4 / 27
本編
2-1 吸血鬼の古城
しおりを挟む伝承にもとづいて脚色された物語では、吸血鬼は陽光を嫌い、日中はコウモリに擬態して洞窟の中で夜を待つという。陽が沈み、あたりが暗くなったところで人の姿に戻り、町におりて若い女性の血を啜る。その際、たいへんな快楽を伴うとされているが、アザリアには快楽というものが具体的にどういうものなのか分からなかった。
女性側の心理的描写から、気持ちの良いことだと描写されていたが、バスタブになみなみと注がれた湯に浸かり、あぁ気持ちいいと、養母の小言と養父から受けた恥辱をきれいさっぱり忘れるのと、何か違いはあるのだろうか。
(お兄様は、まだ私を食べてくれないみたい。吸血して、お腹いっぱいになっちゃったのかな……)
あの後。
アザリアは美しい吸血鬼──もとい、お兄様に連れられ一晩かけて彼の住居に移動した。
てっきり洞窟の中に入ってコウモリに擬態するのだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。理由を尋ねてみると「洞窟はコウモリ共がうるさい」と言っていた。残虐と有名な吸血鬼も、本質は意外と神経質なのかもしれない。
(……お腹が空くまで、私と一緒に暮らすってことなのかな)
住居、というのだから一軒家を想像していたが、実際に目にしてみると、家というよりも古城というニュアンスが近かった。
森の奥地にそびえる大きなお城、といったところだろうか。
辺りは常に霧が立ち込めており、城の全容が視認しづらくなっている。霧も、ただの霧ではないのだろう。魔法の霧だ。人を迷わせ、城に近づけさせないようになっている。城を目の前にしても、お兄様は手を繋いだまま離そうとしなかった。逃げると思っているのだろうか。アザリアはお兄様の顔を見上げる。
(逃げないのに……)
錆びついた門をくぐり、でこぼこだらけの道を歩いていく。
昼間なのに曇りの日のように薄暗く、不思議と安心感を覚える場所。
「誰もいない……」
「城の主はとうの昔に朽ち果てているからな」
見上げるほど大きなエントランスを抜け、長い廊下を渡り、螺旋状の階段を上り続ける。立派なお城だが、損傷の激しい部分もあった。外壁が崩れていたり、廊下の途中からすっぽりとなくなって、空が見える部分もある。ずいぶん昔に戦争があり、そのままの状態で放置されたのだろう。雨風に晒され続けて、崩落が加速したのだ。
「お兄様おひとりで住んでいるのですか……?」
「ああ」
「生まれた時から……?」
「生まれた時からここにいたわけじゃない。城は勝手に貰い受けたものだ。……そもそも、どのように生まれたのか記憶にない」
「…………」
「少なくとも、私が気付いた頃には誰もいなかった。ひとり……そう、ひとりだったな」
アザリアには両親がいる。両親が亡くなった後も、養父母や同僚のメイド達がいた。今まで独りになったことはない。いつか訪れるであろう死ぬ時も、独りではないのだろう。
でも。
(お兄様は……ずっと……)
寂しいとは、思わないのだろうか。
ふと疑問に思ったけれども、吸血鬼だから、そういう感情は持ち合わせていないかもしれない。
「ここだ」
導かれるまま、アザリアがやってきたのは大きな扉の前である。
「人間は……眠らないと生命活動を維持できないそうだな。安眠に適した場所は、四方を壁に囲まれ、雨風をしのげるところ。地面が硬いと熟睡を妨げるため、鳥の羽をむしって『寝具』と呼ばれるものを作っている……器用だな、人間というのは」
「え、あ……寝、室……?」
「さっきも見ただろう。城の中は崩れている場所がたくさんあって、まともに使える部屋が少ない。ここが一番、使いやすいと思うが……、どうして中に入らない?」
「だ、だって……」
部屋の中をみて、アザリアはすぐさま口を手で覆った。お兄様はきょとんとしている。ぱちぱちと真紅の瞳を瞬かせる美しい吸血鬼に、アザリアはふるふると首を横に振った。
「ひ、人が寝る環境じゃない……っ!」
部屋の中は、大量のすすと埃にまみれていた。いったい何年、いや何十年掃除されていないのだろう。誰も使っていないのだから当たり前なのだが、見ているだけで涙が出てくるほど。埃嫌いの養母が見たら泡を吹いて卒倒しそうだ。
「私はヒトではない」
確かに吸血鬼だから埃まみれでも気にならないのかもしれないが、これならコウモリと一緒に洞窟で寝た方がマシなのでは……。そんな事を思ったけれども、コウモリは騒音と糞尿の別問題があるので、やっぱり人体に影響がある。眠るなら衛生的な場所がいい。そうに決まっている。
「お兄様……さすがにここでは寝てないですよね……?」
「吸血鬼は睡眠を必要としない。寝る必要がないから、いつもは別の場所にいる」
アザリアはほっと胸をなでおろした。
13
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
専属秘書は極上CEOに囚われる
有允ひろみ
恋愛
手痛い失恋をきっかけに勤めていた会社を辞めた佳乃。彼女は、すべてをリセットするために訪れた南国の島で、名も知らぬ相手と熱く濃密な一夜を経験する。しかし、どれほど強く惹かれ合っていても、行きずりの恋に未来などない――。佳乃は翌朝、黙って彼の前から姿を消した。それから五年、新たな会社で社長秘書として働く佳乃の前に、代表取締役CEOとしてあの夜の彼・敦彦が現れて!? 「今度こそ、絶対に逃さない」戸惑い距離を取ろうとする佳乃を色気たっぷりに追い詰め、彼は忘れたはずの恋心を強引に暴き出し……。執着系イケメンと生真面目OLの、過去からはじまる怒涛の溺愛ラブストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる