブルモ。リリーの父ロルドは子爵となった。ただ、ロルド子爵が、アブルモ侯爵に渡るはずだった遺産を、遺産管理人を買収して自分のものにした。アブルモ侯爵はこの事件をまだ根に持っているという話だったため、それをレザニードが利用した。

 むろん交渉材料はこれだけではなく、ロルド子爵が過去に行った違法すれすれの密売などの情報も提供している。アブルモ侯爵は「弟に一泡吹かせたい」と積極的にレザニードに協力してくれた。これをきっかけに遺産でも取り戻そうとしているのだろうが、そこまではレザニードの知った話ではない。

 今頃、アブルモ侯爵がロルド子爵に圧をかけている頃だろう。力関係的にはアブルモ侯爵に分があるため、ロルド子爵は抵抗できないはずだ。

 ベルザ子爵の怒りからベルザ侯爵が、守ってくれる。
 父がもっとも心配していた「オルソーニ家がベルザ家に恨まれて取り潰しになる」という未来はなくなった。名門のベルザ家との縁談を蹴り飛ばした事実は変わらないため、父がまた怒り狂うかもしれないが、想定内だ。

 まもなく伯爵位はレザニードに譲渡される。
 そうなれば、大嫌いな父を黙らせる方法などいくらでもあるのだから。

「君には失礼な態度をとってしまったと思っている」

 レザニードは頭を下げた。
 無言を貫いていたリリーが、生気のない声を絞り出す。

「ルディ、ちゃんですよね。私を愛せない理由って……」
「そうだよ」
「即答、なんですね……」
「ここで嘘をついても仕方ないからね。話はこれで終わりかな。俺はルディのところに戻らせてもらうよ」

 優雅に一礼して、レザニードは踵を返した。若干早足になっているのは、ルディの近くにポアロがいるから。どんな男でもルディの視界に入るのは許せない。さらにあの男はルディに微笑まれた。それが一番レザニードの逆鱗に触れた。

(さっき目で追っちゃいけないって言ったのに)

 己が異性からどれだけ魅力的に映っているのか、ルディは理解していないようだ。

 ルディの愛らしい顔立ちが、どれほど男の庇護欲と嗜虐心をくすぐり、欲望に火を点けるのか。男はしょせん獣だ。すぐに本性を露にする。

 結婚前にも関わらずルディの純潔を奪ったあの男エーベルトのように。

 ルディにそれを分からせないと。

「…………?」

 中庭に戻ってきた。
 だが、ルディの姿が見えなかった。黒髪執事ポアロもいない。こっちに向かってきたのなら、すれ違ったはずだ。

「…………女性の嫉妬を甘くみていた、か」

 レザニードは後ろを振り返った。
 その先にいたのは、不気味なほど静かに微笑むリリー。

「ねえ、俺のルディをどこに隠したんだい?」

 答えは、返ってこなかった。
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