【R18】花喰らいの乙女は吸血お兄様の執愛に溺れる

べらる

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本編

7-1 聖女じゃない

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 アザリアの教会での仕事は、教会に来訪した人々の話を聞いてあげること、魔法による怪我人の治療、病人の看護、薬の調合等である。病人の看護は他の修道女の手が空いていない時にすればよく、薬の調合もレシピさえ考案すれば他人に任せることができる。だが魔法による怪我人の治療はアザリアしか出来ないことで、そういった意味で教会は、アザリアを特別視していた。

 教会から期待されている事に、アザリア自身も気付いている。

 今のところ週に数回だけの奉仕活動だが、他の修道女や神父に、そこはかとなく奉仕日数を増やせないかと提案されている。どうやら聖女の噂が隣町まで広がっているようで、噂を聞きつけた人が押し寄せてきているらしい。

『聖女様……』
『アザリア様……』
『夫の怪我を治してください……』
『ここが痒いんです、薬をください……』
『古傷が痛むんです。どうかお手に触れて、鎮めてくれませんか?』

 ──といっても。

 アザリアは他人より魔力が多いだけで、聖女ではない。

 治せないものだって多い。
 欠損してしまった足を復活させることはできないし、病で余命数カ月の者を命の危機から救うことなど出来ないのだ。それにもし聖女ならば、自分の《花喰らい》だって治せるはず。それが出来ない時点で、自分が聖女などという高尚な存在でないことなど明白だ。

「……このままだと辞めづらいかな……」

 最後の患者の治療を施し、誰もいなくなった治療室で、そっと息を吐く。
 そもそも《花喰らい》に侵されている人間だ。
 ずっと奉仕活動をすることができないため、区切りのいいところで辞めようと思っていた。

「引き留められると面倒だなぁ……」
「え、アザリアさん辞めちゃうの……っ!?」

 声がした方向を振り返ると、額から血を出しているニコラスがいた。
 突然現れた血まみれのニコラスに唖然としてしまう。

「……。もしかして猛獣と戦ってきました……?」
「猛獣じゃないよ。近所の野良猫に引っ掻かれたんだ……」

 あはは……と笑うニコラスは、そのままアザリアの目の前に座った。

「こんな怪我でも、治してくれるかな……?」
「高くつきますよ」
「え!?」
「知人料金で二割増しです」
「ええ!?」

 大真面目な顔でアザリアが言えば、ニコラスが目を見開く。その様子がとてもおかしくて、アザリアは笑ってしまう。「冗談です、タダでいいですよ」そう言いながら、ニコラスの額に手をかざして治療を開始した。

「いくら知り合いでもタダはダメだよ。しっかりお金は取らなきゃ」
「もう今日の営業時間は過ぎているんです。だからこれは仕事じゃありません」
「それでもダメ。その行為にお金を取るだけの価値がないって言ってるようなものだから」

 意外だ。いつもは気が弱いのに、こういう時だけ折れる気配がない。

「……さすが、花屋の次期店主ですね」
「ま、まぁね……!」

 あからさまに顔を赤くしたニコラス。
 猫に引っ掻かれた傷を治し、きっちり治療代も受け取ったところで、アザリアは帰宅しようとした。

「──あの、さ……」

 夕陽に染まっているせいか、ニコラスの顔が赤い気がする。
 アザリアは立ち止まった。

「その……実は、アザリアさんが前に言っていた魔法植物の話、なんだけど……」

 アザリアは前に、ニコラスに温室で魔法植物を育てていると話したことがある。ニコラスも魔法植物を購入したことがあるそうで、普通の植物とは違う生態に心を躍らせたとか何とか。

「見てみたくて……。アザリアさんの庭に、遊びに行ってもいいかな……?」

 アザリアは、即答できなかった。
 見せるのは問題ない。
 ただ問題があるとすれば、ニコラスを古城に連れて行かなければいけないということだ。

(お兄様が……許してくれるかどうか……)

 お兄様は人を嫌っているわけではない。
 町で買い物をするときも普通に人と会話しているし、教会で働くことも許してくれた。ただそれは、自分に害がないと判断しているから手を出していないのだろう。自分の縄張りテリトリーである古城まで、見知らぬ人間が入るのを許してくれるだろうか。

 つい三年前までは、容赦なく人を食べていた美しい吸血鬼なのだから。

「お兄様に聞いてみないと分からないので……」
「お兄様って……もしかして、アザリアにはお兄さんがいるの?」
「ええ、はい……」

 ほんとは血なんて繋がっていないのだけれど、髪の色合いも雰囲気も似ているし、傍から見れば兄妹に見えるかもしれない。

「ああ。じゃあこの間アザリアさんの隣を歩いていた、背が高くてかっこいい男の人は、お兄さんだったんだね!」
「兄を知っているのですか?」
「知っているも何も、アザリアさんいつも男の人に連れられて教会まで来てるじゃないか。みんな知ってるよ。アザリアさんを守る執事みたいな存在じゃないかって、母さんとよく喋ってたんだけど、お兄さんだったんだね!」

 お兄様と並んで歩いている時に、やけに視線を感じた事はあるけれども、もしかしたら結構目立っていたのかもしれない。
 
「二人とも森からやってくるから、初めて見た時は、花の妖精が町におりてきたって思ったくらいだよ……?」
「聖女様といい妖精といい、みなさんとても面白い表現をされますね」
「だって……アザリアさん、とっても綺麗だから……」

 ニコラスが恥ずかしそうに頬を掻くので、アザリアは軽く首をひねる。

(花の妖精というより、花を食い荒らしてる害虫だと思うけど……)

 さすがに口には出さず、ニコラスとはそこで別れた。
 庭に行ってみたいという相談に関しては、聞いてみないと分からない。

(お兄様に相談してみようかな……)



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