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本編
4-1 契り
しおりを挟むどこで気付いたのか、お兄様はアザリアが肉よりも野菜が好きであること、豆を使ったスープが好物であることに気付き、積極的に買ってくるようになった。
最初、彼は食料を買ってくるだけでアザリアの様子を観察していただけだったのに、いつのまにか一緒に食べるようになった。
吸血鬼はヒトの生き血と肉を食らうが、人間の料理は美味しいと感じるのだろうか。
アザリアは不思議に思ったが、お兄様は無言で食事を口に運んでいくので、不味いわけではないのだろう。誰かと一緒に並んで料理を口にしたのは、両親が亡くなって以来。お互い無言の時間が多いものの、静かで穏やかな時間が流れている。
その日もアザリアはお兄様と一緒に、羊肉をマッシュポテトで包んだパイ料理を食べていた。
「アザリア」
食べ終わった食器を片付けようと立ち上がると、お兄様の声と共に手が伸びてくる。
アザリアが振り向く前に、頬をこすられた。
「口についていた」
アザリアの唇をかすめて、離れていくお兄様の指。
指についたミートを、お兄様があむりと食べた。アザリアが食べなくていいと注意すると「捨てるのはもったいないのだろう?」と、ごもっともな意見で封殺されてしまう。
唇に触れられたことで、アザリアはあの時の事を思い出してしまった。
お兄様に唇を舐められた時の、痺れるような感覚を。
「どうした?」
お兄様と目が合った。アザリアは、あの背徳的で甘美な感覚を思い出さないように、とっさに目を逸らす。お兄様が近付いてくる足音がしたので、アザリアは食器を水の入った桶につけ、急いで洗い物を済ませた。飛び出すように厨房から出て、あてもなく古城の中を歩き回る。
お兄様は勉強熱心だ。
この前にアザリアが教えた恋愛小説も、貴重な知識を得るための教本のような目で見ている。蔵書室にこもり、熱心に読み込んでいた。
男女が睦み合う場面を読んで、お兄様は『こういうことをしたいか』と聞いてきた。
あの時、アザリアは逃げてしまった。
いつものアザリアだったら考えられない行動だ。いつもなら、相手に合わせて行動する。従うほうが得だと思えば『はい』と答え、否定しないと身の危険を感じるのであれば『いいえ』と否定する。
だがあの時のアザリアは、どちらの行動も取れなかった。
「わっ……っ!」
考え事をしながら歩いていたせいで、足場が脆いため立ち入り禁止とお兄様から言付かっていた場所に、足を踏み入れていた。あっと驚く暇もなく、足元のひびが拡大していく。脱出するよりも早く、足場が一段階下がる。
落ちてしまう。
アザリアが足を一歩踏み出すと、暗黒の闇がぱっくりと口を開けた。とっさに目を瞑り、腕を伸ばした瞬間、強い力で体を引き上げられる。アザリアは混乱していた。
「ぼうっとするな……!」
呆けた顔をしていたと思う。
焦慮の色を覗かせたお兄様に抱きしめられているのだから、驚かない方が無理だ。
だってお兄様は今まで大きく感情を動かしたことはなかった。養父母宅で養父を殺したときも、これからはお兄様と呼べと命令したときも、彼は美しい顔を美しいまま動かしていた。吸血鬼だから、人間のように無様に焦ったり騒いだりしないものだと思っていたのだ。
「ごめんなさい。……考え事をしていました」
「考え事……?」
「この前、お兄様に言われたことです。このまえ……蔵書室で恋愛の……小説を読んで、お兄様にしてみたいかと聞かれて、答えられてなかったので……」
お兄様の体温を感じながらそう言えば、答えが出たのかと、お兄様が聞いてくる。
「……その前に、一つだけ質問をさせてください」
「なんだ」
「お腹……空いてませんか?」
「いいや、空いてない。さきほど食事を済ませたばかりだろう」
「……そう、ですね……」
アザリアはお兄様の服を掴んだ。今朝方に食べたアマリリスの甘い匂いが、今になって蘇って、食欲を刺激する。美味しい美味しい花びらの味を忘れ去るように、唾を飲み込んだ。
「したいです。お兄様」
お兄様の真紅い瞳は、いつもより鈍く光っているような気がした。
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